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15話

 秋はスッとその場で正面を指差す。愛華達も釣られてそちらを見た。……しかし、特に何かあるわけではない。


「何もないけれど……」

「あるだろう、壁が」

「か、壁?」

「正確に言えば壁に掛けている掲示板だな」


 秋は掲示板に向かって歩いて行った。愛華達も急いで付いていく。

 掲示板には『図書室だより』という紙や、数枚のポスターが貼られていた。明るい色で可愛く書かれているそれらは、普通としか表現ができない程どこにでもあるような物だ。


「ここに文字が隠れていますのね」


 愛華はじーっと掲示板を、そこに貼られている紙を見ていく。そして気付いた。書かれている内容の異様さに。


『図書館だより


 七外ふたなが今週隠れた場所は机の下、本棚の陰。本棚は駄目だったけど、机の下は見つからなかった!もしもの時はここに隠れよう!』


『図書委員オススメ!“白い日常”


 七外ふたなの人生の無価値さを知ることができるとても面白い本です。是非読んでみてください。』


「こ、これは……」


 他に貼られているポスターも、いじめ防止や虐待反対を訴えかけるものになっていた。本とは全く関係がない。

 可愛らしい文字や鮮やかな文字に反して重く暗い内容に愛華は嫌な気持ちになる。それに、肝心の“文字”も見つからない。残念な気持ちのまま、ふと視線を掲示板の端に向けて──


「あ」


見つけた。


 掲示板の隅で黒い体を震わせ、怯えるように縮こまっている文字がいた。その同情を誘う姿に、可哀想、助けたいという気持ちが溢れてくる。


 しかし、秋にはそんな感情はなかった。


「よっと」

「あっ!」


 何の躊躇いもなく文字を掴み、石に変える。正しい行動だが、この男に優しさはないのだろうか?

 少し文句を言おうとして……愛華は自身の異常に気付いた。


(あ、あれ?さっきまであの虫を助けたくて仕方がなかったのに、今は何とも思わねぇ……これって?)


 愛華が不思議に思っていると、秋が近寄って来た。石は静斗に預けたようだ。皆はそちらに注目しており、愛華と秋の方を見ていない。


「おい、変な顔をしているぞ」

「う、うるせぇな」

「……ああ、そうか。あの文字が可哀想で助けたいと思ったのだろう?」

「いや、まあ、一瞬だけな」

「やはりそうか。それはゲームの仕様だ。このポスターや貼り紙を見て、少しでもふたなに同情した者がそうなる」

「同情……」


 確かに、愛華はもうふたなのことをただの幽霊だとは思えなくなっていた。知れば知る程、ふたなが幸せに生きられたらよかったのにと思ってしまうのだ。

 そんな風に考え、俯いている愛華の隣で秋は「ははは」と真顔のまま笑う。


「俺は全て知っているから問題なかったが、ゲーム中ではここで少し仲違いが起きるんだ。助けたい派と捕まえる派で──ん?どうした?落ち込んでいるのか?まだ何か疑問があるのか?」

「違……いや、疑問はあるな。ふたなのことじゃねぇけど。お前はアタシのこと……北井真のことを知ってんだろ?なら、意外だとは思わねぇのか?あの学校一の不良が、って……」


