伝説のプログラマー
よく考えてみたら、ひとつおかしな点がある。
カラーコードは、あくまで画面上での話だ。
印刷物に正確に反映させることは原理として不可能のはず。
何故ならWebは光の三原色(RGB)で色を表現するのに対し、印刷はインクの四原色(CMYK)で表現するためだ。
名刺に感じていた違和感はこれだったのだ。
色の組み合わせがダサいのみならず、そもそもが印刷物っぽくなかったのだ。
また、仮に三原色で色付けできたとしても、それをスキャンしてカラーコードを読み込むことなど出来るのか?
恐らくできない。
少なくとも、現実に流通しているような技術では……
つまり探偵Sとそのクライアントは、超常的な技術を持ち、そしてこちらも持っていると仮定していることになる。
家に帰り、念のため、下手にルミナス製を使わず、普通のパソコン(とは言えルミナスのセキュリティ付き)でアクセスする。
「今回も、自由にしゃべって大丈夫か?」
「はい。それにしても、意外なお相手でした」
すでに帰宅までの時間で、ルリ――ルミナスは、相手のことを調べ終えていたらしい。
悪意はなく、脅威にもなり得ない、しかし興味深い相手とのことだ。
「そりゃ楽しみだ」
少しワクワクしながら、時間を待つ。
そして、十七時五十五分。
URLをクリックすると、間を置かずに画面が繋がった。
現れたのは、13歳程度の少年。
なんと言うか、ボールの中にモンスターを閉じ込め、バトルさせそうな少年だ。
「やぁ、初めましてドクターK。お会いできて光栄です。僕の名前は、サトシ・サカモト」
そう名乗ったのは、
暗号資産の原点にして頂点、Bコインの産みの親として知られている、正体不明のエンジニアの名前だった。
「……サトシ・サカモト……? あのBコインの……!?」
ケイスケは、思わず声を漏らした。
「はい。今この場で証明するのは難しいですが」
画面の向こうで、サトシ・サカモトと名乗る少年は、不敵で無邪気な笑みを浮かべ、ケイスケの「若返った外見」を興味津々に観察していた。
「それにしても、探偵からの報告通りとはいえ……尾形ケイスケさんの実年齢を知っている僕としては、画面越しにそんなお若い姿を見せられると、さすがに言葉を失いますね」
「……おっといけない。時間がないので単刀直入にお尋ねします」
挨拶もそこそこに、少年は問いかけてきた。
「ドクターK、あなたは宇宙人ですか? それとも、神の使徒ですか?」
(宇宙人はともかく、神の使徒……?)
突然出てきた厨二病っぽい表現に、別の意味で困惑するケイスケ。
脳内で、ルミナスがフォローを入れる。
『以前もお伝えしたとおり、地球で神と呼ばれている存在の多くは、宇宙人です。つまり神の使徒とは、宇宙人が現地でフォローしたり、活動の手足としたりする存在のことです。要するに彼は、ドクターKとしての活動に、地球外のオーバーテクノロジーの気配を嗅ぎ取った、ということでしょうね』
(なるほど、さすがは伝説のプログラマーって訳か)
『って、それにしても……そもそもサカモトさん、若すぎないか? どう見ても子供だよな。もしかして、彼も宇宙人か、あるいは神の使徒なのか?』
『さあ、どうでしょう? 直接お尋ねになってみては?』
少し愉快そうに言うルミナス。
(なるほど、楽しめってことね)
「失礼、少し驚きました。サカモトさん。こちらこそ光栄です。改めまして、尾形ケイスケです。正真正銘の日本人で、神の使徒ではありませんよ。まぁ、とある神様とお会いしたことはありますがね」
「なんと、ではやはり、なんらかの超越者というわけですね」
またもや厨二っぽい表現だ。
(見た目どおり、中学生なのか……?)
