第二章 一流への道 12.5-女装家の贖罪
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食事の無料提供をしてから、客足は元より増えた。そして季節は夏になる。
「よし、みんな今日もお疲れさん。片付けが終わったら上がってくれ」
ダルクの言葉に皆が返事を返す中、シューレはスイーツを作っていた。
いつも作っているケーキのようなものではなく、のっぺりとした花のようなスイーツだ。
トレインは見たこともないのっぺりとしたその見た目に好奇心を掻き立てられ、シューレに聞く。
「シューレさん、随分変わったものを作ってるんだね。どんな味かすごく気になるよ!」
シューレはその言葉に少し気を良くしたのか得意げに話した。
「顔の良い奴とは話したくもないけど教えてあげるー。これは『練り切り』っていう日本のお菓子らしいんだー」
「日本の……! あの国は美味しいものが多かったと聞いてるよ。鎖国してしまったのが本当にもったいないよね」
その会話の裏で、
「ついにトレインも、シューレの小言に慣れてきたみたいだな」
「おう。あそこまで嫌味言われても普通に話せるなんて、できるやつそうそう居ねぇと思う」
とダルク達が話していたのは言うまでもない。
「綺麗ですね……! シューレさんはなんでも作れてすごいです!」
「日本の職人に比べたらそれほどでもないよー。後で下に持っていったらみんなで食べようねー」
「わーい!! 楽しみにしてます!」
アレンが喜びながら、先に片付けが終わったダルクとスヴァンと共に下へと降りて行き、シューレも手元の布巾で手を拭いてから何も持たずに下へ降りて行く。
トレインは片付けを再度チェックするためにホールへ行くと、ちょうど時雨が合鍵を使って外から帰ってくる。
「お疲れ、トレイン」
「おかえり、時雨。今日は情報屋の仕事かい?」
「あぁ。今日は色々あって本当に疲れたよ」
そう言いながらスタスタと歩く時雨の足が止まった。
「これは……練り切りじゃないか! シューレが作ったのか?」
「そうだよ。あぁそうか、時雨は日本出身だから知ってるんだね? すごく綺麗だよねぇ」
「あぁ、美しい。これ、食べてもいいのか?」
「そういえば下に持っていったらみんなで食べようって言ってたのに、持って行かないで下に降りちゃったな。僕らで持って行ってあげる代わりに先にいただいちゃおうか」
そう言って、時雨は白と水色を基調とした花を、トレインは黄緑色の葉っぱのような形の練り切りを手に取り、一口食べてみる。
「あっっま!! 甘すぎるけど美味しいね!」
「日本を思い出すよ。美味しいな……」
その時、カメラを手に戻ってきたシューレと鉢合わせる。
「「あ」」
「えっ」
時雨とトレインが、シューレが持ってきたカメラを目にした途端反射的に『ヤバい』と感じたが、もう遅かった。
「いぃぃぃぃいぃやぁあぁぁぁぁぁ!!!」
とんでもない絶叫が轟いた後、シューレは力なくぺたんと膝から崩れ落ちた。
「えっ!? ごめんよ、シューレさん! 僕たちこれから下にこれを持っていこうとしてたんだ! 本当だよ!」
「この作品の写真を撮るために、カメラを取りに戻ってただけだったってことか……。すまない、勘違いだった」
「あっ、でもさっ! 食べかけだけどこれ撮ってもいいよ! 断面図がわかるよね!?」
トレインの言葉に時雨が『無理がある……』と言いたげに首を横に振るのと、ギロッとした目つきでシューレが睨むのは同時だった。
「ごっ……、ごめんなさぁぁい!!」
トレインの謝る声がレストラン中に響いた。
*
その話を聞いたスヴァンはゲラゲラと笑った。
「はー、やべーウケる。そん時のシューレの顔めっちゃ見たかったわ」
「笑いごとじゃないぞ、スヴァン。シューレはマスクと言い、スイーツと言い、自分の作品だと思って作ってる人なんだから」
ダルクの言葉に黙ったままこくこくとうなずくシューレはトレインと時雨を睨んだままだ。
ただでさえ顔面が良いと妬まれてる彼らが、やらかしてしまった。
時雨はどうお詫びをしようか迷っていると、トレインはこう言った。
「わかった! じゃあシューレさん、お詫びに時雨を女装させるよ! 好きだろう!? それでどうかな!?」
「え? あ、あぁ……オレはいいけど……」
『むしろそれでいいのか?』と心配そうに時雨がシューレを見ると、シューレは二度うなずいた。
「ふーん……。悪くないね。で? 君自身は何をしてくれるのー?」
声がいつもより数段低い。目つきも、怖い。
「ひっ……、なんでもお申し付けください……」
