12話
秋は別棟から出て、外を走っていた。
「はぁ……はぁ……」
家庭科室から出れているということはゲームをクリアしたのだろう。秋は他の皆をおいて、1人で愛華達の元……体育館を目指している。
(愛華がどこに移動したかはもう予想できない。だが、ゲーム通りなら2人は体育館にいるはずだ。ミスなくクリアしたから時間も問題ないだろう。……しかし、この世界がゲーム通りにいくとも限らない。2人共、生きていてくれよ)
そう願いながら、いよいよ体育館の前に辿り着いた。秋は一瞬躊躇い、それでも覚悟を決めて扉を開けた。
「こ、これは……」
「あ?……なんだ、秋かよ。無事そうでよかったわ」
入って来た秋に話しかけてきたのはもちろん愛華だ。怪我一つなく、元気に手を振っている。その姿には安心するが、それよりも気になることが秋にはあった。それは体育館の惨状についてだ。
床には沢山の綿や布、黒いボタンが散らばっている。まるで、小さい子供がぬいぐるみを乱暴に扱って遊んでいたかのような状態だ。
愛華は地面に散らばるそれらを避けることなく、踏み付けながら秋に近付いて来る。
「さっきまでぬいぐるみ達をボコっていたんだけどさ、まだ生きていたぬいぐるみ達が途中で消えたんだよ。あれってお前達がゲームをクリアしてくれたからだよな?ありがとな」
「い、いや……はい、どういたしまして」
「はは、何で敬語なんだよ〜。それにしても死体は残るんだな。生きていたぬいぐるみ共が消えた時、この綿とか布切れとかも消えると思ったんだけどさ。耕野が驚かないといいけど」
優しいのか怖いのか……いや、その両方か。秋は愛華への認識を若干改めつつ、感心したように口を開く。
「しかしこれは……うむ、やはりお前は強いな。これは全て素手で?」
「いや、倉庫にあったバットを借りたんだ。ただ、ぬいぐるみが消えた時に一緒に消えちまった。この先も持って行こうと思っていたのに残念だわ」
「……それでも十分凄いだろ……。俺達も最短で終わらせたのだが、お前1人で全て片付けられたかもしれないな」
「はは、まあな。“正当防衛”なら何してもいいからな」
「お前は過剰防衛という言葉を知っているか?」
呆れたような秋の言葉に、愛華は唇を尖らせ不満そうに言い返す。
「知らね。別にいいだろ?これで耕野が死ぬのを救えたんだから」
「?いや、今回死ぬ可能性があったのはお前だぞ、愛華」
「……へ?」
愛華は固まる。狙われていたのは耕野だ。何故自分が……菊園愛華が死ぬのだろうか?
「これは強制イベントなんだ。耕野が間違った選択をする。愛華が耕野を連れて逃げる。残った俺達……プレイヤーは正しい選択をしてゲームを終わらせる。そうすると、あのぬいぐるみ達は消えて愛華達を救える。だが、俺達が3回選択を間違えた場合、耕野を守る為に1人で倉庫から出た愛華が死ぬ。それが菊園愛華のバッドエンドだ」
「はー!?何だよそれ!?」
まさか自分の方が死ぬイベントだとは。しかも、ゲームのバッドエンドと同じ行動をしてしまっている。中身が真でなかったら確実に死んでいただろう。
愛華は驚きながらも、「ん?」と呟く。
「あれ?じゃあ、ゲーム中お前が悩んでいたのって……」
「……悪いか?俺だってお前を……同じ世界から来て、一緒に元の世界を目指している仲間をわざと危険に晒すとなると悩みもする。やらなくていいのならその方がいいと思うだろう」
「……へえ〜?」
愛華はニヤニヤと笑う。まさか、この男が心配をするとは。
愛華の反応で恥ずかしくなったのか、秋は不機嫌そうな顔でそっぽを向く。その耳は赤くなっていた。
「おい、何だその顔は」
「別に何でも〜?それより、耕野を呼びに行ってきていいか?倉庫に残したままなんだよ」
「ああ、構わない……いや、この綿地獄を見せるつもりか?」
「あ?ああ、怖がるかな、アイツ。じゃあ適当に片付けておいてくれ」
「あっ!おい!無茶振りをするなー!」
ゆっくり歩いて行く愛華の背で秋が叫ぶ。
♢♢♢
「んんっ、よし。……耕野さん、お待たせいたしましたわ」
