ピラミッドの謎について聴いてみよう
宇宙船のメインルームに戻ったケイスケは、ふうと大きく息を吐いた。
白い部屋の中央にある椅子に、腰を下ろす。すると椅子が、ふわりと形を変えた。背もたれが広がり、座面が沈んでいく。気づけば、極上のソファーになっていた。
「……気が利くな」
『マスターの疲労度に合わせて、最適化いたしました』
ケイスケは、ソファーに深く身体を沈めた。体の力が、するすると抜けていく。目を閉じると、深く頭を下げ続ける能面の一団が、まぶたの裏に浮かんだ。
「なんかあの人たち……ルミナスというか、この宇宙船の存在を、うっすら知ってるっぽい反応だったよな?」
『はい。船がそこにあることは、認識しておられました』
「今更だけど、ルミナスみたいな存在は、他にも地球に来たことがあるのか?」
『私自身のことについては、完全なる禁則事項のため、お話しすることはできません』
「禁則事項って……」
なんでも俺の言うことを聞いてくれるものの、そこは譲れない一線ってわけか……
『しかし、私とは違った出自の宇宙船やUFOは、いくつも地球に来ております』
「そうなのか……」
ケイスケの頭に、王道の疑問が浮かんだ。
「じゃあやっぱり、たとえばピラミッドとかって、宇宙人が作ったのか?」
『いいえ。ピラミッドは、人間が作りました。人間の自由意志と、執念と、組織力の結晶です』
「マジかよ。まぁ、それはそれで逆にロマンがあるな」
実際に見たことはないが、何トンもある巨大な石を、気が遠くなるほどの数用意し、正確に積み上げたという。
しかも何千年経っても残る形で。
そこに超常的な力の補助なく。
宇宙人の存在を知ったケイスケにとっては、逆にロマンと敬意を感じる。
とはいえ、ピラミッドの凄さと謎はそれだけじゃなかったはずだ。
そんなケイスケの疑問に答えるように、ルミナスは続ける。
『ただし、その目的及び、核となる技術に関しては、宇宙人の指導を受けています。ピラミッドの内部構造や配置における「異常な精密さ」……例えば、正確すぎる東西南北の計測や、特定の星座の位置関係との完全な一致などです。ただし、実際の建造は、人間によるものです』
「おお……! つまり『作った』のは人間だけど、『知恵を授けた』のは宇宙人だったってことか!」
『肯定です』
宇宙人から知恵を授かり、重機も何もない時代に人間が気の遠くなるような年月をかけて作り上げた。
凄まじいロマンだ。
そこにはきっと、物理的な困難のみならず、組織的な軋轢もあっただろう。
指導者がいて、現場の下働きが居て、現場リーダーがいて……
そしてその全員が、目的を共有して動いたからこそあんな凄いものが出来たのだ。
サラリーマン的な思考のケイスケにとって、それこそがある意味感動するポイントと言える。
ん? しかしそうだ。
「目的?」
そうだ。ピラミッド最大の謎は、その目的だ。
王の墓と言われているが、ぶっちゃけそんな物のためにあんな巨大建造物を作るとは思えない。
そしてそこに宇宙人のアドバイスがあったとなると……
『ピラミッドの真の機能とは、単なる王の墓などではなく――地球全体の位相を安定させるための、位相安定化装置です』
「位相安定化装置……!? さっきのきさらぎ駅とかブループの話に繋がるやつか!」
『はい。地球は非常に高次元の波長(位相)の揺らぎを受けやすい惑星です。放置すれば次元のズレが肥大化し、世界の境界が崩壊してしまう危険がありました。そのため、外来の来訪者たちは古代の人類に協力し、地磁気の結節点であるあの場所に巨石構造物を組み上げ、地球全体の位相を保つアンカーとして機能させたのです』
「なるほどなぁ……!!」
「……ちなみに、建造中に、仕様変更とかはあったのか?」
サラリーマンの性か、つい聞いてしまった。
『ございました。第四王朝のスネフェル王の時代に築かれたピラミッドは、建造の途中で、傾斜の角度が、約五十四度から、約四十三度へと変更されております』
「……やっぱりあったのか、仕様変更」
途中から、急にゆるやかな角度になった、いわゆる屈折ピラミッドのことだ。ケイスケも、名前だけは聞いたことがあった。
『傾斜を緩めると、崩壊の危険が減り、積む石の量も減って、工期も短縮できます。その代わり、装置としての性能は、いくらか落ちます』
「性能を犠牲にして、工期と安全を取ったのか」
『はい。作業の安全性と、現場の労働環境を、優先した判断です』
ケイスケは、思わず苦笑した。
「現代より、よっぽどホワイトじゃないか……」
そこで、ふと気づく。
