13話
体育館から離れ、愛華達は本校舎に戻ってきた。秋の先導のもと階段を上り、2階の奥を目指して歩く。途中でセンセイに会うことを警戒していたが、案外すんなりと目的に着いた。
図書室。殆どの学生達にとって一番身近な知識の庫。知らなかった、知りたい、面白いを沢山体験できる場所だ。
秋は図書室の扉を開け、ズンズンと部屋の中に入って行く。愛華達も慌てて後を追った。
中はごく一般的な図書室といった様子だった。廃校のはずだが荒れておらず、きちんと掃除されている。壁も傷が少しあるが目立たない程度で、掲示板に貼ってあるポスターも飾ったばかりかのように綺麗だ。
「お〜思っていたより広いじゃん。それに、棚の高い所まで本がびっしり。小学生じゃ絶対手が届かないだろ、あそこ」
「でもでも、これだけあると見ているだけでわくわくしない?」
「そうかい?私は本読んでいると眠くなるからか、ここにいるだけで睡魔が……」
「ふぅん、なら眠ってもいいよ」
「いや、流石に冗談……あれ?」
聞き慣れない少女の声。誰だ?どこから?そう思い探していると、静斗のズボンを誰かが引っ張った。見ると、大きな本を抱いた1人の少女が立っていた。
見た目からして小学生くらいだろう。今まで出会った幽霊の中で一番身長が低く、小動物のような愛らしさがある。……だが、その顔や腕などには沢山の切り傷があり、何とも痛々しい。
「初めまして、こんにちは、お元気ですか?」
「えっと、初めまして。今は……うん、呪われているけれどまだ元気かな」
「そう、よかったね」
自分から質問してきたのに少女の反応は薄い。こちらに興味がないようだ。
「アナタ達、七外さんのことを知りたくて来たのでしょう?」
「!どうしてそれを……」
「この本に全て書いてあるから」
少女は静斗から離れ、持っていた本を両手で抱きしめる。
「この本は、この学校が壊れた時からの全てを“記憶”しているの。そして、ワタシに与えられた一番大事な仕事はこの本を守ること。この本は絶対に誰にも渡さない。……けど、他の本なら自由に見てもいいし、七外さんのことを知りたいという願いも叶えてあげる。ああそれと、薬を手に入れるチャンスも」
おまけのように付け加えれた最後の言葉。その言葉に、愛華は期待に満ちた瞳をする。ここにはふたなのことを知りに来ただけだったが、もしかして……。
「最初に聞いておくべきだったね。薬を手に入れる為のゲーム、やる?」
少女は小首を傾げて問いかけてくる。当然、こちらの回答は決まっている。
愛華はニッと笑って自信満々に答えた。
「もちろん!ですわよね、皆さん?」
「おう!もちろんだぜ!」
「はい!お姉様!」
「うんうん!やったろうよ〜!」
「ああ、皆で協力して今回も絶対にクリアしよう」
秋だけは無言だが、やる気は十分だろう。
愛華達の返事を聞いた少女は、「じゃあ」とルール説明を始める。淡々と、与えられた仕事をただ進める機械のように。
「今からアナタ達には本を直してもらいます」
「直すって……破けている本でもありますの?」
「破けてはいないかな。待っていて」
少女は愛華達に背を向け、タタタッとどこかに向かって行く。少しして、1冊の赤い本を持っって戻って来た。
少女は本を開き、愛華達に中を見せてくる。
本の中は真っ白だった。文字が何も書いていないのだ。ページを捲って見せてくれるが、どのページも同じだった。
「この本にも元々ちゃんと文字が書かれていたの。でも、文字は出て行っちゃった」
「わわ!それは一大事だね!」
「いや、意味分かんなくね!?よくこんな話をすんなり飲み込めるな〜」
「そうかな?ここまでいろんなことがあったんだし、そういうこともあると思うな〜」
「はは、水奈は凄いね」
「……話の続き、してもいい?」
「ごめんなさい、お願いしますわ」
少女はコホンッとわざとらしく咳をした後、ゲームの説明を続ける。
「逃げ出した文字達は姿を変え、この図書室内のどこかにいる。数は全部で6“匹”。見つけたら私に渡して。本に戻すから。全部の文字を見つけて本を元に戻せたらゲームクリア。薬をあげる」