「わかったよー。じゃあ時雨には僕の写真の被写体になってもらって、トレインには写真を撮るときのアシスタントをしてもらうよー」
「「はい……」」
*
「ごきげんよう」
時雨が女装をすると、なぜか声も本当の女性のように変わる。
先ほどつまみ食いをして怒られた男と同一人物に思えないほどの変わりように、再びシューレはドキドキとしてしまった。
が、先ほどの怒りは忘れられない。この板挟みのジレンマのような葛藤は……怒りに変わって詐欺師に叩きつけられる。
「はい、これ持ってー。さっさと歩いてー」
「お、重すぎるよー!」
反射板やライトを持たせられたトレインは嘆く。しかし、皆は見て見ぬふりをした。
ただ一人だけアレンが何か持ってあげようとするが、
「アレン、助けてやらねーのも本人のためだぜ」
とスヴァンが言うので、助けるのをやめた。
リビングで撮影セットをトレインはなんとか組み立てて、スクリーンの白い背景の中に水色のドレスを着た時雨嬢が立つ。
シューレは彼女に花束を持たせて、カメラを構えた。すると。
「体の向きを正面側に四十度回転して! 顔を下に十五度傾ける!!」
……シューレが豹変した。
「……こ、こうかしら……」
「表情がちがーう!! もっと遠くの恋人を想うように! 切ない気持ちで!」
「は、はい!」
「照明! 光あたりすぎだろうが、光源遠ざけて! はやく!」
「ひぃっ! かしこまりましたー!!」
それを見ていた一同は感想をつぶやく。
「怖……」
***
五時間ほど続いた撮影がいよいよ終わりそうな時に、シューレはこんな提案をした。
「それじゃあ最後! トレイン、スクリーンの中に立って!」
「えっ、僕が? ……あぁ、モデルならこの前やったから任せてくれよ!」
そして意気揚々とスクリーンの中に立ってポーズを決めるトレインだが。
「そして脱げ!!」
「え」
「脱げよ! 男だろう!?」
「無理だよ! なんで!?」
「無理じゃない!」
それを見ていたダルクは傍観者の一同にこう言った。
「シューレを怒らせるとあぁなるから、みんな、気を付けるように」
「こえー」
「バカだな」
アルバーノは興味なさげに新聞を読み始める。
その間、渋々下着姿になったトレインは身を縮こまらせた。
「く、屈辱だ……!」
「いい表情だ!! その顔のままうつ伏せに寝て顔をこちらに向ける!」
「いやだよ!」
「そして時雨嬢はトレインの顔を踏みつけろ!」
「こ、こうかしら……」
すると、ロングドレスの裾が踏まれてるトレインの顔にかかる。
それを見たシューレはドキドキと興奮した様子で指示をした。
「ちがーう! ドレスの裾を色っぽくたくしあげるんだ! ……太ももまで!」
スヴァンは冷めた目でシューレを見る。
「最後のは性癖だろ」
ダルクはそっと手でアレンの目を隠した。
「わわっ」
「すまん、あれは男だが、なんか見せてはいけない気がした」
時雨嬢はシューレの指示に、
「わたくし、肌の露出は普段しませんの。でも……シューレ様のために、特別ですわ」
妖艶に笑ってみせた。シューレは途端、胸を射抜かれるような衝撃を受ける。
「男の扱いに慣れてるね」
ハミエルは感嘆の声をあげて、ロンもうなずいた。
そうして時雨嬢は太ももまでドレスの裾をたくし上げて、一層強くトレインの顔を踏みつけたところでシャッターを切られる。
シューレは最後に叫んだ。
「さいこーう!」
***
翌月、ダルクが新聞を読んでいると、美しい時雨嬢の写真を見つける。
「ん? 『写真コンテストの結果発表 銀賞:パティシエ仮面 賞金二万ビターを贈呈します』だと!?」
シューレはパティシエ仮面宛ての郵便物を受け取って、中身を確認する。
中には賞状が入っていた。
「まぁ僕の手にかかればこんなものだよー」
「この写真、店内にも飾りたいな」
「もちろんー」
ダルクとシューレが話していると、コーヒーを飲みに時雨がリビングにやってくる。
「お、時雨。写真コンテストでシューレに撮ってもらったお前の写真が賞とってるぞ」
「知ってる。オレは情報屋だからね」
「この写真、店内に飾ってもいいか? シューレからはOKをもらった」
「あぁ、好きに使ってくれ」
時雨がダルクと一通り話し終えると、シューレに見つめられてることに気づいた。
「な、なに?」
「いやー? 君の顔も悪くないねー」
「そりゃどーも……」
シューレは満足そうにリビングの壁を見上げる。その壁には大きな写真が飾ってあり、美しい時雨嬢が嘆き苦しむトレインの顔を踏みつけてる様子が写っていた。
「良い写真だー……」
そこでたまたまリビングにやってきたトレインは、
「その写真を飾るのだけはやめてくれー!!」
と悲痛な面持ちで叫んだのは、言うまでもない。




