まずは現代で無双しょう
(……これ、もう、お金のために働く必要なんて、全くないんじゃないか?)
ケイスケは、ふとそう思った。
よく考えなくても当たり前だ。この宇宙船があれば、衣食住はもちろん、移動も医療も思いのままだ。何もしなくても生きていける。
とはいえ。
今すぐ世捨て人になって、宇宙船に引きこもりたいかと言われれば、答えは「ノー」だった。
長年理不尽に耐えて社会の波に揉まれ続けてきた。そんな男の胸に、ふつふつと、野望が湧き上がってくる。
(いずれは、宇宙船でスローライフを送るのも、最高だけどな。でも今はとにかく――この俺を痛めつけてきた現実社会で『無双』してみたい!)
ガラス越しに、足早に歩くサラリーマンたちを眺めて、ケイスケは、ニヤリと笑った。
(ルミナス。今すぐ俺を、大金持ちにするプランを、いくつか出してくれ!)
即座に、頭の中に、ルミナスの声が響いた。どこか楽しそうに、それでいて、極めて淡々と。
『承知いたしました、マスター。莫大な資産を築くプランを三つご提案いたします』
『プランA。ホワイトハッカーです。世界中の銀行や大企業のシステムには、人間にはまず発見できない、セキュリティホールが潜んでいます。私なら、数秒で洗い出し、解決することが可能です。億単位の報酬をいとも簡単に稼げるでしょう。そのまま、「伝説のセキュリティコンサルタント」として、君臨することも可能です』
『プランB。投資です。世界中の公開情報、気象データ、物流データをリアルタイムで解析すれば株価や為替の動きを高精度で予測できます。「驚異的な相場勘を持つ天才投資家」として、資金を数千倍にすることも可能です。すべて市場のルールの範囲内の行為で実行してみせます』
『プランC。新素材と特許です。今の地球の技術より、「半歩だけ先」の新素材、たとえば、簡易版の常温超伝導や、高効率のバッテリー構造を、マスターのお名前で論文発表し、特許を申請します。世界中の巨大企業から、ライセンス料が、永久に入り続けます。人類の歴史に名を残す、天才科学者としても、無双できます』
『いかがでしょうか。どのプランでも数ヶ月以内に、マスターを大富豪にすることが可能です』
心躍る提案に、ケイスケはテーブルの下でぐっと拳を握りしめた。
(……最高だ。最高すぎるぞ、ルミナス……!)
二ヶ月後。
ケイスケは、今年竣工したばかりの都内最高峰のタワーマンション、その最上階のペントハウスで、優雅に朝食をとっていた。
広いリビングの、ガラス張りの巨大な窓。かつて満員電車に揺られながら見上げていた街並みが、はるか眼下に広がっている。
(クククク……)
「はーはっはっは」
『どうかされましたマスター?』
「いや、やってみたかっただけだ」
プランAを選んだケイスケは、瞬く間に英雄となっていた。
何しろ、日本のサイバーセキュリティは、先進国の中ではお世辞にも高いとは言えなかった。重要インフラも大手企業の基幹システムも、海外のハッカー集団に狙われ放題で、実質、海外に支配されていると言っても過言ではない状態だったのだ。
そこへ突然現れたのが、天才ハッカー、ドクターKだった。
国家レベルのハッカー集団が仕掛けた、複雑極まりない攻撃を、まるで子供の手をひねるように瞬殺。それどころか、国内の主要機関に潜んでいた無数のセキュリティホールを、残らず塞いで、侵入者を一網打尽にしてみせた。まさに、魔法のような手腕だった。
「凄まじい手腕だ」「一体何者なんだ」「日本の救世主が現れた!」
ネットも政府も、大騒ぎになった。だが、その正体を知る者は、誰もいない。
企業や防衛関連の組織からは、天文学的な額の報酬が提示された。その受け取りは、すべて、ルミナスがうまく処理してくれている。
『マスター、本日の予定です。午前十一時より、政府関係者との、匿名のオンライン会議ですが、代行いたしますか?』
頭の中に、いつも通り、澄んだルミナスの声が響く。
「もちろん。今回も頼むよルミナス先生」
ルミナスの手腕と有能ぶりに、すっかり感心したケイスケは、最近、敬意と親しみを込めて、「先生」を付けて呼ぶことがある。
高級なオレンジジュースを口に含んで、ケイスケは続けた。
「……しかし、ドクターKか。最初は、ちょっと気恥ずかしかったけど、すっかり定着したな」
『マスターが以前、私にお薦めくださった医療漫画の主人公から、取ったコードネームですね。サイバー空間の執刀医として、極めて適切なネーミングかと』
「うっ……」
褒められると逆に恥ずかしい。
ケイスケは苦笑して、上質なソファに、深く身体を預けた。
会社は、先月、辞めた。惜しまれて、引き止められたが、引き継ぎもきっちり済ませて、後腐れなく。
金。自由。そして、二十代並みの健やかな身体。サラリーマン時代に欲しかったものは、ほんの二ヶ月で、すべて手に入ってしまった。




