魔法界に観光に行こう
「ま、マジかよ。あの世界観そのものじゃないか」
魔法使いの世界に降り立ったケイスケは、その光景と道行く人たちの雰囲気に、別の意味で茫然とした。
憧れの魔法世界への感動もあるが、それ以上に、本来は逆なのだろうが、あの世界観の再現性の高さに驚いていた。
高品質なテーマパークに来てしまったような感覚すらある。
隣のルリが、ほほ笑みながら言う。
「本当に、その通りですね。なぜだか、お分かりですか?」
クイズのように、そう聞いてくるルリ。
考えるケイスケ。
位相が不安定。ここに、答えがある気がする。
そして、「世界観」という、ルミナスが時折用いる言葉。
「なるほど、逆であってるのか。あの映画がヒットしたから、現実の魔法使い達が、そこに寄せに行った?」
「その通りです。彼らは、根源に重きを置く者たち。そして、在り方を常に模索される方たちなのです」
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そのまま、町を歩き始める。
ローブをまとった住人たち。
様々な店が並んでいるが、かの映画と同じように、実用性や安全性に、疑問が残るような、謎のアイテムも並んでいる。
結構な人口密度だ。
そこで、ふと、思い至る。
そういえば、あの作品がヒットする以前は、魔法使いは、かなり特別な存在として描かれていた。
なんなら、一作品に一人、というくらいの希少さだ。
そこでさらに疑問が残る。
キリスト教だ。
自分はゴリゴリの理系であり、あまり宗教や歴史、地理などには詳しくない。
しかし、この地域はキリスト教が盛んだったはずだ。
多神教の日本の神道と違い、確か一神教で、絶対神以外の存在を認めない教義のはずだ。
そして、そう、魔女狩りだ。
そうか……
この世界観は、決して浮ついたものなどではなく、彼らにとって、大手を振って、自分たちのままでいられる、安息の地なのだろう。
子供たちが、最新の魔法道具を前に、「欲しいな」「けど、高いな」と、騒いでいる。
平和的な光景だ。
ただそれ……
気味の悪い人形がボードの上でクネクネと踊っている。
(何に使うの?)
観光と言えば、やはり食事だ。
魔法使い達のレストランに、入ってみることにした。
古めかしい書体の看板には、店名らしき文字が躍っているが、英語ではないため意味は分からない。
木造の外壁は、あちこち傾いていて、今にも崩れそうに見えるが、それが不思議と味になっている。
扉をくぐると、天井では蝋燭が重力を無視するように、宙にふわふわと浮かびながら店内を照らしていた。
テーブルにはメニュー代わりなのか、小さな黒板が置かれていて、文字がひとりでにくるくると入れ替わっている。
壁際の棚には、いかにも怪しげな色の薬瓶や、何に使うのか分からない道具が、所狭しと並んでいた。
席に着き、注文を言うなり、店員の魔法使いが、杖を軽く一振りした。
杖の先から、淡い光の粒子が、蛍のようにふわりと舞い上がる。
光の粒は、渦を巻きながらテーブルの上に集まっていき——次の瞬間には、湯気の立つ料理と飲み物が、当たり前のようにそこに現れていた。
(すげー……めちゃくちゃ、魔法だ)
どんな仕組みなのか、科学的には、まるで説明が付かないが、とにかくワクワクする。
ただ……ケイスケは、フォークを持つ手を止めた。
薄灰色に濁った、ぷるぷるとしたゼリーの中に、白っぽい魚の切り身が、いくつも沈んでいる。添えられた小瓶からは、ツンとした酢の匂いが漂っていた。
(う……み、見た目はいまいちだな……)
「ジェリード・イールですね」
ルリが、静かに教えてくれる。
「鰻の切り身を、香辛料と一緒に煮込み、煮汁ごと冷やし固めた、ロンドンの下町生まれの伝統料理です。昔から、労働者階級の方々に、親しまれてきた味だそうですよ」
「へぇ……そんな料理が、あるのか」
感心しつつ、意を決して、一口。
「う、げ……ま、まずい……」
肝心の味は、壊滅的だった。
日本人の口に合わないだけなのだろうか。
そう思って、周囲の現地客を眺めるが、どうやら、彼らにとっても、決して美味しいわけではないらしい。淡々と、無表情で、口に運んでいる。
日本のオフィス街のような、食事を楽しむ雰囲気は、一切ない。
(イギリスは、飯が不味いと聞いていたが……大雑把を信条とする、魔法使いの食事は、それ以上なのかもしれない)
店内を、よく見ると、厨房がない。
どんな仕組みで、この食べ物を出しているのかは分からないが——やはり、食事はきちんと手間暇かけて作らないと駄目らしい。