「ふむ、姿を変えて、か。どんな姿かヒントはないのかい?」
「あるよ。ほら、そこに1匹いる」
「……え?」
少女が指差す先、愛華達から少し離れた床に1匹の虫がいた。誰かが暇つぶしで描いたような単純な形の芋虫だ。
芋虫はのろのろと床を這っている。逃げようとしているのだろうか?愛華は急いで芋虫に近付き捕まえる。
「つ、捕まえた!捕まえましたわ!」
「菊園!?躊躇いがねぇな!?」
「に、逃したら駄目だと思って……こ、これ、ここからどうすればいいの?」
「俺が受け取ろう。ほら、手を開けてみろ」
「え、え」
秋は愛華に手を伸ばす。いいのだろうか?逃げないのだろうか?……いや、あの秋が言うのだ。愛華はそっと手を開く。
「あれ?」
手の中に芋虫はおらず、代わりに黒い石があった。宝石……というよりも、何かをペンで黒く塗り潰したかのような見た目だ。
愛華が困惑していると、秋がその石を取った。そして、それを少女に渡す。
「ほら、受け取れ」
「ん」
少女は石を手に持つと、白紙のページに押し込む。
ズズズ……
石は本に飲み込まれていく。すると──
「っ……」
愛華の意識が薄れていき、気付いた時には知らない場所に立っていた。
クレヨンで描かれた森の中。目の前には子供が描いたような絵の少女が1人立っている。その姿はふたなに似ていた。
少女が動き出すと同時に、ふたなの声が聞こえてくる。
『可哀想な女の子』
まるで幼い子供に読み聞かせをするかのようにゆっくりと、優しい声音で続く。
『 昔々あるところに、可哀想な少女がいました。
少女の親は仲が悪く、いつも喧嘩ばかり。少女に対しても毎日のように八つ当たりをしていました。
いつもボロボロで、泣かない日なんてありません。辛いと思わない日なんてありません。
それでも、少女には希望があったのです。
「ふたなちゃん、頬を怪我しているわ。大丈夫?」
少女より年上の、綺麗なお姉さん。彼女は少女の従姉妹です。
「……転んじゃっただけだよ。もう痛くないから」
「それでも心配だわ。ちょっと待ってね……はい!とっておきの〜うさぎさん絆創膏!」
「わあ!可愛い!」
「ふふ、でしょう?貼ってもいいかしら?」
「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん」
とても優しいお姉さん。誰よりも素敵なお姉さん。
(私もお姉ちゃんみたいになりたい)
少女は憧れの人のようになる為、努力する決心をしました。』
声が聞こえなくなると意識も現実に戻ってきた。少し痛む頭を押さえながら辺りを見ると、皆も同じようにしている。どうやら、あの光景を見ていたのは愛華だけではないようだ。
静斗が「今のは……」と、誰に問うわけでもなくポツリと呟く。そんな静斗に本が差し出された。
「本の内容だよ。本に文字が戻る際、内容を貴方達の脳内に強制的に流し込むようになっているみたい」
「強制的って……何故だい?」
「知らない、分からない。……けど、もしかしたら知ってほしいのかも。七外さんのことを」
「そう……でしたら、こちらとしてもありがたいですわ!」
愛華は胸を張る。それに続き、奏も「そうだな」と頷く。
「この図書室に来たのは本来のふたなを知る為だし。今のは驚いたけど、学校側から教えてくれるってんなら手間が省けるぜ」
「……なら、ゲームを続けるってことだね」
「当然ですわ」
「そう。応援している。頑張って〜」
それだけ言うと、少女は中央にある机と椅子のもとへと歩いて行く。そして、机の上に置かれている本を適当に取り、椅子に座って読み始めた。心の底から応援してくれているわけではなさそうだ。だが別に構わない。こちらはこちらで勝手にやるだけだ。
愛華は秋の方を向く。
「秋さん」
「ふっ、任せろ。俺は探し物が得意なんだ。残りの5匹なんぞ直ぐに見つけてやろう。まず探すとしたら……そこだ」
秋が指差したのは……
「……え?ワタシ?」
先程口だけの応援をした少女だった。