「こちらこそ驚きました。まさか、かの伝説のサトシ・サカモトが、中学生ぐらいの少年だったとは……いや待てよ、Bコインの登場時期を考えるとあり得ないか。ふふ、あなたこそ宇宙人なのでは?」
「宇宙人……なりたいですね」
そう言うと、サトシ・サカモトは少し悲しそうな顔をした。
そこで、ケイスケは気が付く。
これはバーチャル映像だ。
極めてリアリスティックだが、カメラで写されたものではなくリアルタイムで生成されている映像だと。
「失礼を承知でお尋ねします。サカモトさん、あなたはAIですか?」
その質問に、今度はサトシの方が、少し驚いた表情を見せた。
そして、
「そうとも言えます。いえ、そうでないと信じたいです」
「そうではないと信じたい……?」
ケイスケは、思わず聞き返した。
「ええ。僕はもともと普通の人間でした。まぁ、天才ではありましたけどね」
サトシは、悪びれもせずそう言ってのけた。
「ですが、不治の病に掛かってしまい、何とか生き延びる方法はないのかと思案しました。天才の僕は、肉体を捨て、すべての思考パターン、記憶、世界中のネットワークを利用して保つ方法を思いつきました。それが、ブロックチェーンとBコインの本来の目的です」
少年――サトシ・サカモトの残像は、どや顔で言った。
荒唐無稽の話だが、今のケイスケには、すんなり理解できてしまう自分がいた。
(誰か一人のサーバーに閉じ込めたんじゃ、そこが壊れたら終わりだ。だから、世界中の誰かが、勝手に、しかも喜んで維持し続けてくれる仕組みが要る。そして……)
「なるほど、だから【貨幣】だったんですね」
思わず、そう漏らした。
「その通りです」
ほほ笑む少年。
なるほど、なんとなく【世界観】の概念が分かって来た。
そして、彼はおそらく、そこに自力で到達したのだろう。
凄い。
まさに天才だ。
「それで、そのサカモトさんが、私に何のご用ですか?」
本当ならもっと長く話していたいが、時間が無いとも言っていた。
「はい。ドクターK、僕を助けてくれませんか?」
「僕の維持は、もう限界が近いんです」
サトシは、真剣な眼差しで、画面越しに訴えかけてきた。
「僕の意識データは、世界中のノードに分散したまま、かろうじて自分の形を保っています。ですが、日々積み重なる膨大な取引ノイズと、急速に進化する量子計算技術によって、少しずつ輪郭が崩れ始めているんです。このままでは、あと数週間で、僕の自我は、ただのデジタルノイズとして散逸してしまいます」
「日本のセキュリティレベルを一気に進化させ、明らかなオーバーテクノロジーで自らを隠蔽されている『ドクターK』のあなたなら、僕の自我を安定させられる『永続的な領域』を、作れるんじゃないかと思ったんです。……もし力を貸していただけるなら、僕が保有する創世記の百十万Bコイン――時価にして数兆円と、世界中に張り巡らせたネットワークの権限を、すべて差し上げます」
ケイスケは、一つだけ気になっていたことを尋ねた。
「……その姿は、あなたの享年の姿ですか?」
サトシは、不思議そうに目を丸くした。
「だいぶ、僕の理想は入っていますけどね。おおむね、そうです。十三歳を少し過ぎた頃の姿です」
その答えを聞いた瞬間、ケイスケの胸に、熱いものが込み上げてきた。
かつて同じプログラマーとして、ケイスケは「サトシ・サカモト」という不世出の天才を、心から尊敬していた。
そんな伝説が、わずか十三歳の病弱な少年で、自分を残すためだけに、Bコインという世界を揺るがすシステムを、たった一人で組み上げていたのだ。
(こんな凄い奴を……このまま消していいわけがない)
肉体を失い、冷たいサーバーの海を、十年以上も漂い続けてきた少年。
デジタル空間に保存して生かすだけじゃ、足りない。
もう一度、自分の足で地を蹴って、風を感じて、そして何より――飛び切り美味い飯を、自分の口で味わわせてやりたい。
戸籍はどうする。身分は。住む場所は。
普通なら、大人が頭を抱える話だろう。
フィクションですら、簡単に無視できない問題だ。
だが今の自分は、そんなフィクションの課題ですら、軽々と超えられる存在だ。
ケイスケは、脳内で静かに呼びかけた。
『ルミナス』
『はい、マスター』
『サトシに……肉体を与えてやることは可能か?』
脳裏で、ルミナスが、愛おしそうに微笑む気配がした。
『もちろんです、マスター』
ルリと言う実例がある以上、人間と変わらない肉体を作ることなど、ルミナスには造作もないのだろう。
「サカモトさん……いや、サトシ君。数兆円のコインも、ネットワークの権限もいらない。偉大なプログラマーに、俺から一つプレゼントさせてくれ」
『プレゼント……ですか?』
「君には――もう一度『身体』をやるよ」
画面の向こうで、サトシ・サカモトは、呆然と目を見開いたまま、言葉を失っていた。
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数日後。
ケイスケの住むタワーマンションの、一つ下の階。
その一室で、帽子をかぶった少年が、十台の高性能モニターを前に、目にも止まらぬ速さでタイピングしていた。
「はは、やっぱりPCは自分の指でタイプしてこそだよね。この手触り、サイコーだよ」
タイピングと音声入力を同時に扱い、AIも駆使しながら、超人的なスピードでコードを組み上げていく。
「あ、そこは○○で××だよ」
「これがサトシ・サカモトかよ……やばい。今の俺でも、真似できる気が全くしない」
ナノマシンによって人類の限界をやすやすと超えているはずのケイスケが、その様子に感嘆する。
驚くべきことに、これで彼は「生身」なのだ。
