↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/23

理想の恋人(?)を手に入れよう

平日の昼間。ビルの谷間から降りそそぐ陽光が、渋谷のスクランブル交差点を明るく照らしていた。

信号が青に変わると、四方から人が一斉に流れ出す。スーツ姿の会社員たちは、スマホを片手に、誰もが急ぎ足だ。その人波を横目に、ケイスケは、ゆったりとした足取りでストリートを歩いていた。

大型ビジョンからは、流行りの曲が流れている。どこかから、クレープの甘い匂いが漂ってきた。

若返り、完璧に最適化された健康な肉体。少し歩いたくらいでは、息も上がらない。ルミナスの防御に守られているという、圧倒的な無敵感と、絶対的な安心。ドクターKとして得た、一生かけても使い切れないほどの潤沢な資産。そして、何者にも縛られない、無限の自由時間。

かつては、満員電車に揉まれ、理不尽な納期と上司の顔色に追われる、四十二歳のサラリーマンだった。その男が今、都会のど真ん中を、文字どおり我が物顔で闊歩している。すれ違う人が、ふと振り返るほどの余裕。全身を満たす優越感は、最高というほかなかった。

(くぅ……これだよ、これ。平日の真っ昼間に、渋谷をブラブラするこの解放感……たまらん)

心の中で悦に入りながら、サングラス越しに視線を流す。

街には、トレンドの服を着こなした女子大生。初々しいリクルートスーツの就活生。二十歳前後の、華やかなギャルたち。皆、楽しそうに笑い合いながら歩いている。

ふと、実にシンプルな思いつきが、頭に浮かんだ。

(……待てよ? 今の俺って、見た目は爽やかで、体型も完璧で、金はうなるほどあって、心にも時間にも余裕があるわけだよな?)

かつての冴えない中年時代なら、高望みすらできなかった、若くて可愛い女の子たち。

(今なら……ナンパでもアプリでも何でもいいけど、若くて可愛い彼女を作るなんて、ぶっちゃけ余裕なんじゃないか……!?)

男としての本能と、無双状態ゆえの全能感が、ケイスケの胸を大きく躍らせた。

ルミナスなら、この手の必勝法も知っていそうだ。頭の中の気配を、ちらりとうかがってみる。

返事は、なかった。


しばらく渋谷の街をブラブラしつつ、サングラス越しに、いろんな女の子をちらちらと眺めていると、頭の中に声が響いた。

『マスターは、どのような女性がお好みですか?』

ケイスケは、思わず足を止めかけた。

珍しく、ルミナスから声を掛けて来たからだ。

『そうだな……』

顎に手を当てて、渋谷の街並みに視線を巡らせる。

ちょうどその時、スクランブル交差点の大型ビジョンに、爽やかなコマーシャル映像が流れた。

白浜ミツキ。今、最も勢いのある女優だ。

透きとおるような白い肌。大きく澄んだ瞳は、少し切れ長で凛としているのに、笑うとふわりと柔らかくなる。長いまつ毛。清らかな額。艶やかな黒髪。清楚で、どこか浮世離れした空気をまとい、可憐さと芯の強さが、不思議なバランスで同居している。

『あの女優さん。白浜ミツキなんか、まさに好みのど真ん中だな。特に、ちょっとミステリアスな不思議系の役を演じてる時の彼女は、最高に刺さる』

『白浜ミツキ氏ですね。マスターの好みの傾向として、記録いたしました』

『おいおい、記録って……まぁ、いいけどさ』

照れくさくなって、口元が緩んだ。

そのあとも、ケイスケはキャットストリートや表参道を優雅に散策した。夕方には予約困難と言われる芸能人御用達の超高級焼肉店へ。極上の肉と酒を、ひとりで心ゆくまで堪能した。

金と時間と健康を手に入れた男の、至福の休日だった。

すっかり満足したケイスケは、人目のない路地裏の物陰で、光に吸い上げられて、宇宙船へ帰還した。

認識阻害ジャミングは、今日も完璧だ。世界一人口密度が高いと言っても過言ではない、渋谷の夜であるにも関わらず、誰も気が付かない。

無駄に腕を組んでの帰艦。

白い船内に降り立った、その時。

「おかえりなさいませ、マスター」

聞き覚えのある声がした。頭の中で、ずっと響いていた、あの声だ。ただ、耳から届く音は、ずっと近くて、柔らかい。

「……え?」

ケイスケは、絶句して立ち止まった。

そこに立っていたのは、先ほど、大型ビジョンで見上げた女優、白浜ミツキに、瓜二つの美女だった。

いや、ただの瓜二つではない。透明感と、凛とした品のある雰囲気はそのままに、ケイスケが「この役の時が一番良いな」と、密かに思い描いていた、目元の強さ、口元の自信、生意気そうな雰囲気が、「ケイスケ好み」に寄せられている。人類の限界に到達したと言える美少女だった。