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とはいえ、諦めるのは、まだ早い。
たまたま、今の店が、まずかっただけかもしれない。
早く片付けて次の店に行きたいが……
「私が、食べましょうか?」
お残しはしない、という日本人の精神に揺れていると、そうルリが申し出た。
ルリは、すでに自分の分を食べきっていた。
「た、頼む」
そう言って渡すと、黙々と食べ始める。
平然とした様子に、まずくないのか、と尋ねると、
「もちろん、度し難い味ですが?」
と、笑顔で返された。
「そ、そうか。無理に、食べなくても良いからな」
そう返しておいた。
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散策を再開する。
ここはひとつ、現地の人間と、コミュニケーションを取ろう。
言語は、普通に英語が通じるようだ。近くで暇そうにしていた少年に、声を掛けてみる。
「こんにちは。私は、日本から来た観光客です。どこかおすすめの料理店はないですか?」
英語での受け答えとなると、どうしても、教科書的な言い回しになってしまう。
日本人が珍しいのか、少し驚いた反応をしたものの、少年はおすすめの屋台へと案内してくれた。
そこは、スイーツを売る屋台だった。チュロスに似た、カラフルで棒状の、謎のスイーツが並んでいる。
それを買い求めながら、高校生くらいの若い集団が、キャッキャとはしゃいでいた。
なるほど、日本でいうところの、クレープのようなものらしい。
味の種類は、いくつもあったが、これもまた魔法使いの文字らしく、よく分からない。ただ、1、2、3という数字が振られていることから、人気ランキングのようなものだ、ということだけは分かった。
そう判断したケイスケは、迷わず、人気No.1の味を指さし、購入した。
そして、口に入れた瞬間——
「げっ! ぺぺっ!」
思わず、吐き出してしまった。
「ははははは」
少年が、声を上げて笑う。
「な、なんだ、この味……」
「う〇こ味だよ。いきなり、ナンバーワンに挑戦するとか、おじさん、チャレンジャーだね」
どうやら、かの映画さながらの、悪ふざけのような味付けのスイーツらしい。
(こんの、クソガキ……)
そう思ったが、ここで怒るのも、大人げない。
それに、「人気店」であることに、間違いはないのだろう。おすすめの店を、と希望した自分の聞き方が、悪かったのだ。
「お、おじさんの聞き方が、悪かったな。美味しいお店を、教えてくれないか?」
そう言うと、少年は、キョトンとした顔をして、
「美味しいお店が魔法界にあるわけないじゃないか。美味しい物が食べたいなら、人間界に戻って〇コ〇チにでも行きなよ」
と、再び笑われるのだった。
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食事はひどいの一言だったが、それ以外は文句なしに良かった。
石畳の路地に立ち並ぶ、ファンタジー世界そのものの情緒ある建物の数々。
窓辺では、正体不明の道具や謎の生き物たち。
バスの乗り心地も最悪だったが、スピードは抜群、時間は日本の列車以上に正確だった。
使い勝手や安全性よりも、ロマンを追求したような、魔法と魔法道具の数々に、いちいち目を奪われた。
そして何より良かったのは、幻獣、グリフォンのライドだ。
レンタルできるグリフォンを借り、その背中に乗って広大な魔法世界を空から見学した。
免許制ではなく、金さえ払えば、誰でも借りられる。
しかし、落ちて死んでも自己責任、というガバガバなルールに思わず苦笑いした。
もっとも、ケイスケはルリからグリフォンの乗り方をインストールしてもらっていたため、難なく乗りこなすことができたが……
どう考えても、訓練ゼロの素人を乗せて良い代物ではなかった。
翼が大きく空気を叩くたびに、体ごとふわりと持ち上げられる浮遊感。
振り落とされるかもしれない、という剥き出しの緊張感に、手綱を握る手のひらに、じわりと汗が滲む。
眼下に広がる映画さながらの魔法使い達の街並みは、やがて後方へと遠ざかっていった。
街の外は見渡す限りの深い森と、幾筋もの川が大地を縫うように広がる、手つかずの自然だった。
遠く霞む稜線。
その森の合間を、見たこともない巨大な鳥影が悠然と横切っていく。
川面では何か巨大なものが跳ね、水飛沫が陽光に光った。少なくとも50mはあっただろうか……
風を切る音。
