第二章 一流への道 13-夏の風物詩
最近、外が暑くなってきた。
「暑いな……。夏真っただ中だ」
ダルクは道の途中で恨めしそうに空を眺め、額に流れる汗を拭った。
最近は特に暑く、厨房では扇風機が三台フル稼働している。
扇風機は夏を乗り切る必需品で、生活スペースと合わせたら軽く十台は超えるだろう。
「それはそうと……」
ダルクはめずらしくワクワクしていた。
今朝、食材を買い集めてNoir |L'aubeへ戻った際に郵便受けを見ると、待ちに待った『ヘスティア祭』の応募用紙が入っていたのだ。
そして現在は運営委員会宛てに記入済みの応募用紙を提出したところだった。
「上手くいけばいいな。いや、しかし」
今まで、こう浮かれているときほど上手くいかないことが多かった。上がった期待は上がった分だけ、落ちた時に痛い思いをするものだ。
この前の虚偽のレビュー問題も、忘れてなるものか。ヘスティア祭で良い線まで行って、どうにか見返してやる。
ダルクは気を取り直すように両手で頬を一度叩いて、ようやく帰ってきたNoir |L'aubeの中へ入っていったのだった。
*
アレンとロンはリビングに置かれた扇風機の前で流れる汗を冷やしていた。
すると、そこにやってきたハミエルは「アレン、ロン、いいものがあるよ」と手招きする。
「なんだろう?」
アレンが首をかしげてロンと顔を見合わせながらハミエルの元へ向かうと、横長の大きな鉄の箱が置かれている。
ハミエルがその箱を開けると、寒いほどの冷気が箱から漏れ出てきた。
「えっ寒い! なんですか、これ!」
よく見ると中には白くて硬い何かが入っている。
「これは氷だよ。よく冬になると水たまりが凍っているのを見たりしていただろう?あれを機械で作ったんだ」
「!? 夏に氷なんて見たことないです! すごい……!」
ハミエルは鉄の杭みたいなものでその氷を砕き、袋に入れて二人に渡した。
その氷が入った袋はひんやりしていて、触っていると気持ちいい。
「飲める水で作ったものだから、溶けたら飲んでもいいよ」
「ありがとう、ハミエルさん!」
「ありがとう、父さん」
そう言って二人は涼しさを得ることができたのだった。
*
Noir |L'aubeの営業が今日も始まって、皆が働いていると厨房にある裏口の扉が叩かれた。
「あ? なんだ?」
スヴァンがちょうど手が空いたため、扉を開けてみる。
するとそこには貧民街の子どもと思われる少年が不安そうな表情で立っていた。
スヴァンはとっさにぎくりとしてしまう。
貧民街からアレンを連れ帰ったことを知ってこの子どもも『ここで働かせてください』なんて言い始めたら、さすがに助けたくてももう雇える余裕はないだろう。
しかし、スヴァンの考えは杞憂に終わった。
「みず……」
「水が欲しいのか?」
スヴァンが言葉を聞き出そうとすると、少年は何か考えあぐねて首を横に振る。
「わかんない」
「は? どういうことだ?」
少年は困り果てた様子だったが、おっかなびっくりしながらも地面の土がついた汚れた手でスヴァンの手首を引っ張った。
「……たすけて!」
スヴァンは手を引かれるままに外に出ると、裏路地にぐったりと横たわっている少女がいた。
少女がびっしょりと汗をかいているのを見たスヴァンはハッとした。
「まさか、熱中症か?」
「たすけて……!」
言葉足らずの少年が必死に少女を指さして助けを求める。
スヴァンは「ちょっと待ってろ」と言い残してNoir |L'aubeに戻った。
「いったいどうした。言ってみろ」
アルバーノがフライパンで野菜を炒めながらスヴァンに聞く。
「路地裏にめっちゃ汗かいて倒れてる子どもがいんだよ」
その言葉を聞いていたトレインがすぐさま反応した。
「汗をすごくかいてるなら、熱中症じゃないかい? はやく冷やしてあげないと!」
「やっぱ冷やさなきゃなんねぇのか……。寸胴鍋に水でも入れてぶっかけるか?」
「病人相手に野蛮だねー」
すると、アレンはハッとして手をあげた。
「はい! ぼくに良い考えがあります!」
「言ってみろ」
スヴァンが促すとアレンはポケットに入れていた袋を取り出した。
「氷の入った袋をその子の体に当ててみたらどうでしょうか」
「こんな真夏に氷なんてあるわけ……って、待て。その袋に入ってるのって溶けかけの氷じゃねぇか!?」
「とりあえずまずこれをその子に当ててあげてください! ぼくはハミエルさんから氷をもらってきます!」
アレンは自分が持っていた袋をスヴァンに渡してリビングに向かおうとすると、シューレが「アレン君、待ってー」と声をかける。