 愛華は……真は今までの人生で、自分が周囲からどう見られているのかを知っていた。怖い、暴力的、道徳心がない。自分達では理解できない化物だと距離を置かれていたのだ。

 真自身、それで構わないと思っていた。無理に自分を理解してもらう必要なんてない。


 だが、目の前の男は今までの誰とも違った。


 真の噂を知っているはずなのに、真がふたなに同情していることを疑問にも思っていない。このゲームの世界にしか興味がないだけか、それとも──


「思わない」

「な、何でだよ」

「何でって……ここまでのお前の言動を見ていたら誰だって理解できるだろう。お前が悪い奴ではないと」

「いや、それは菊園愛華を演じているからだろ」

「違うな。咄嗟の行動や発言から分かる」


 秋は愛華にぐっと顔を近付ける。いつも通りの真顔。だが、その目は真剣だ。


「愛華……いや、真。お前は俺が出会った人間の中で誰よりも優しく、魅力的だ」

「み!?」


 本気か?いや、嘘を言っている様子はない。……というか、ずっと真顔だからいまいちよく分からない。


「?お前、顔が赤いぞ」

「そっ、それは急にお前が──」

「な〜にを話してんだ?オレも交ぜてくれよ」


 2人の間に奏が割り込んで来る。真は……愛華は赤い顔のまま「何でもありませんわ!」とその場から離れて行った。

 状況が理解できていない秋に、奏がニコ〜と笑いかける。……ただし、目の奥は笑っていない。


「宵月〜。菊園の顔真っ赤だったけどさ、マジで何を話してたんだ?」

「普通の会話をしていただけだ。ただ、『お前は優しく魅力的だ』と言ったら急に様子がおかしくなってな」

「はあ!?そんなことを言ったのか!?お前、思っていたより積極的じゃん……ま、負けないからな!俺だって菊園のことが本気で好きなんだ!」

「!?ま、待て。俺は……行ってしまった。何なんだ、この状況は」


 秋は状況を理解できずに頭を抱える。何故こうも鈍感なのか……色々と残念な男だ。


         ♢♢♢


「ああ、持って来たんだね」


 少女は読んでいた本を机に置き、立ち上がる。そして静斗から石を受け取った。


「早速やるけど心の準備はいい?」

「ああ。あの痛みには慣れないが、やらなければ先に進めないからね」

「そう、なら遠慮なく」


 赤い本を開き、白紙のページに石を押し込んだ。



『悲しむ……


 少女は頑張って耐えていました。耐えて耐えて耐えて耐えました。お姉さんと会う為に、お姉さんみたいになりたくて──


「……え?お姉ちゃんが、車で……轢かれ……た?」

「ぐすっ……そうなのよ。ふたなちゃん、今までうちの子と仲良くしてくれてありがとうね。貴方みたいな従姉妹がいて、あの子も幸せだったと思うわ」


 理解ができません。理解ができません。理解できない理解できない意味が分からない分からない分からない分からない分からな──


「はい、これ」

「……これは?」


 それは……赤い石が付いたネックレス。


「あの子が買っていたの。ふたなちゃんにあげるんだって言って。よかったら貰ってくれないかな?貴方が持っていてくれた方があの子も喜ぶから」

「あり、がとう……ございます」


 その日、少女はずっと泣きました。静かに、声を我慢しながら。でも、ペンダントは大事に抱えて。


 次の日、少女は早く起きました。


「ペンダント、隠さなきゃ……」


 このまま家に置いておくときっと捨てられます。けれど……ああ、けれどね、学校に付けて行くときっと壊されるわ。アイツらに。だから隠さないと。見つからない場所に隠すのよ。


 早く学校に行って、誰もいない間に空き教室に隠すの。そうして、皆が帰った時に取りに行く。それを卒業まで続ける……いや、アイツらが飽きるまでで大丈夫のはず。


 お姉ちゃんの形見、お姉ちゃんからのプレゼント。絶対に守りたい。……お願い神様、これだけは私から取らないで。




 まあ、結局駄目だったのだけれどね。』



 最後の冷たいふたなの声を聞いた瞬間、意識が戻ってきた。頭は痛い……が、前回に比べるとそこまで酷くはない。やはり、あの時の痛みは一気に2つの石を使ったからだろう。

 愛華は皆の顔を見る。


「皆さん、大丈夫ですか?」

「は、はい。お姉様は?」

「平気ですわ。ただ、別の意味で気分は悪いですわね」


 先程見た光景。大事な人を亡くして絶望するふたなの姿に、頭よりも心が痛い。それは他の皆も同じようだ。


「ふたちゃん、従姉妹さんのおかげで頑張れていたのに……」

「予想はしていたけどさ……やっぱり見ていて辛いよな」

「けれど、私達は進まなければならない。最後の文字を見つけよう。宵月、君はどこにいると思う?」

「そうだな。最後の1匹は……」


 秋は喋りながら少女に近付く。少女は既に椅子に戻っていた為、急に来た秋に一瞬驚いた顔をした。だが、直ぐに真顔に戻る。立ち上がり、椅子や机から離れた。


「はいはい、またここを調べたいのでしょう?好きにしたらいいわ」

「ああ、そうさせてもらう」


 そう告げ、秋は手を伸ばす。……少女の方へ。


「へ?……あ、あははは!やめ、くすぐった、あはは!」

「おい、暴れるな」


 秋は少女の体をまさぐる。文字を探しているだけだとは分かるが、あまりにも絵面が悪い。

 しばらくの間そうしていると、少女の服から文字が出て来た。ここに隠れていたのか。


 秋は文字を掴み、石に変えてから少女に差し出した。


「見つけた。おい、最後の1匹だ。進めてくれ」

「ぜえ、はあ……こ、この屈辱は忘れないから」


 少女は頬を膨らませ、秋を睨み付ける。だが、ゲームは進めてくれるようだ。石を奪うように乱暴に取り、本に押し込んだ。

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