「お姉様……!」
耕野は愛華に駆け寄り、勢いよく抱き付く。
「ああ!お姉様!お怪我はないですか?どこか痛むところは?」
泣いていたのだろうか、耕野の目は赤くなっていた。愛華は安心させるように「大丈夫よ」と告げ、耕野の頭を撫でる。
「秋さん達がゲームをクリアしてくれたみたいなの。もうぬいぐるみ達はいないわ」
「わっ、そうなんですね!よかった……」
そうして、秋が片付けるまでの時間稼ぎの為に会話を続ける。しばらく経ってから愛華は耕野の手を引いた。
「ひとまずここから出ましょう」
「はい!」
(……秋にはああ言っけど、まあ、こんな短時間じゃ片付けられてないよな。耕野にどう誤魔化すか……)
そんなことを考えながら倉庫から出た愛華は、思わず「おお」と声を漏らした。
床に散らばっていた綿や布などはその殆どが端に寄せられていた。所々残っている物も目立たない程度で、秋が入って来た時のような悲惨な状態ではない。
秋は汗を拭いながら愛華達の方を向く。
「……これで満足か?」
「ええ、花丸をあげますわ」
「?」
耕野は2人の会話の意味が分からず戸惑っているが、特に質問はしない。そのまま3人で外に……出る前に、秋が「すまない」と謝ってきた。
「俺はこのまま調べたいことがある。悪いが先に外に出ていてくれないか?」
「?分かりましたわ」
「早くしろよ」
「ああ」
秋の調べ物は気になるが、どうせ答えてくれないだろう。愛華と耕野は秋をおいて体育館を出た。
外に出て直ぐ、水奈の大きな声が聞こえてきた。
「いたー!」
見ると、遠くから水奈、続いて静斗、最後に奏が走って来ていた。
水奈は愛華と耕野の間に飛び込むように入って来る。
「心配したんだよー!」
「ご、ごめん」
「よくここが分かりましたわね」
「すいの直感だよ!えっへん!」
水奈は自信満々に胸を張る。そんな水奈を押し退け、奏が愛華に顔を近付けた。
「本当に大丈夫か?」
「ええ、皆さんがゲームをクリアしてくれたおかげですわ」
「そっか……」
奏は安心したようにそう呟く。だが、直ぐに自虐的な笑みを浮かべる。
「本当は俺が側で菊園のことを守りたかったけどな」
「え?」
いつもとは違う、奏の真剣な声音。これは愛華も気付くのだろうか、奏の想いに──
「おや、奏。また口説いているのかい?君は本当に女子が好きだね」
「違ぇよ!過去のはそういう演技で……あっ、いやそうじゃなくて、えっと、確かにオレって女子のことが好きだけど〜、菊園のことは別っていうかさ」
(あ〜コイツ女好きか〜。ならアタシの勘違いだな)
奏の言い訳も虚しく、愛華に想いが伝わることはなかった。
そうして愛華が呆れていると、「こんにちは」と誰かが声をかけてくる。声の方を向くと、美しい少女──ルナが立っていた。
「先程ぶりですね。家庭科室には行きましたか?」
「え、ええ。確かにお喋りな幽霊がいましたわ」
「あはは、驚きますよね、あれ。僕が会った時なんて『久しぶりの人間でございます〜!』って何十分も話をされて全然動けなかったんですよ。……さて、せっかく会ったのだから情報交換をしませんか?」
「情報交換……といっても、ワタクシ達は貴方の探し物を見つけてはいませんわよ。もちろん手がかりも」
愛華の言葉にルナは目に見えてがっかりする。この様子だと、ルナも探し物の進展は何もなかったようだ。
だが、それでもルナは愛華達を責めない。
「まあ、仕方ないですね。引き続き、協力をお願いします。……では、次は僕の番」
ルナは上着のポケットから何かを取り出す。それは鍵だった。灰色の小さな鍵で、所々赤黒く汚れている。その鍵を愛華達の方へ差し出してきた。
静斗が前に出て鍵を受け取る。
「これは何の鍵かな?」
「分かりません」
「え?」
「気付いたらポケットに入っていたのです。いや〜不思議ですよね。使い道に困っていましたので、よければ皆さんでご活用ください」
これは……要らない物を押し付けれただけでは?いや、それでも貰える物はありがたく貰っておくべきだろう。静斗は礼を告げ、鍵をポケットに入れた。