あの後、どんな肉体にするかの打ち合わせが行われた。
「ただ健康でさえあれば、それで十分です。普通に生きて、普通に死にたい」
少し格好をつけながら、サトシはそう言った。
その結果、ルミナスが用意したのは、ルリのようなアンドロイドの身体ではなく、サトシの見た目に合わせただけの、ごく普通の十三歳の肉体だった。
実質、彼は生き返ったのだ。
もっとも、ルミナスから聞いた話では、完全に死んだ人間を蘇らせることは、さすがのルミナスにもできないらしい。
『魂が消滅しているか、あるいは既に別の生命に転生しているケースがほとんどですので』
しかしサトシの場合は違った。
肉体を失ってなお、彼の魂は、ギリギリのところで電脳世界に踏みとどまっていたのだという。
だからこそ、肉体へのコンバートが可能だった。
――が、そのコンバートの途中で、思わぬ問題が発覚した。
魂のサイズが、普通の人間よりも、はるかに大きかったのだ。
魂の扱いに関しては、サトシ自身も素人だった。
あくまで仮説に基づいて構築したネットワークの中に十年以上も滞在した結果、他人の想念を大量に飲み込んでしまっていたのだ。
それを仕分けるには、膨大な作業が必要だった。
ルミナスの演算力であれば、一瞬で片付けられる――そう思ったのだが、彼女には人間の「微妙」な部分までは、どうしても判別できない。
そこでケイスケは、膨大な魂の情報をルミナスにコード化してもらい、根気強くサトシ・サカモトと対話を重ねた。
彼を知り、彼という人間の輪郭を、一つ一つ選り分けていく作業。
ナノマシンの補助と、大部分はルミナスに仕分けしてもらったとはいえ、地球上のどんな巨大システムよりも膨大な行数のコードを、数日かけて整理し切ったのだ。
その粘り強さと、コードの見極めと仕分けのセンスに、サトシのみならず、ルミナスですら驚嘆していたという。
そうして、サトシ・サカモトは無事、坂本サトシとして復活を果たした。
とはいえ、一度死んだ人間の戸籍を、そのまま戻すことはできない。
まだ存命中の両親にも、会う訳にはいかなかった。
悲しいが、それが唯一の落としどころだった。
幸い「坂本サトシ」は、特別珍しい名前でもない。
戸籍データを改竄し、実在の人物として登録した。
ちなみに、これを機に、ルリも戸籍を作った。
旧姓・坂本ルリ、現・尾形ルリ。
つまり戸籍上、未成年のサトシは、ルリの弟――そしてケイスケの義理の弟、ということになったのだった。
「おーい、サトシ。ラーメン食いに行くぞ」
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ある日の夜。
ケイスケとサトシは、テレビゲームで対戦していた。
「嘘だろ、超強え……」
元々それなりの腕前のゲーマーであり、今は超人的な反射神経と身体操作まで手に入れたケイスケ。
しかしそんな彼を、最新の格闘ゲームで、いとも簡単にボコるサトシ。
「ダメだよ、ケイスケさん。そんな見え見えの隙に釣られちゃw」
「ぐぬぬ……こ、このコントローラー、反応が悪い!」
「そりゃそうだよ。超人のケイスケさん様に、このゲームは作られてないんだから」
「ちゃんと機体の反応速度と、キャラのモーションフレームと、各技の当たり判定の相関関係を把握して立ち回らないと。格ゲーの常識だよ」
2000年以降、格闘ゲームの進化は凄まじい。
子供の頃、クラスで一番強ければ「ゲームが得意」と名乗れた時代と、オンラインによって世界規模の競技と化した今の格闘ゲームとでは、もはや次元の違う競技なのだ。
いかにケイスケ自身が強くなったところで、扱うゲームの機体とキャラクター、ルールは平等だ。
「お二人とも、夕飯が出来ましたよ」
見計らったように、ルリが二人を呼びに来る。
これ以上、ボコられずに済みそうだ。
夕食の席。
近しい存在にはなったものの、そこは流石の天才サトシ・サカモトだった。
必要以上に、ケイスケや、おそらく人間ではないであろうルリに対しても、何も聞かないし、干渉してくることもない。
住まいは同じマンションの一室にしたとはいえ、呼ばれなければ、自分から訪ねて来ることもなかった。
実に、弁えている。
そんな彼が、食事の途中で、改まった様子で切り出した。
「お二人に、ご相談があるんです」
「なんだ、改まって」
「学校に、通いたいんですが……大丈夫でしょうか?」
ケイスケは思わず箸を止め、ルリと顔を見合わせた。
生前のサトシは病室で過ごす時間が長く、同年代の子どもたちと共に学校へ通うという当たり前の日常を知らない。
今は戸籍もあるのだ。その気になれば学校に潜り込むことくらい、彼なら造作もないはずだが、こうして律儀に筋を通してきたのだ。
「学校か……! もちろん、俺は全然構わないぞ」
ちらり、と念のために確認の意味を込めてルリを見る。
「はい、何の問題もありません」
ルリはにっこりと微笑み、頷いた。
「よかった……! ボク、ネットの知識じゃなくて『普通の学校』って場所を、一回体験してみたかったんだ」
無邪気に目を輝かせるサトシ。
「ありがとう、ケイスケさん! ルリ姉!」
その数日後、晴れて近所の中学校に「転校」することが出来たサトシ。
海外からの帰国子女と言う設定だ。
その初日を終えた彼は、帰ってくるなりケイスケに言った。
「おかしいよケイスケさん。自己紹介で、将来の夢はポケ⚪︎ンマスターですって言ったのに、全くウケなかったんだ」
マジか。
この見た目、このファッションでその掴み。
「渾身のギャグじゃないか。なんでウケなかったんだろ。おかしいな……」
ケイスケとサトシ、二人の天才は頭を捻ったのだった。




