第二章 一流への道 12-名誉挽回の一手
「……とまぁ、そういうわけでこのレストランの建物は俺に託されたってことだ」
ダルクの言葉に一同はうんうんとうなずいた。しかし、皆の表情は暗いままで、嘘の記事のショックを引きずっていることは明白だった。
「大切な友達から託されたものを汚されたりしたら、そりゃあ怒っちゃうよねー」
そのシューレの言葉が出た時、店の入り口についたベルとドアを叩く音が騒がしく鳴った。
「! 次はいったいなんだ!」
ダルクたち一同はまた階段をかけのぼる。すると、店の入り口の外で常連客の男ともう一人、見知らぬ男が揉めていた。
常連客の男は店内のダルク達に気づいて、再びドアを叩く。
「オーナーさん、聞いてくれよ! 俺は毎日のようにここに来てるからあんな記事が嘘っぱちだってことはわかってる! だけどな、こいつが全然信じてくれねぇんだ! あんたからも何か言ってくれ!」
それを聞いたダルクはドアを開けて口を開いたが、すぐにもう一人の見知らぬ男は自論を畳みかけてきた。
「そりゃあ記事だから多少は誇張してるかもしれねぇけどよ、ほんとに美味かったらあそこまで書かれるわけねぇだろ!? お前は食えりゃあなんでもいいんだろ? このバカ舌がよぉ!」
その言葉にダルクはキッと相手を睨みつけて叫んだ。
「お客様を馬鹿にするようなことは言わないでもらえるか!」
「あぁ!? じゃああの記事が嘘だって証拠を見せてみろよ! 俺たちが店に来たくなるような工夫でもしてな!」
「あぁ……いいだろう。――明日一日、店の料理をなんでも無料で提供してやる! どうだ!」
ダルクが口走ってしまった失言に「あっ」と口を押さえた背後で、アルバーノはスヴァンとシューレの背を叩いて厨房へ向かわせた。
「これはいい機会だ。お前たち、すぐに作れて一口で食べられる料理を作れ」
アルバーノの言葉に、スヴァンはすぐに提案した。
「ラタトゥイユなら野菜を一口大に切るからいけんじゃねぇか!?」
「じゃあそれを作るぞ。シューレ、お前さんはどうだ」
「そうだねぇ、作り置きのマカロンがあるからそれで良さそうー」
「よし、行動開始だ」
いきなり用意を始めた調理班を見たトレインたちは目を丸くする。
「アルバーノさん、一体何を考え付いたんだい?」
その問いかけに、野菜を切りながらアルバーノは答えた。
「せっかくオーナーが思い切った提案をしたんだ、ならば客引きが必要だろう。この一口大に切った料理を道行く人に食べてもらって、気に入ったら明日来店してもらえばいい。店からは、無料にする代わりに誰か一人にこの店の評判を嘘偽りなく話すようお願いするんだ」
「なるほど……! わかったよ、それならたくさんスプーンやお皿が必要だね! 用意してくるよ! アレン君、手伝って!」
「はい!」
経理担当のロンはダルクの急な提案に少々胃が痛くなる気分だったが、言葉を呑みこんでハミエルとクロワールと時雨と共に地下へ戻っていった。
「とにかく! 明日は絶対いらしてください!」
ダルクはそう言って急いでトレインとアレンの手伝いに加わる。
常連客は予想の斜め上をいったダルクの提案に「よくぞ言った!」とうなずき、隣の文句を言っていた男の肩を叩いた。
*
調理班が大きなラタトゥイユを五皿分とマカロン二十個とプリン十個を用意して、店の前に用意したテーブルにダルクが料理を並べた。
アレンとトレインはそこから料理が乗った小皿とスプーンを持って、周囲を歩く人たちに料理を配り始める。
「こんにちは! Noir |L'aubeのラタトゥイユはいかがですか?」
アレンは大きくハキハキとした声で人々に呼びかけ、道行く人に料理を配る。
通行人は記事のイメージがあるからか最初は抵抗があったようだが、お金を払わずに食べられるならと一口食べて目を丸くした。
「あれ? 意外と……いや、かなり美味しくないか?」
「本当だ。あの記事とはまるで違うな」
人々の言葉に嬉しくなったアレンは笑顔で明日の宣伝をする。
「明日、一日限定で当店の料理を無料で提供します。ぜひお越しください!」
「無料だって!? 明日ちょうど仕事が休みなんだ。絶対行くよ!」
ダルクの提案とアルバーノの策はかなり好評だったようだ。
***
怒涛の一日が終わって、翌日。
店の準備を整えたダルクは地下のリビングへ戻り、こんな提案をした。
「ハミエルさん。今日一日、記者が来店したときの動画を店内の壁を使って流してもらえないだろうか」
「もちろんだとも。ロンと一緒に映写機を設置しに行こう」
するとロンが肩に乗ったクロワールに耳打ちする。クロワールは悪そうな声でこう言った。
「店のメニューに、『あの日の真実、上映します』というメモでも、イレテミル?」
ダルクは苦笑を見せた。
「それは、ちょっとやりすぎな気もするな……」
時雨は『入れてやれ! 入れてやれ!』と憤慨している、彼だけに見えているロメインを一人なだめていた。
*
Noir |L'aubeの開店時間になり、ダルクが店のドアを開けようと入り口に向かうと信じられない光景が目に飛び込んできた。
「嘘だろ……」
今までにないほどの行列が、店の前に並んでいたのだ。
スヴァンは腕組みをしながら苦笑してダルクに言った。
「……どーすんだよ。無料にするって言ったからだぞ」
ダルクは引きつった笑みで答えた。
「……、酒は有料ということにさせてくれ……」
*
その数時間後、スヴァンは厨房でこう怒鳴り散らした。
