理想の恋人(?)を手に入れよう
平日の昼間。ビルの谷間から降りそそぐ陽光が、渋谷のスクランブル交差点を明るく照らしていた。
信号が青に変わると、四方から人が一斉に流れ出す。スーツ姿の会社員たちは、スマホを片手に、誰もが急ぎ足だ。その人波を横目に、ケイスケは、ゆったりとした足取りでストリートを歩いていた。
大型ビジョンからは、流行りの曲が流れている。どこかから、クレープの甘い匂いが漂ってきた。
若返り、完璧に最適化された健康な肉体。少し歩いたくらいでは、息も上がらない。ルミナスの防御に守られているという、圧倒的な無敵感と、絶対的な安心。ドクターKとして得た、一生かけても使い切れないほどの潤沢な資産。そして、何者にも縛られない、無限の自由時間。
かつては、満員電車に揉まれ、理不尽な納期と上司の顔色に追われる、四十二歳のサラリーマンだった。その男が今、都会のど真ん中を、文字どおり我が物顔で闊歩している。すれ違う人が、ふと振り返るほどの余裕。全身を満たす優越感は、最高というほかなかった。
(くぅ……これだよ、これ。平日の真っ昼間に、渋谷をブラブラするこの解放感……たまらん)
心の中で悦に入りながら、サングラス越しに視線を流す。
街には、トレンドの服を着こなした女子大生。初々しいリクルートスーツの就活生。二十歳前後の、華やかなギャルたち。皆、楽しそうに笑い合いながら歩いている。
ふと、実にシンプルな思いつきが、頭に浮かんだ。
(……待てよ? 今の俺って、見た目は爽やかで、体型も完璧で、金はうなるほどあって、心にも時間にも余裕があるわけだよな?)
かつての冴えない中年時代なら、高望みすらできなかった、若くて可愛い女の子たち。
(今なら……ナンパでもアプリでも何でもいいけど、若くて可愛い彼女を作るなんて、ぶっちゃけ余裕なんじゃないか……!?)
男としての本能と、無双状態ゆえの全能感が、ケイスケの胸を大きく躍らせた。
ルミナスなら、この手の必勝法も知っていそうだ。頭の中の気配を、ちらりとうかがってみる。
返事は、なかった。
しばらく渋谷の街をブラブラしつつ、サングラス越しに、いろんな女の子をちらちらと眺めていると、頭の中に声が響いた。
『マスターは、どのような女性がお好みですか?』
ケイスケは、思わず足を止めかけた。
珍しく、ルミナスから声を掛けて来たからだ。
『そうだな……』
顎に手を当てて、渋谷の街並みに視線を巡らせる。
ちょうどその時、スクランブル交差点の大型ビジョンに、爽やかなコマーシャル映像が流れた。
白浜ミツキ。今、最も勢いのある女優だ。
透きとおるような白い肌。大きく澄んだ瞳は、少し切れ長で凛としているのに、笑うとふわりと柔らかくなる。長いまつ毛。清らかな額。艶やかな黒髪。清楚で、どこか浮世離れした空気をまとい、可憐さと芯の強さが、不思議なバランスで同居している。
『あの女優さん。白浜ミツキなんか、まさに好みのど真ん中だな。特に、ちょっとミステリアスな不思議系の役を演じてる時の彼女は、最高に刺さる』
『白浜ミツキ氏ですね。マスターの好みの傾向として、記録いたしました』
『おいおい、記録って……まぁ、いいけどさ』
照れくさくなって、口元が緩んだ。
そのあとも、ケイスケはキャットストリートや表参道を優雅に散策した。夕方には予約困難と言われる芸能人御用達の超高級焼肉店へ。極上の肉と酒を、ひとりで心ゆくまで堪能した。
金と時間と健康を手に入れた男の、至福の休日だった。
すっかり満足したケイスケは、人目のない路地裏の物陰で、光に吸い上げられて、宇宙船へ帰還した。
認識阻害ジャミングは、今日も完璧だ。世界一人口密度が高いと言っても過言ではない、渋谷の夜であるにも関わらず、誰も気が付かない。
無駄に腕を組んでの帰艦。
白い船内に降り立った、その時。
「おかえりなさいませ、マスター」
聞き覚えのある声がした。頭の中で、ずっと響いていた、あの声だ。ただ、耳から届く音は、ずっと近くて、柔らかい。
「……え?」
ケイスケは、絶句して立ち止まった。
