超探偵S
シーン056
突然声を掛けられ、ドキリとして顔を上げると、何の変哲もないスーツ姿の中年男性が立っていた。
歳は、元々の自分と同じぐらいか、少し上か……
中肉中背で、特に特徴のない男だった。
無言で見上げるこちらに対し、
「あれ? もしかして人違いでしたか、だとしたら申し訳ないのですが……」
そう言いながら、ポリポリと頭をかく男性。
立ち去らない。
本気で間違えたと思っているのではなく、こちらの言葉を待っているようだ。
ちらりと視線をルリに向ける。
ルリは、貞淑な妻のポーズとして、無言でコーヒーを飲んでいる。
だがなんだ?
いつもと雰囲気が違う。
驚いているのか?
『申し訳ございませんマスター。接触前に気が付けませんでした』
と、脳裏にルミナスからの声が入る。
『武力は持っていないようですので、ご安心ください』
いつもと、少し言い回しも違う。
ただ、何となくケイスケにもわかる。
多分、この男は何の変哲もない、ただの人間なのだ。
神様や宇宙人が関係しているとか、異世界だとか、魔法だとか、そういう特殊な世界とは一切関係がないのだ。
「ええ、私は尾形ケイスケです。しかし良くわかりましたね。少々ダイナミックに整形したんですが」
ドクターKにはあえて触れず、ここは肯定を返しておく。
(まぁなんだ。折角だから楽しもう)
「ああ良かった。これでも探偵なもんでして、普通の整形なら簡単に見破れるんですが、凄いお変わりようですね」
ははは、と笑う男。
「で、何か御用ですか? あと、どちら様でしょうか?」
「あいや、これは失礼。わたくし、こういう者です」
そう言って、懐から名刺を取り出し、渡して来る。
見た目の平凡さとは裏腹に、ホストのような派手な銀色の名刺に、【S】と書かれている。
肩書は超探偵。
法人名も、住所も、電話番号も、メールアドレスも書かれていない。
裏面を見ると、QRコードが書かれている。
まぁ、ある意味今風だが、なんというか、うん、なんというかな名刺だ。
「Sさん、ですか?」
「はい。超探偵のSでございます。以後お見知りおきを、K様」
そう言うと、隣のテーブルの椅子を引っ張り、腰かけた。
ケイスケとルリの間、三角形になるような位置に。
『確認するけど、ドクターKの痕跡や、俺との繋がりが分からないように工作はしてくれてたんだよな?』
『はい、その通りです。加えて、霊的にも魔道的にも、その他地球外の技術に対してもセキュリティを引いておりました、また、見つかっても直接コンタクトを取れないように牽制と威圧をしておりました』
ちゃんとしてたもん! と言わんばかりに、やや早口で述べるルミナス。
「どうして、私がドクターKだと?」
単刀直入に尋ねた。
するとSはキョトンとした顔をした。
「え? だって、特に隠蔽されてなかったでしょ?」
こともなげにそう言う。
言われて、ケイスケは思い至った。
『ルミナス。あれだよな? 前の職場の同僚の記憶を消したり、俺の前職の仕事を削除したり、改変したりはしてないよな?』
『はい、それはしておりません。特段のご指示がなければ、しないことがマスターの意に沿うと考えての判断です』
『いいよ。合ってる。今後もそうしてくれ』
そりゃそうだ。
自分の姿が急に若返ったことは、同僚に見られている。
そして、最後の仕事はルミナスのマスターになった後で納品した。
その後、完ぺきな手際で引継ぎを行い、退職した。
その後すぐにドクターKとして活動した。
電子データ上でいくら改ざんをしようとも、その事実は残っている。
そして、事実さえ残っていれば、脚を使って聞き込みをして、あたりをつけるぐらい、仮にも超をつける探偵なら朝飯前だろう。
そして今のこの場所は、自分の元職場の近く。
ナノマシンの力で見た目が若返りはしたが、元を変えたわけではないのだ。
(そりゃバレるか……)
恐らくルミナスは、超技術に対してはきちんと防衛していてくれたのだろう。
現に、自分に興味を持っているはずの様々な存在から、直接接触されたことはこれまでなかった。
ただ、目の前の男は、それこそ麺信道の大将や、変態じみた建築物を作り上げる職人と同じく、ルミナスですら理解不能なその道の【超】プロなのだ。
しばしの沈黙の後、ケイスケは苦笑して肩をすくめた。
「参ったな……ええ、仰る通りです。私が、ドクターKです」
素直に、負けを認めた。
Sは、満足そうに目を細めた。
「いやぁ、認めていただけて助かります。実は、私のクライアント様が、ドクターK様にどうしてもコンタクトを取りたい、とのことでして」
「クライアント……?」
「詳しくは、その名刺をお調べください」
それだけ言うと、Sはゆっくりと席を立った。
「では、K様。良い一日を」
一礼し、踵を返す。
その後ろ姿は、あっという間に、道行く人々の中に溶けるように消えていった。
Sが人混みに消えたあとも、ケイスケはしばらく、その方向を見つめていた。
やがて我に返り、手の中の名刺に視線を落とす。
「ルリ、調べてみてくれ」
「はい」
ルリは、名刺の裏面のQRコードに、視線を落とした。
「読み取りました。ウェブ会議用のURLですね。妙な仕掛けは特になく、ウイルスの類も心配ないかと」
「そうか。じゃあ、これに繋げばいいってことだな」
そう言いかけて、ケイスケはふと、引っかかりを覚えた。
(……いや、待てよ)
URLが分かったところで、肝心の開始時刻がどこにも書かれていない。
「ルリ、これ、いつから繋げばいいとか、そういう情報はあったか?」
少し念入りに表面をチェックするルリ。
「いいえ、URLの情報以外は、特に」
「……まさか、ずっと繋ぎっぱなしでいろってことか? それとも、時間になるまでスタンバっとけと?」
向こうからコンタクトを希望しておいて、それはあまりに不躾だ。
(それとも、向こうがずっと待ってるってことか? 流石にそんなわけないよな……)
ケイスケは名刺をルリから受け取り、自分でも見てみる。
銀色の表面に、【S】の一文字。
裏返せば、白地にQRコードだけ。
シンプルと言えばシンプルだが……
凄く良い紙を使っている。
しかしその割には……
全体的にダサい。
そもそも名刺としての体をなしていない点もそうだが、Sの文字の色に違和感がある。
深い青、というより、紺に近い色だ。
背景の銀色と、絶妙に馴染んでいない。
よく見ると、裏面のQRコードの色も、純粋な黒ではない。
うっすらと、緑がかっている。
「……わざとか?」
デザインのセンスがない、では片付けたくない、妙な引っかかりがあった。
「ルリ、Web用の色コードって分かるか? ホームページとか作る時に、色を指定するのに使うやつ」
「はい、分かります」
「このSの字の色と、QRコードの色、それぞれ色コードにすると、どうなる?」
「少々お待ちください…… Sの字は「#231755」、QRコードは「#202609」ですね」
言われた数字を、頭の中で並べ替えてみる。
231755。
二桁ずつ区切ると――23、17、55。
202609。
同じように――20、26、09。
「……日付と、時刻か」
2026年9月23日、17時55分。
なるほど、そういうことか。
そしてその日付は、今日だ。