「やってみたらクソ忙しいじゃねぇか!! 誰だよ、『なんでも無料で提供します』っつったのは!」
ひと際高く炒められている野菜が宙を舞って、フライパンに受け止められる。
「それに関してはほんとすまん……」
ダルクが困ったように頭をかくと、隣のシューレは並べたケーキに綺麗にホイップクリームを乗せながら言う。
「ほんと余計な事してくれたよねー」
……またもや胸にぐさっと来る発言。
ダルクが胃の辺りを苦い顔で押さえるが、今度は厨房に顔を出したトレインが叫ぶ。
「ダルク、お酒を注文された方がいるよ。お会計を早く!」
「わかった、今行く!」
そんな中アルバーノは「ガストロ・ボヌールに居た時はこれくらい日常茶飯事だった」とくどくど小言を言い出して、スヴァンは一瞬耳をふさいだ。
「あぁ聞きたくねぇ聞きたくねぇ!」
「こんなに頑張ってもお金にならないなんてねー……」
「聞きたくねぇー!」
*
一方店内で人々は料理を楽しみながら、壁に映されたあの日の記者とダルク達のやり取りを眺めている。
「新聞で見た話とはぜんぜん違うじゃないか! どうなってるんだ?」
そう言ったのは、昨日店の前で文句を言っていた男だ。傍にいたトレインは「ご理解くださってありがとうございます」と品良くお辞儀をした。
救いとなったのは、虚偽のレビューの件が客に理解されたことと、気を良くした客が高いワインを頼んでいった事、さらにはチップと称していくらかお金を払ってくれた人もいたことだった。
*
「ということで、みんなお疲れ様!」
なんとか閉店時間までやりきって、みんなくたくたでリビングに帰ってきた。
部屋に帰る気力もなくリビングの椅子に座った一同に、ダルクは頭を下げる。
「俺の提案でみんなには迷惑をかけたな。でもやり切ってくれたこと、礼を言う」
「マジで疲れたぜ……」
スヴァンは机に突っ伏しながらつぶやくが、ダルクは続けた。
「でも、昨日のアルバーノさんの案と言い、今回の俺の提案と言い、かなり名誉挽回につながったと思う。あのまま何もせずレストランの評判が下がったままよりか、良かったはずだ」
「それはそうかもしれないねー」
シューレがダルクの言葉に同意していると、時雨が手を上げた。
「旦那、報告がある」
「どうした、言ってみろ」
時雨は手元のノートを見ながらこう続けた。
「今回の嘘レビューの件だが、記者のオリバーとデイルガー新聞社の局長が共謀していることがわかった。しかし、これは裏のルートで仕入れた情報だから正々堂々と訴えることはできないだろうな。おそらくこちらの泣き寝入りで終わる」
皆の顔が悔しそうに歪められたが、ダルクだけは違った。
「悔しいが、世の中うまくはいかないってことだ。そこでみんな、ちょっと聞いてほしい。俺たちの挑戦の話だ」
「挑戦?」
スヴァンが好奇心で目を輝かせた。ダルクは真面目な顔でうなずく。
「実はこの前、街で偶然ロゼさんに出会ったんだ」
その言葉に一番食いついたのはトレインだ。
「え!? そんなこと初めて聞いたよ! それで、どうだったんだい?」
「可愛かった!!」
「聞きたいのはそこじゃないよ!」
ひとつ咳払いしたダルクは本題に戻る。
「それでな、彼女が教えてくれたんだ。今年の年末にアーシェルヴィア中のレストランが集まるコンテストがあるとな」
「年末の大きなコンテスト……――『ヘスティア祭』のことか」
時雨の言葉にダルクは、「『ヘスティア祭』というのか……」と考える素振りをしてから、皆に向き直る。
「その『ヘスティア祭』というものに、出てみたらどうだろう。みんなが注目するんだ、一介の新聞社ごときが嘘なんてつけないはずだ。これが俺たちの正々堂々ではないか?」
「なるほどな……。いいぜ、出てやろうじゃねぇか!」
スヴァンが机を片手で叩きながら立ち上がると、皆にも気合が伝わったのか、やる気のこもった返事が次々に返ってくる。
だが、時雨だけはまだ反応していなかった。
「ひとつ、聞きたいことがある。その『ヘスティア祭』で優勝すると何があるのかわかっているのか?」
「? いや、わかってない。何があるんだ?」
ダルクが聞くと、時雨は答える。
「優勝すると、そのレストランが国王の食事を二年間担当することになるんだ。あんたたち元犯罪者だろ? そんな大っぴらな所に出て大丈夫かと思ってな」
すると、その元犯罪者たちは真顔でケロッとこう言った。
「大丈夫だろ」
「僕たちそれほど目立ててないからね……」
「俺はザコ中のザコだ!」
それぞれの反応に時雨は大きなため息をつく。
「オレの心配は、忘れてくれ……」
「もしそのコンテストで良い線行けば、お店がもっと有名になるってことですか?」
アレンの問いかけにハミエルはうなずいた。
「その通りだよ。我々も鼻が高いね」
「わぁ……! それなら、頑張りましょう! ぼくも頑張ります!」
ロンは肩に乗ったクロワールに耳打ちした。クロワールは羽根をバサッと広げて高らかに言う。
「ボクたちも、応援します! ……クロワールも、オウエン、する!」
アルバーノは皆の反応を見て、一人笑みを浮かべる。
彼こそは、前回の『ヘスティア祭』の優勝者だったからだ。
しかし、わざわざここで言うほどでもないだろうと口を閉じていた。
「じゃあ早速、募集要項を見るか!」
「『犯罪者は挑戦できません』みたいなこと書いてあったらどうする?」
「そんな怖いこと言わないでくれよ……」
――皆が夢見るのは、輝かしい未来。