「この氷水って飲んでも大丈夫なやつか知ってるー?」
「あ、『溶けたら飲んでもいいよ』ってハミエルさんが言ってました!」
「わかったよ、それだけー」
アレンがそれを聞いて階下に降りて行くのを目の端で捉えながらシューレは言った。
「スヴァン、その子にこの氷水を飲ませた方がいいよー。そんなに汗かいてるなら水を飲ませなきゃー」
「なるほどな。わかった。ちょっくら行ってくる」
そしてスヴァンはその袋を持って路地裏に出て、少女に冷たい水をゆっくりと飲ませる。
一方厨房では、アルバーノが客に出すための料理の皿とは別に小さな小皿に料理をよそって置いた。
トレインは首をかしげる。
「アルバーノさん、この小皿は?」
「料理の余りだ。あの坊主たちが落ち着いたら持ってくといい。……栄養も多少必要だろう」
「なるほど! じゃあお客様に料理をお出ししたら持っていくよ」
トレインの言葉にアルバーノはその方を見ずにひとつうなずくだけだった。
「氷を入れた袋、いくつかもらってきましたー!」
そこにアレンが戻ってきたため、シューレは「外のスヴァンに持って行ってあげてー」と言うと、うなずいたアレンは走っていった。
スヴァンとアレンに氷を当ててもらった少女は次第に落ち着き、後から手の空いたトレインが持ってきた料理を少年と食べる。
「ありがとう」
そう一言だけ告げて、歩けるようになった少女は少年と貧民街の方に歩いて去っていったのだった。
***
「なんか厨房が慌ただしいと思ってたんだが、そんなことがあったのか」
ダルクはその日の夜、リビングで事の顛末を聞かされた。
すると、アレンは何かを決心して立ち上がり、皆に言った。
「あの、お願いがあります! この時期、貧民街の人たちは暑くて亡くなる人もいるんです。どうか助けてもらえませんか……? 寒さはまだ皆で集まれば耐えられますが、暑さはどうにもできなくて……」
「暑さの方がどうにもならないんだね。僕も今日の子たちを見たらどうにかしてあげたくなったよ。ダルク、どうだい?」
トレインがダルクに聞くと、ダルクは難しそうな表情でうつむいて数秒後、ロンに聞いた。
「ロン、現在のNoir |L'aubeの利益はどのくらいだ?」
ロンは、経理で使っている手元の資料と電卓をカチャカチャと慣れた手つきで操作して、肩に乗ったクロワールに耳打ちした。
クロワールが雄弁に語るには、
「ゲンザイ、月平均の利益が十五万だから、ちょっと厳しい! です!」
ということだった。
ダルクはそれを受けてしばらく黙り込み、ようやく顔を上げた。
「確かに店は苦しい時だ。でも困ったときはお互い様だよな。例え見返りがなくても、一度貧民街のやつらを助けてやってみよう。皆、知恵を貸してくれ!」
ダルクの言葉を聞いて一番初めにハミエルが反応した。
「今日は私の発明で子どもを救えた話を聞いたけれど、氷を配ったらどうだろう? 製氷機にバッテリーをつければ、下は元々車輪になっているから外に運べるよ。重さはあるが、皆で力を合わせれば何とかなると思う」
「地上に運ぶのはまぁ、なんとかなるとして今日みたいに砕いた氷を袋に入れて渡すということかい?」
「そうなるかな」
ハミエルとトレインの会話を聞いていたスヴァンは退屈そうな顔をした。
「でも、なんつーかよぉ……『楽しさ』が無ぇよな」
シューレはお菓子の本を読みながらこんな提案をした。
「氷を細かく砕いて食べてみるー?」
「それ美味いかぁ?」
その話を聞いていた時雨は何かひらめいたらしく、こんな話をした。
「それなら『かき氷』はどうだ? 日本で昔食べてたんだ。氷をけずったものにシロップをかけて食べるんだが」
ダルクはその話に興味を持ったのか少し身を乗り出して聞く。
「シロップって、あの果物と砂糖を煮詰めて作る甘いやつか?」
「オレの知るシロップは完璧な液体だったけど、果物の果肉が入っていても美味しいかもな」
ダルクは「なるほどな……」と呟きながら何度かうなずいていた。
今度はクロワールが時雨の肩にとまって聞いた。
「どんな味が、アルノ? クロワールも、たべれる?」
「オレが食べたことあるのは、苺とメロンだな。先生は氷だけなら食べてもいいだろうけど、シロップはだめかもな」
「ソッカ……」
クロワールはしょぼんとしたのか頭を下げて、今度はロンの肩にとまる。
ダルクはハミエルに聞いてみた。
「ハミエルさん、その『かき氷』とやらを作る機械なんて作れないだろうか」