翼が羽ばたくたびの振動、振り落とされまいと、無意識に締め付ける太もも。
もちろん宇宙船でも似たような景色は見られるのだろう。
だが、それとこれとは、やはり違う。
風の匂いと、目に突き刺さる光を感じながら、広大な世界を見下ろし、ケイスケは満足げにほほ笑んだ。
そんな風に、魔法世界を空から見下ろし、今回の旅の締めとしようとした時だった。
不意に、目の前の空が、みるみるうちに、黒い雲に覆われていく。
まるで、夜の帳が、無理やり引きずり下ろされたかのようだった。
雷鳴が轟き、風が唸る。
雲の切れ間から、黒々としたローブを纏った男が、ゆっくりと降臨してくる。
「我が名は、漆黒の魔導卿、ガルドレス」
まるで、知っているのが当然だと言わんばかりの堂々たる名乗り上げ。
「貴様、かの国の大神の加護を受けていると見受ける」
知っているんだぞと言わんばかりの目線。
そして、こちらの返事を待つことなく続けられる台詞。
邪悪としか表現しようがないような、墨汁のような漆黒の影が、ゆらゆらと周囲を侵食していく。
「我らが世界を、真とする。忌々しくも邪悪な、キリスト教徒共を、粛正する。その栄誉ある戦いに——貴様も……」
「加えてやろう」
そう言って、手を差し出して来る。
雷鳴が轟く。
青白い肌、深紅の瞳。
ヴァンパイア的な雰囲気がある、超絶イケメン。
ラスボスっぽさ満載の、迫力ある演出だ。
(うっ……)
と精神にダメージを受ける。
(駄目だ、カッコいいはずなんだけど、現実で目の前にすると、キツイ……)
恥ずかしくなってしまった。
(それに……)
実際は、すさまじい魔力的な圧力があるのだろう。
しかし、アマテラス様の神威に触れたことのある身からすれば、目の前の男が纏う力は、なんというか、あまりにも雑だった。
ルミナスのシールドは言わずもがな。
今なら自分の力で何とかできそうだ。
そう思い、脳裏から陰陽道の知識を引っ張り出し、ひとつの呪符をつまみ取る。
「疾く・去れ」
念を込め、その呪符を相手に向かって投げつける。
瞬間、周囲を覆っていた、黒雲も雷鳴も、あっさりと祓われ、元の晴れやかな空が戻る。
何が起きたか理解できず、表情を固めるイケメン。
グリフォンを操り、一気に間合いを詰め、顎に拳を一撃。
魔法使いでも顎は急所らしく、不意のパンチに意識を失う。
「おっと」
このまま落下させちゃまずいと、一応掴んでグリフォンの背中に乗せてやる。
どう見ても悪人っぽいが、この世界ではそれなりの重要人物なのだろう。
殺してしまえば、この世界の人々に多大な影響を与え、介入したことになってしまいそうだ。
それこそ本当に「ラスボス」的な位置の方だったら大変だ。
とにかく関わらない方が良い。
地上まで運び、そっと横たえると、そのまま、その場を後にした。
隣でルリがニコニコとしている。
どうやら、あえて接触させたらしい。
本当に、気配りの出来るパートナーだ。
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魔法世界の観光を終え、日本に帰って来たケイスケ。
不味かった料理の口直しをするように、銀座で「スーシー」としゃれ込むことにした。
もちろん、回っていない。値札すら、ついていない。
普通のサラリーマンでは、怖くて入れないような、そんな店だ。
カウンターの向こうでは、白木の一枚板を前に、職人が、一貫、また一貫と、寡黙に仕事をこなしていく。
無駄のない所作、澄んだ空気。あの、魔法で瞬時に出てきた料理とは、正反対の世界だった。
そんな店には、男女の客が多い。
カップルや夫婦もいるのだろうが、なんとなく、どちらかが客で、どちらかがパトロンに見える組み合わせが、目につく。
いずれにせよ、女性の多くが、美女だ。
そんな中でも、ルリの容姿は、圧倒的だった。
「なんだか、視線を感じますね」
ルリが、小声で、くすりと笑う。
「そりゃな。世界一の美女なんだから、仕方ないだろ」
最高の優越感に浸りながら、値段を気にせず、オススメを聞きながら、好きなだけ高級寿司を堪能する。
とろりと舌の上でほどける、大トロ。口の中で弾ける、いくらの粒。炙られた、脂ののった喉黒。
一貫ごとに、温度も、シャリの握り加減も、微妙に変えてくる職人の技に、いちいち唸らされた。
改めて、日本食は旨いし、無駄に凝っている。
魔法は魔法で凄かったが、文化や技術の方向性、価値観が違うのだろう。
数々の不思議を思い浮かべながらも、この寿司の味は、決してそれらに負けていない、とケイスケは感じていた。