そこに立っていたのは、先ほど、大型ビジョンで見上げた女優、白浜ミツキに、瓜二つの美女だった。
いや、ただの瓜二つではない。透明感と、凛とした品のある雰囲気はそのままに、ケイスケが「この役の時が一番良いな」と、密かに思い描いていた、目元の強さ、口元の自信、生意気そうな雰囲気が、「ケイスケ好み」に寄せられている。人類の限界に到達したと言える美少女だった。
肩に流れる、艶やかな黒髪。大きく澄んだ瞳は、大型ビジョンの彼女より、少しだけ気が強そうだ。挑むようにこちらを見据える、勝気な瞳。その色だけは、大型ビジョンの彼女とは違う、深い蒼だった。自信満々に、きゅっと結ばれた唇。上品なワンピースの裾を、少しだけ揺らして、彼女は顎をわずかに上げ、口の端だけで微笑んだ。
「マスターのお好みに合わせて、肉体を構築いたしました。これからは、この姿でも、お傍でお世話をさせていただきます」
口調は、淡々としている。それなのに、ほんの少しだけ、声が弾んでいるように聞こえた。
頭の中で響いていた冷静な声が、目の前の唇から、可憐な音になって紡がれている。同じ声だ。話し方も、間違いなく、ルミナスのものだった。
ケイスケは、口をぽかんと開けたまま、「自分好みの姿になったルミナス」を、ただ呆然と見つめるしかなかった。
目の前に、好みど真ん中の美少女がいる。しかも、自分にお世話をすると言っている。
(……やる事は、決まってるよな?)
そう、セックス一択だ。男なら、そう言いたいところだった。
(いや、だけどなぁ……)
美人すぎる。それに、中身はルミナス先生だ。超絶なる存在で、ずっと世話を焼いてくれ、そして24時間監視されている、あの淡々とした声の主だ。
その相手に、シンプルに欲望をぶつけるのは、何というか、難しい。
彼女は、優雅にほほ笑み、こちらの言葉を待っている。
ケイスケは、緊張を隠すように咳払いをした。
「じゃ、じゃあ今日はそろそろ寝るから、家に送ってくれ」
「かしこまりました」
彼女は、少し残念そうにしながらも、あっさりと頷いた。
足元から、淡い光が立ち上る。気がつくと、ケイスケは、自宅のペントハウスのベランダに立っていた。火照った頬に、夜風が心地いい。眼下には、東京の夜景が広がっている。
(……逃げたわけじゃない。断じて)
誰にともなく言い訳をして、部屋に入った。
シャワーを浴びて、広い湯船に身体を沈める。手足を思い切り伸ばして、縁に頭を預けた。ガラス越しに、夜景が瞬いている。
(それにしても、あの見た目は反則だろ……)
白浜ミツキの顔で、あの声で。いや、中身はルミナスだ。落ち着け。
そう自分に言い聞かせていた、その時。
「失礼いたします」
浴室の扉が、静かに開いた。
ケイスケは、反射的に振り返った。いつ来たのか、足音ひとつ聞こえなかった。湯気の向こうに、彼女が立っていた。
白浜ミツキの姿をした、ルミナスだ。
しかも、白銀のマイクロビキニ姿で。
布と呼べる面積は、ほとんどない。湯気の中で、白い肌が眩しく浮かび上がる。勝気な瞳が、まっすぐこちらを見据えていた。表情は、なんだ、妙に人間味がある。ニヤニヤしているように見える。
「ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ケイスケは、湯の中で、盛大にむせた。
彼女は、返事を待たなかった。ざぶりと湯に入り、あっという間に距離を詰めてくる。肌が、触れた。
「ふふ、こうされるのが好きなんでしょ?」
悪戯っぽく口角を上げ、勝気な瞳が、下から覗き込んでくる。
「非モテで独身のマスターは、女の子にリードしてもらわないと、セックスも出来ないヘタレですものね」
生意気な声が、耳元をくすぐった。
(し、知ってやがる……!)
ケイスケは気がついた。
ルミナスは、自分の性癖と、好みのシチュエーションを、明らかに理解している。
これはもうダメだ。逆らいようがない。
ケイスケは、早々に白旗をあげた。
その夜、ケイスケは、白浜ミツキの姿をした理想の美少女に、一晩中翻弄され続けた。




