14話
「な、何?何でワタシ?」
困惑している少女に秋は近付き──しゃがみ込んだ。そのまま机の下を覗き、「見つけた」と呟く。手を伸ばし、何かを掴んだ。
秋は立ち上がり、少女の手に黒い石を渡す。
「ほら、いたぞ」
「あ、ああ。成程、机の下にいたのね……確かに受け取ったわ」
少女は本を手に取り、ページをペラペラと捲る。先程文字を見つけたからか、最初の方には文字が書かれていた。
白紙のページまで捲り終わり、石を押し込む。
「っ……きましたわね……」
またあの感覚だ。意識が段々と薄れ、クレヨンの森の中へと入っていく。
『優しい女の子
「えーん、えーん」
少女が道を歩いていると、クマさんが泣いていました。
「クマさん、どうしたの?」
「木登りに、失敗したんだ。体が、痛い」
「まあ、それは大変。心配だわ……あ、なら」
少女はクマさんの体に優しく触れます。
「痛いの痛いの〜飛んでいけ〜!……どうかな……あ、いえ、どうかしら?」
「……な、治った、気がする」
「本当?よかったわ」
クマさんは照れているのか、もじもじとしながら少女を見つめています。もう泣いていません。少女のおかげですね。
……………
次に少女が出会ったのは茶色のトリさん。道の端で悲しそうに立っています
「トリさん、どうしたの?」
「皆から無視されているの……ワタシが暗い子だから」
「そんな!酷いわ!」
少女はトリさんに手を差し出します。
「ねえ、トリさん。私と友達にならない?他の子が貴方を無視しても、私は貴方の味方よ」
「ほ、本当?」
「ええ!」
トリさんはおずおずと躊躇いながら、それでも嬉しそうに少女の手を翼で包みます。もう悲しんでいません。少女のおかげですね。』
意識が戻ってくる。愛華は頭を押さえた。気のせいだろうか、先程より頭の痛みが酷いような……。
「うう、頭が痛いよ〜……でも、ふたちゃんって優しい良い子なんだね!」
「あれが優しい?ぼくは違うと思うぞ。あれは憧れの人の真似をしているだけで、心の底から相手を慈しんでいるわけじゃないだろ。なんというか……七外ふたなには自分がないだよ。空っぽだから、中身がある人、芯がある人になりたがる」
容赦のない耕野の発言に奏は苦笑いする。
「おいおい、辛口だな〜。まあ、耕野って菊園のことを凄ぇ慕ってるけど、菊園の真似はしてないしな」
「当然。確かにお姉様は美しく、聖女のように優しい心を持っていらっしゃるけど、ぼくはぼくのままで最強に可愛い。真似をする必要なんてない」
「う〜ん、それはそうなんだが、私達にももっと優しくしてくれないかい?」
「は?優しくしている方だろ」
ふたなの話から雑談に変わってしまった。秋は盛り上がっている皆を無視して奥の本棚へとスタスタと歩いて行く。1人で全部の文字を集めるつもりなのだろう。愛華が声をかけようとしたのも気付いていないようだった。
残された愛華は考え込む。
(どこに他の文字があるか聞きに行くか?いや、説明する気があるなら最初からアタシ達に言って行くだろ……もしかして、俺がやるから休んでいろってことか?文字が集まる度に頭痛がするから?そんなのお前も……)
「はっ、教える気がないなら自力で見つけるまでだ」
「?あいちゃん、何か言った?」
「いえ。それよりも、秋さんが文字探しに行ってしまいましたわよ」
「あれっ!?本当だ!」
愛華以外は秋がいなくなっていたことに気付いていなかったようだ。キョロキョロと辺りを見渡している。
「宵月の奴、言ってくれればよかったのによ〜」
「本当にそう思いますわ。1人でも大丈夫だとは思いますが、何だか頼りにされていないように感じてしまいますわよね。……だから、ワタクシ達はワタクシ達で動きましょう?」
「ふむ、そうだね。ただ待っているだけというのは性に合わない」
「うんうん!すい達で文字を沢山見つけてあきちゃんを驚かせよう!」
ここには助けられるのをただ黙って待つような人間はいない。秋が気遣う必要はなかったようだ。
考えるより行動、ということで全員は文字がいそうな場所を片っ端から探そうということになった。
水奈は目を瞑り、「う〜ん」と唸り声を上げる。
「そこ!その辺りが怪しい気がする!」
「えーと、その辺りというと……ここら辺の本棚のどこかってこと、だよなぁ」
「いや、ここら辺って……本がいっぱいあるんだぞ……どこにいるんだ」
「大丈夫さ。全部の本を除けて調べればいつかは見つかるよ」
「「脳筋め……」」
しかし、他に方法は思い付かない。地道に探していくしかないだろう。
しばらくの間無言で本を出して棚を調べる作業が続く。……と、愛華の手が止まった。
「あら?この本……」
「お姉様?その本がどうしましたか?」
「いえ、はっきりとは分からないのですけれど、何か違和感が……」
愛華は本をじっと見つめた後、「あっ」と呟いた。
「文字がおかしいですわ!ほら」
「えっと、『白い日常』……いや、『白い“目”常』になってる!」
耕野がそう叫ぶと、“目”の字の一部が動き出す。にゅっと目が出てきて芋虫の姿に変わった。そして、本の背を這って逃げ出す。耕野は慌てて文字を掴んだ。
耕野が文字を握った手を恐る恐る開く。そこには黒い石があった。
「や、やった!」
「おー!2人共見つけたの!?凄い!」
「いえ、水奈さんがこの辺りと言ってくれたおかげですわ」
「えへへ〜」
「ナイス〜!じゃあ、それ持って一旦戻るか。宵月も帰って来てるかもだし」
