第十二章 静かな距離で、確かに近づく
第58話 軍服の再仕立て
辺境伯からの依頼は、明確だった。
「動きやすく、守れて、長く着られるものを」
華美な装飾はいらない。
勲章を映えさせる必要もない。
「戦う人の服、ですね」
そう言うと、
彼は少しだけ、驚いた顔をした。
「……そう言ってもらえると、助かる」
私は、布に触れながら考える。
火の精霊のルビー装束ほど、特別ではなくていい。
けれど、兵士の身体を守る“現実的な知恵”は、込めたい。
縫い目は強く。
摩耗しやすい部分は二重に。
重さは、最小限に。
「……これなら」
仮縫いの段階で、
辺境伯は、静かに息を吐いた。
「動きが、妨げられない」
それだけで、
十分すぎる評価だった。
第59話 無言の時間
仮縫いの合間。
工房には、
不思議な静けさが流れていた。
彼は、無理に話しかけてこない。
私も、作業を止めない。
それなのに、
気まずさはなかった。
針の音。
布の擦れる音。
同じ空間で、
それぞれの役目を果たしているだけ。
「……こういう時間は、久しぶりだ」
不意に、彼が言った。
「誰かが、隣で仕事をしているだけの時間」
私は、少しだけ微笑んだ。
「集中できますよね」
「ああ」
それだけの会話。
けれど、
それが妙に心に残った。
第60話 価値観のすり合わせ
休憩時間。
差し出したお茶を、
彼は少し驚いたように受け取った。
「辺境では、
こんなふうに座る時間は、あまりない」
「……では、今は休憩です」
そう言うと、
彼は小さく笑った。
「あなたは、不思議だな」
「そう、ですか?」
「力があるのに、
それを誇らない」
私は、少し考えてから答えた。
「必要な人に、必要な形で届けたいだけです」
彼は、しばらく黙っていたが、
やがて、深く頷いた。
「……辺境にも、そんな人が必要だ」
その言葉は、
思った以上に、胸に響いた。
第61話 揺れる気持ち
その夜。
私は、自室で布を畳みながら、考えていた。
王都。
仕立て屋。
公爵家。
ここは、安全で、恵まれている。
それでも――。
「……辺境」
口に出すと、
胸の奥が、少しだけざわついた。
厳しくて、
大変で、
でも、守られている場所。
彼が、守っている場所。
「……考えすぎですね」
今は、まだ。
答えを出す必要はない。
第62話 距離が変わる瞬間
軍服は、完成した。
最終確認で袖を通した彼は、
ゆっくりと腕を動かす。
「……これなら」
彼は、真っ直ぐ私を見た。
「命を預けられる」
その言葉に、
胸が、きゅっと締め付けられる。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのは、こちらだ」
彼は、少し迷ってから、続けた。
「また、依頼してもいいだろうか」
「……もちろんです」
それは、
仕事の話だったはずなのに。
なぜか、
次に会う約束のように聞こえた。