さあ、お互いにもう用事は無くなった。もう一緒にいる意味はない。ルナは軽く別れの挨拶をする。
「じゃあ、また……ん?そこの桃色の髪の愛らしいお姉さん、僕をじっと見つめてどうしました?」
「え?あっ、ごめん」
「いえ、お気になさらず。僕は美しいですからね。こんな所でなければ、2人でゆっくりお話でもしたかったのですが」
「いや、そういうことじゃない」
耕野は呆れたような顔をする。そして、「別にどうでもいいことだけど」と前置きをした後で続けた。
「あんた、アカクロ兎のぬいぐるみを探しているんだろ?ぼくも昔好きだったから懐かしいな〜って思って」
「昔?今は好きではないんですか?」
「まあ、今はな。ぼく、可愛いって思ったものに直ぐに飛びつくタイプでさ、一つのキャラにハマり続けることってないんだ」
「え〜残念!せっかく語り合えると思ったのに……まあ、仕方ないですね。それでは、僕はこれで。またお会いしましょう」
手を振り、ルナはその場から去って行った。そして、入れ替わるように秋が体育館から出て来る。
「待たせたな」
「宵月。中にいたのか」
「ああ、もう俺の用事は終わった」
「用事?何何?何やったの〜?」
「秘密だ。それより、薬はもう使ったのか?」
「あっ、忘れていたよ」
そう言って静斗は小瓶を取り出す。家庭科室のゲームをクリアした分だ。
呪いが残っているのは静斗、秋、耕野の3人。今まで通り話し合いで決められればよいのだが……。
「俺は必要ない。お前達のどちらかが使え」
「ぼくも要らない。今回も迷惑かけたし」
「いや、私としても2人のどちらかに使ってほしいのだけれど……」
やはりこうなってしまう。しばらくの間、3人はそのまま薬の譲り合いを続けた。これではいつまで経っても先に進めない。もう誰かが奪って使ってくれた方がいいくらいだ。
静観していた愛華も、溜息を吐きながら思わず口を挟んでしまう。
「はあ、これでは埒があきませんわ。決まらないのなら、じゃんけんでもしたらどうですの?勝った者が薬を使うのですわ」
「そうだね、それが一番早いか」
「流石お姉様!素晴らしい案です!やはりお姉様は──」
「おい、土井耕野。早く手を出せ」
3人は手を出す。数秒、無言でお互いを見つめた後、同時に声を口を開いた。
「「「最初はぐー!じゃん、けん──ぽん!」」」
気合いの入った声だ。勝者は──
「白露静斗、お前の1人勝ちだな」
「……そうだね」
「よし!」
耕野はガッツポーズをする。負けてこうまで喜ぶとは……愛華は呆れつつも微笑ましくその姿を見る。
さて、誰が薬を使うかは決まった。静斗は小瓶の蓋を開ける。……だが、それを自身に使うことはなかった。
耕野が瞬きをした一瞬で静斗は姿を消してしまう。
「!静斗の奴、どこに──」
「ここだよ」
静斗は耕野の背後に立っていた。そして、驚いている耕野の手を取り、瓶の中の薬をかける。
耕野の手から痣が消えていく。
「ああー!静斗!何をやっているんだ!じゃんけんに勝った奴が使うんだろ!」
「ああ、勝った私が、薬を自由に使う権利があるのだろう?なら、好きに使わせてもらうさ」
「く、くっそ……一応礼は言う!ありがとう!だが、次はないぞ!」
「はは、どういたしまして。……宵月」
「何だ?」
静斗は真剣な表情で秋を見た後、頭を下げた。
「すまない。君ではなく、耕野を選んだこと」
「何だ、そんなことか。気にするな。欲しかったら最初から取っている。次に薬が手に入った時も俺に気を遣わずお前が使え」
「いや、君に使う。私に使わそうとしても無駄だよ。今みたいに無理矢理かけるからね」
「運動神経ブッ壊れ王子め……」
こうして、呪われている人間は残り2人になった。終わりは近い。愛華はこのまま全員が生還できることを願いつつ、皆に移動しようと声をかける。
「皆さん、そろそろ行きましょう」
「ああ、そうだね」
「行こう!行こう!」
皆は歩き出す。雪乃雫が言っていた場所──図書館へと。




