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お仕事をすることになりました

「ごめんなさい、私、情けないですね。こんな、殿方の前で」


 次々と流れてくる涙に困りながら目元を拭う。声が震えてどうしようもなかった。


「構わない。しかし、君が気にするなら俺は見ないようにする。ああ、ほら、あまり目元を擦るものではない。布で押さえておくだけにしておいたほうがいい」

「はいっ……」


 しばらく、涙がおさまるまで彼はそばにいてくれた。私は布団を目一杯に抱きしめて、ベッドの上で背を向けて座るヴィルディエール様には感謝しかない。


「ありがとうございます」

「どういたしまして、だな」


 背を向けたままくつくつと笑う声がする。その声がとても優しくて、私はほつれを直したばかりのマントをくしゃりと握り込んだ。


「あの、ほつれ、直したのですが」

「見せてもらえるか?」

「はい」


 こちらを振り向いた彼の顔が思ったよりも近くてのけぞると、あちらも「すまない!」と言いながら身を引く。お互いに照れてしまっているようで、目が合わせられない。


 そっと目を合わせないままにマントを渡せば、彼は静かに検分してひとつ頷いた。


「うん、なんの問題ないな。ときにフレアローザ殿、君は裁縫が得意なのだろうか?」

「ええと、恐らく……?」


 その言葉にヴィルディエール様は眉を顰める。そこで「恐らく」なんて曖昧な答えを返すのは大変失礼だったんじゃないかと気が付いて言葉を重ねる。


「申し訳ございません。あまり、自信がないのです」

「なぜ? 縫い直したようには見えないほどに見事な出来だが」


 褒めていただけるのは嬉しいが、なんだかくすぐったい気持ちになる。

 城では褒められたことなんて、ただの一度もなかった。上達すればきっと褒めてもらえると思い頑張っていた時期ももちろんあったが、それも全て無駄に終わってしまったわけで……身につけた技術がどれほどのものなのか自分自身に差は分からない。なかなか上手くできたのではないか? と自分で判断しても、他者の目がなければそれが『自惚れ』なのか、そうでないのかも分からない。


 考えれば考えるほど、私は面倒な女だ。彼には非常に申し訳ない。


「……お褒めいただき光栄です。その、こうしてお褒めいただいたことがなかったので、自身の腕前がどれほどなのか、分からないのです。ごめんなさい」


 私の言葉に彼はピクリと眉を上げる。なにか気に障るようなことを言ってしまったのだろうか? 不安になって、険しい表情になった彼の表情を伺う。


「いや……君はよくやっている。見事な腕前だ。それも俺が保証しよう。君が不安になるなら、そのときは何度でも俺が肯定してあげよう。むしろこれだけの逸材を腐らせていたあちらの国に感謝しなくてはな。こうして俺が独り占めできるわけだから」


 その言葉はまるで愛を囁かれているようで、気恥ずかしくて、けれど確かに嬉しくて、ああ、私も魔人族だったら、もっと早くにこの人と出会えていたのだろうかなどと思ってしまう。

 だが、彼はきっと同情からこんなことを言うのだ。そこに他意はないはず。そう思い込もうとする私の髪を彼がすくいあげる。


「これは、同情しているから肯定してやろうと言ったわけではないぞ。ただの事実だ。それでだ、フレアローザ殿。君が良ければだが、ちょっとした刺繍の仕事などを受けてみる気はないか? 君の腕を見込んでのお願いなのだが」


 まるで心の内をすっかりと見通されてしまったような気分になる。

 私の不安を的確にほぐしてヴィルディエール様は笑った。その口元だけで笑っていることがよく分かる。目を見ると拒絶してしまいそうなので、なるべく目を合わせないようにしているのだが、この調子で彼がぐいぐいと触れ合ってくるようならばすぐに勇者様のことなんて忘れてしまいそう……。そのほうが、きっといいのだけれど。


 だって、いつまでもひどい人のことを思って彼に重ねるだなんて不誠実だもの。彼はそんな人ではなくて、私のぽっかりと空いた穴にそっと触れないように蓋をしてくれる。だから、いつまでも甘えているわけにはいかない。


 これまでの言動で、きっとなにかがあったことを彼は察している。そして、察しているからこそ、そこに触れないように見ないふりをしてくれている。私を傷つけないために。


 あたたかい言葉と行動で示して、ゆっくりと強張った心をほぐすように。


 長い沈黙を挟んだ私に、彼は「君が良ければの話だ。俺の思いつきだからな、断ってもいいんだ」と優しく言い含める。


 ああ、ここまでしてもらって、いつまでも怖がっているわけにはいかないわよね。


「謹んで、お受けさせていただきます」


 勇気を出して、一歩を。


「そうか! それは嬉しいな!」


 ニコニコと笑って喜ぶヴィルディエール様は私に手を差し出す。


「これから、よろしく頼む! フレアローザ殿!」


 大きくて、無骨で、男の人の手のひら。決して綺麗なものではなく、少しばかり傷ついていたり、剣だこのようなもののある、しかし頼もしい手のひらだった。


 私は遠慮がちにその手のひらに、自分のそれを重ねる。

 真っ白で、なんの苦労もしていないような小娘の手のひらを。


 実際には傷ついても自分で癒していたからなにも残っていないだけ。苦労してないだなんて口が裂けても言えやしない。けれども、あまりにも二つの手のひらは違った。


 相応しいのか? 

 この彼の手に、私が。


「……」

「どうした?」


 いいや、深く考えてはいけない。

 手を取らないほうが、むしろ失礼に当たる。


 だから。


「いえ、その……ふつつかな女ですが、よろしくお願い申し上げます。ヴィルディエール様」


 彼の手を取り、はじめの一歩を。


「……君な」

「? ……なにか、失礼なことを申してしまったでしょうか」

「いや、なに、気にするな!」


 もう片方の手で顔を覆いながら、ヴィルディエール様は静かに天を仰いだ。

 なぜ……?

隔日で投稿できたら嬉しいなあ。

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