「ああ、そうだな」
♢♢♢
少女の元へ行くと、秋は既に戻っていた。
「お前達、随分と騒がしがったが向こうで何をやっていたんだ?」
「秋さん同様、文字を探していたのですわ」
「ほら、これだ」
耕野は黒い石を秋の目の前に出す。秋は驚いた後、呆れた表情でそれを見た。
「石なら俺が見つけてやるのだから、大人しくここにいればいいものを……」
「嫌ですわ。ワタクシ達を休ませたいのなら、貴方も一緒に休憩を取ることね」
「はあ……仕方がない奴らだ」
そうは言っているが、秋のその声はどこか嬉しそうだった。
さて、これで石は2つ集まった。秋と耕野は少女に石を渡す。
「成程、2つね……なら、一気に使いましょうか?」
「一気にか〜……いや、その方が頭痛も一回で済むからいいのかもな」
「そうですわね。お願いできるかしら?」
「分かった」
少女は頷き、石を2つ本に押し込む。
物語の続きが始まる。
『嫌われている女の子
少女は毎日毎日、沢山の困っている子を助けました。皆、少女に感謝しました。でも、それを嫌に思っている子もいたのです。
「やあ!昨日はありがとう」
「イヌ君。気にしないで、当然のことをしただけだわ」
「キミは本当に優しいね。ねえ、よかったらこの後──」
「イヌくーん!サル君が呼んでいたよ〜」
イヌ君の言葉を遮るように声をかけて来たのはネコさん。ニコニコと笑いながら少女とイヌ君の間に割り込んできました。
「そうなのか?ありがとう。……じゃあ、また」
「うん」
ネコさんも可愛らしい声で「またね〜」と言いながら手を振り、イヌ君を見送ります。そして、イヌ君の姿が完全に見えなくなってから少女の方を向きました。
少女はびっくり。ネコさんの顔は不機嫌そうで、何故か怒っているのです。
「ねえ、アンタ」
「え、な、何かしら?」
「イヌ君に色目使ったでしょ」
「へ?つ、使っていないわ。昨日、困っていたからちょっと手伝っただけよ」
「は?何それ?下心があって助けたんでしょ。イヌ君と仲良くなりたいから」
「ち、違うよ!」
少女がどれだけ否定してもネコさんはまともに聞いてくれません。それだけ嫌だったのでしょうか?
少女は悩みます。どうやったらネコさんとも仲良くできるだろうか。大好きなお姉ちゃんならこういう時にどうするだろうか。そうして考えていると、ネコさんが手を伸ばしてきました。
もしかして握手かな?誤解だと分かってくれたのかな?
「ネコさ──痛い!」
ネコさんは少女の髪を乱暴に掴んできました。そして、痛がる少女のお腹を殴ります。
「っ、げほ!ごほっ!」
「私さあ、アンタのこと嫌いだったんだよね。不快っていうか〜、目障りっていうか〜。でもね、ずっと我慢してあげてたんだよ。なのに結果はこれ。酷いよね?アンタが悪いよね?いじめって、いじめられる側に責任があるもんね」
ネコさんは笑っています。とっても楽しそうに。』
『頑張る女の子
それから毎日、少女は叩かれました。親から、ネコさん達から。
外に出たくない日もありました。でも、ネコさん達がいる『嫌な場所』に行かないと怒られます。
『嫌な場所』に行く途中で逃げることもありました。でも、お家に連絡がいってバレてしまいます。
今まで助けた子達に助けを求めることもありました。でも、誰も助けてくれません。
少女はただただ耐え続けました。
でも絶望はしていません。だって、少女には“希望”がいますから。
「ふたなちゃん大丈夫?何だか元気がないように見えるけれど……」
「平気だよ。心配してくれてありがとう」
「そ、そう?でも、何かあったら言ってね?」
「うん」
(いじめられているなんて、大好きなお姉ちゃんにはバレたくない。お姉ちゃんといる時は楽しい話だけしたいもん)
少女は話題を変えます。話したいこと、聞きたいことが沢山あります。……それに、こうしてお姉さん話すことが少女が頑張ったご褒美でもありますから。』
現実に戻ってくると同時に、今まで以上の痛みが愛華を襲う。足元がふらつき、立っているのがやっとだ。石を2つ一気に使ったからだろうか。
静斗はふらふらと辛そうに壁に手をつく。
「くっ……これを後2回……耐えないと、いけないのか……」
「つ、次もまとめてやれば1回で済みますわよ」
「それは……今回みたいに2回分の痛みが一気にきそうだからやめておくよ」
数分待ち、全員が落ち着いてから先程見た光景について話を始める。
「……一気に酷い状況になったね……」
「まあ、予想はできていたよな〜。でも、辛い時に心の支えがいたのは羨ま……いや、逆にそれのせいか?だって、ここからふたなが自殺するならそれしか……」
奏は意味深なことを言いながら愛華を見る。一体何なのだろう?
「な、何ですの?どういうことですの?」
「何でもないぜ。ただ、辛い状況の中、唯一の救いとも言える人がもしいなくなったとしたら、オレもそれぐらい絶望するんだろうな〜って思っただけ!」
「??」
言っている意味が分からない。奏はふたなが自殺した理由に予想がついているようだが、それならもっと分かりやすく説明してほしい。
「まあいいじゃん。最後まで石を集めたら全部分かるだろうし」
「そうですわね。ここで話し合っていても完全に理解することは無理のはず。ひとまず次の文字を探しましょう」
愛華の言葉に、秋が「そうだな」と返す。
秋は立ち上がった。そして皆の顔を見渡す。流石にもう黙って行くつもりはないらしい。
「もう行けそうだな。次は──」