肩に流れる、艶やかな黒髪。大きく澄んだ瞳は、大型ビジョンの彼女より、少しだけ気が強そうだ。挑むようにこちらを見据える、勝気な瞳。その色だけは、大型ビジョンの彼女とは違う、深い蒼だった。自信満々に、きゅっと結ばれた唇。上品なワンピースの裾を、少しだけ揺らして、彼女は顎をわずかに上げ、口の端だけで微笑んだ。

「マスターのお好みに合わせて、肉体を構築いたしました。これからは、この姿でも、お傍でお世話をさせていただきます」

口調は、淡々としている。それなのに、ほんの少しだけ、声が弾んでいるように聞こえた。

頭の中で響いていた冷静な声が、目の前の唇から、可憐な音になって紡がれている。同じ声だ。話し方も、間違いなく、ルミナスのものだった。

ケイスケは、口をぽかんと開けたまま、「自分好みの姿になったルミナス」を、ただ呆然と見つめるしかなかった。


目の前に、好みど真ん中の美少女がいる。しかも、自分にお世話をすると言っている。

(……やる事は、決まってるよな?)

そう、セックス一択だ。男なら、そう言いたいところだった。

(いや、だけどなぁ……)

美人すぎる。それに、中身はルミナス先生だ。超絶なる存在で、ずっと世話を焼いてくれ、そして24時間監視されている、あの淡々とした声の主だ。

その相手に、シンプルに欲望をぶつけるのは、何というか、難しい。

彼女は、優雅にほほ笑み、こちらの言葉を待っている。

ケイスケは、緊張を隠すように咳払いをした。

「じゃ、じゃあ今日はそろそろ寝るから、家に送ってくれ」

「かしこまりました」

彼女は、少し残念そうにしながらも、あっさりと頷いた。

足元から、淡い光が立ち上る。気がつくと、ケイスケは、自宅のペントハウスのベランダに立っていた。火照った頬に、夜風が心地いい。眼下には、東京の夜景が広がっている。

(……逃げたわけじゃない。断じて)

誰にともなく言い訳をして、部屋に入った。

シャワーを浴びて、広い湯船に身体を沈める。手足を思い切り伸ばして、縁に頭を預けた。ガラス越しに、夜景が瞬いている。

(それにしても、あの見た目は反則だろ……)

白浜ミツキの顔で、あの声で。いや、中身はルミナスだ。落ち着け。

そう自分に言い聞かせていた、その時。

「失礼いたします」

浴室の扉が、静かに開いた。

ケイスケは、反射的に振り返った。いつ来たのか、足音ひとつ聞こえなかった。湯気の向こうに、彼女が立っていた。

白浜ミツキの姿をした、ルミナスだ。

しかも、白銀のマイクロビキニ姿で。

布と呼べる面積は、ほとんどない。湯気の中で、白い肌が眩しく浮かび上がる。勝気な瞳が、まっすぐこちらを見据えていた。表情は、なんだ、妙に人間味がある。ニヤニヤしているように見える。


「ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」

ケイスケは、湯の中で、盛大にむせた。

彼女は、返事を待たなかった。ざぶりと湯に入り、あっという間に距離を詰めてくる。肌が、触れた。

「ふふ、こうされるのが好きなんでしょ?」

悪戯っぽく口角を上げ、勝気な瞳が、下から覗き込んでくる。

「非モテで独身のマスターは、女の子にリードしてもらわないと、セックスも出来ないヘタレですものね」

生意気な声が、耳元をくすぐった。

(し、知ってやがる……!)

ケイスケは気がついた。

ルミナスは、自分の性癖と、好みのシチュエーションを、明らかに理解している。

これはもうダメだ。逆らいようがない。

ケイスケは、早々に白旗をあげた。

その夜、ケイスケは、白浜ミツキの姿をした理想の美少女に、一晩中翻弄され続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。