「……待てよ。じゃあ、王の墓ってのは、何なんだ? 嘘だったのか?」
『いいえ。王の墓でもあります。ピラミッドの中には、王自らが、永遠の人柱となって、眠っております』
「人柱……!?」
『はい。王は、自らの意志で、装置の一部となりました。王の存在そのものが、ピラミッドの効力を、未来へつなぎ続けているのです』
ケイスケは、言葉を失った。
「……それで、そのピラミッドは、今も、動いてるのか?」
『はい。今も、稼働しております。ただし』
ルミナスは、少しだけ間を置いた。
『地球上の生き物の分布は、時代とともに変わります。特に、人間の数と質は、当時とは、まるで違います。生き物が動く以上、位相は、常に揺れ動くものです。ひとつの装置で、未来永劫、完璧に安定させることは、不可能です』
「……だから、きさらぎ駅みたいな結界の補強が、必要になるのか」
ルミナスは、肯定も否定もしなかった。
ピラミッドの壮大な真実を知り、ケイスケは満足そうに大きく頷くのだった。
「ちなみにルミナス」
ピラミッドの真実を聞いたケイスケの頭に、ふと、ある知識が浮かんだ。
「日本にも、ピラミッドじゃないかって言われてる山があるだろ。秋田の黒又山とか、富山の尖山とか、あれも、同じなのか?」
ケイスケが身を乗り出すと、ルミナスの声が、どこか嬉しそうに弾んだ。
『はい、その通りです。ピラミッドが地球規模の主安定化装置だとすれば、日本各地に点在する古代の人工山や巨石群は、日本列島の位相を精密に調整し、補強するための補助装置として機能しております。すべてではございませんが』
「やっぱり繋がってたのか……」
ケイスケの口元がにやける。一度火がつくと、オカルト好きの好奇心は止まらない。
「じゃあ、神輿は? 契約の箱……アークにそっくりだって話、聞いたことがあるんだよ。あと、日本語とヘブライ語が似てるってやつも」
そこで、少しだけ声が小さくなる。
「まぁ、どっちも学者さんには、こじつけだって言われてるけど」
『いいえ。こじつけとは、言い切れません』
即答だった。ケイスケは、思わず背筋を伸ばす。
『ただし、民族や血筋の話ではございません。来訪者たちが残した「仕組み」の名残です。位相を整える装置には、据え置き型のほかに、持ち運べる型がございました。神輿はそれにあたります』
「持ち運べる、位相安定化装置……」
『はい。神輿が町を練り歩くのは、地域の位相を、順番に整えて回る名残です。言葉も同様です。音の響きそのもので位相を整える「詞」が、各地に残っております』
「もしその位相が、安定しなくなったら、どうなるんだ?」
『世界観が、安定しなくなります』
「……はい?」
予想外の独特な言い回しに、ケイスケは眉をひそめた。
「世界観が、安定しない? それってつまり……さっきのブループみたいな、怪獣が、現実にガンガン出てきて暴れるってことか?」
『肯定です。まさにその通りです』
ルミナスは、淡々と、しかし恐ろしい事実を告げた。
『位相の安定が崩れれば、通常は次元の壁の向こうにいる、巨大な生命体や概念体……マスターの言う「怪獣」や「妖怪」の類が、現世へ、日常的に漏れ出してしまいます。人類の認知する「現実」そのものが崩れ、SFやパニック映画のような世界に、変わってしまうのです』
「マジかよ……。じゃあ、ピラミッドや日本の古代遺跡って、世界が怪獣映画みたいにならないように、ずっと世界を守り続けてくれてたってことか……」
ケイスケは、冷や汗を拭った。
ケイスケは、ソファーに身体を預けたまま、しばらく黙って思考を巡らせた。
(世界観が安定しなくなると、怪獣やら妖怪やら、SFみたいなのが日常に溢れ出す……)
そこまで考えて、ふと、ある考えに思い至る。
(……待てよ? 位相の壁が崩れるとSFやファンタジーみたいなのが現れるってことは、ルミナスだって、冷静に考えたら、完全に「そっち側」なんじゃないか……?)
理不尽なまでの超技術。人間の肉体を一夜で二十代に戻すナノマシン。異次元の結界を、あっさり認識する観察能力。どれをとっても、地球の物理法則や常識からは、完全に逸脱している。
(禁則事項か……)
ケイスケは、頭の中で、そう呟いた。
ルミナスは、何も答えない。
白い部屋は、いつもと変わらない柔らかな光で満ちている。その静けさが、今は少しだけ、意味ありげに感じられた。
(……まぁ、いいか)
何者であろうと、今のところ、自分の味方であることは間違いない。一線を、無理に越える必要もないだろう。
ケイスケは、それ以上考えるのをやめて、ソファーに深く沈み込んだ。




