第九章 紅き炎は、黙して燃える
第43話 熱を帯びた気配
最初の異変は、暑さだった。
まだ朝だというのに、
工房の空気が、ほんのりと温かい。
「……火、強すぎたかな」
私は炉を確認するが、
いつもと変わらない。
それなのに、
布に触れる指先が、じんわりと熱を感じていた。
――その時。
ぱち、と音がして、
ランプの炎が、大きく揺れた。
「……?」
影が、壁に映る。
それは、
揺らめく炎のような人影だった。
第44話 火の精霊は、笑う
「やっと見つけた」
快活で、よく通る声。
赤い髪、燃えるような瞳。
衣は炎そのもののようで、輪郭が揺れている。
「……火の精霊、ですか?」
「正解!」
精霊は、楽しそうに笑った。
「地のやつから聞いたんだ。
妙に居心地のいい服を作る人間がいるって」
――ああ、もう情報が回っている。
「で?」
火の精霊は、ぐっと距離を詰めてくる。
「俺にも作ってくれないか。
燃え尽きない“衣”を」
第45話 火に耐える布
「火に、耐える……」
私は、少し考えた。
燃えない布、ではない。
火と共存する布。
「用途を、教えてください」
「守りだ」
火の精霊は、珍しく真剣な顔をした。
「人が戦う場所では、
火は味方にも、敵にもなる」
――辺境。
自然と、その言葉が浮かぶ。
「……わかりました」
私は、深く頷いた。
使うのは、
耐熱性の高い赤布。
裏地には、
地の精霊がくれた鉱石の粉を、極薄く織り込む。
刺繍は、最小限。
動きを妨げないように。
「これは……服というより、装備ですね」
「最高じゃないか!」
火の精霊は、心底嬉しそうだった。
第46話 ルビードレス(否、ルビー装束)
完成したそれは、
ドレスというより、軽装の外套だった。
深紅の布に、
炎のような光沢。
名前は――
ルビー。
火の精霊がそれを纏った瞬間、
炎が、安定した。
荒々しさが消え、
制御された力へと変わる。
「……すげえな」
精霊は、ぽつりと呟く。
「これなら、
人の近くにいても、焼かずに済む」
そして、にやりと笑った。
「加護、やっとくな!」
また、胸が温かくなる。
――最近、多い。
第47話 辺境伯、王都へ
数日後。
公爵家に、来客があった。
「辺境伯様が、王都へ?」
応接室に現れた男性は、
背が高く、無骨な軍装姿。
鋭い目つき。
けれど、礼儀は正しい。
「……あなたが、噂の仕立て屋か」
視線が、真っ直ぐに向けられる。
「火除けの力を感じる服を作ると聞いた。
気のせいでも構わない。
兵の命が、少しでも守れるなら」
私は、一礼した。
「気休めで終わらせるつもりは、ありません」
その言葉に、
辺境伯は、わずかに目を見開いた。
――まだ、この時は。
これが、
人生を共にする出会いになるとは、
思ってもいなかった。