「そうだなぁ、時雨君からどんな機械で氷をけずってたか聞いたら、作れるかもしれないね」
「ハミエルの旦那だったら、たぶん作れると思うけどな。オレの知るものでよければ、後で教える」
そこまで聞いて、ダルクは「よし」と言って立ち上がった。
「それじゃあ今度、ハミエルさんがその機械を作り終えたら貧民街の人たちにかき氷を振る舞おう。ハミエルさんは、もし作れないと判断したなら早めに俺に言ってくれるか」
「わかったよ」
話が良い方向に向かったのを見て、アレンは嬉しそうにほっと胸を撫でおろしたのだった。
***
ハミエルはそれから一週間ほどで『かき氷メーカー』を作り上げた。
時雨から聞いた機械は手動でかき氷を作るものだったが、そこにハミエルがさらに手を加えて自動で作れるようにした優れものである。
シューレはシロップを何種類か作り、トレインは最近巷で流行っている紙で作られたコップとスプーンを大量に取り寄せた。
普通の皿とスプーンだと数が少ないだけでなく洗う手間があることを考え、食べ終えたらそのまま捨てられるように工夫をしてみたのだ。
ダルクは少ない費用でNoir |L'aubeの旗を作り、貧民街でも一応宣伝効果のあるものを用意した。
当日、貧民街に製氷機とかき氷メーカーを持ち出したダルク、スヴァン、トレイン、アレンはなんとか設営を終える。
アレンはメガホンで呼びかけた。
「こんにちは、Noir |L'aubeです! 皆さんに冷たくて甘いかき氷をお配りします! お金はいりませんが、お礼の言葉とゴミはきちんと僕たちが用意したゴミ袋に捨てることを約束してください! 気になる方はこちらに並んでください! あっ横入りもしちゃだめですよ!」
アレンの呼びかけを始めに、Noir |L'aubeの屋台はあっという間に人に囲まれた。
スヴァンは孤児だったため、マナーの悪い人や約束を破る人は多少いるだろうと覚悟していたが、意外にも貧民街の人たちはこちらが出した条件を守る人がほとんどだった。
やがて、一人の男がかき氷を配るトレインに話しかけた。
「失礼。私は貧民街の人間ではないんだが、そのかき氷というものをひとつ買わせてもらえないだろうか?」
トレインが返答に困っていると、ダルクが後ろから声をかける。
「代金はいらないので、他の人と同じようにもらってください」
やがて男は列に並び、お礼を言ってかき氷を受け取り、食べ終える。
男は今度、ダルクに話しかけた。
「失礼。Noir |L'aubeとは、セルニア通りにあるあのレストランのことだろうか」
「そうですが」
「正直このかき氷とやらには驚かされました。こんな冷たくて美味しいものが、そのレストランでは食べられるのですか?」
「あぁ、いえ、普段レストランでは出していなくて……。人に振る舞うのは今日が初めてなんです」
ダルクの返答を聞いた男はすごく驚いた表情をした。そしてダルクの手をがっしりと両手で握って言った。
「いいですか、これは夏の間に必ず流行ります。ぜひともレストランで出してください。私も微力ながら周囲に宣伝します!」
「本当ですか!? わかりました、必ず出します。助言感謝いたします」
アレンはたくさんの人の中からこちらに向かって歩いてくる少年を見つける。
それはかつて、アレンから食べ物を奪った少年だった。
少年はアレンを見据えて一言言った。
「前は悪かった」
そう言って、アレンの目の前にあるごみ袋に食べ終えた後のカップとスプーンを入れて、去っていく。
アレンはこみ上げる感情を抑えて、その背中に叫んだ。
「また来てね!」
*
やがて夕暮れになり、持ってきた氷もすべて無くなってダルク達は撤退した。
帰り際にトレインは疲れからため息をつくが、表情は晴れやかだった。
「貧民街の人たちが集まって、臭いはすごかったけど……笑顔がたくさん見れて、やってよかったよ」
「お前逃げ出すかと思ったけど、よく最後までやりきったよな」
スヴァンもさすがにトレインを褒める。
すると、アレンは歩く皆の前に出て振り返り、頭を下げた。
「今日は、ありがとうございました! 僕の提案を実際にやってくれて、本当に……嬉しかったです!」
アレンの言葉に顔を見合わせたダルクたちは微笑む。
「こちらこそ、良い提案をありがとな。今日はみんな、よく頑張った」
「はい!」
ダルクの言葉に、アレンは満面の笑みを見せた。
***
その後、Noir |L'aubeでは夏の限定メニューとしてかき氷を売り出す。
それはアーシェルヴィアの西部で人気となり、結果として売り上げは大きく増えたのだった。




