魔法はあるのか?
ケイスケには、昔から好きな映画がある。
魔法使いをテーマにした、長編シリーズだ。
原作の小説は、正直なところ、もっさりとした文章が肌に合わなかった。だが映画版は、とにかく映像とBGMが美しく、何度も繰り返し観た覚えがある。
ここ数年は忙しくて観れていなかったが、今は絶賛スローライフ中だ。
リビングを、ちょっとしたプライベートシアターに変え、ワイン片手に、エピソード1から順番に堪能することにした。
朝から観はじめ、悪の魔法使いが復活したあたりで、気づけば外はすっかり夜になっていた。
さすがに疲れたので、夕食のタイミングで、いったん区切りをつける。
さあ、いよいよ、お待ちかねの質問タイムだ。
「ごほん」
小さく咳払いをひとつ。
「なぁ、ルリ。この世界に、魔法はあるのか?」
ワイングラスを傾けていたルリが、視線だけをこちらに向けた。
「魔法を先ほどの映画の描写のようなもの、と定義するなら、存在しますよ」
「え、あるのか!?」
ルリが、小さく頷く。
「魔法とは、物理法則ではなく、世界観そのものに働きかけ、意図的に世界を書き換える行為です。ただ、位相の安定している日本で行使するのは、極めて困難と言えます」
「位相か……ここでも、その話が出てくるんだな」
「はい。極めて非効率な技術のため、日本では、あまり採用されていませんが、試しに、使ってみますか?」
「え? 出来るのか?」
「もちろんです」
そう言うと、ルリは指先をそっとケイスケの額に当てた。頭の中に、簡単な魔法の知識と、技術が、流れ込んでくる感覚がある。
さっそく、目の前のスプーンに、意識を集中させた。
(浮け……!)
と念じながら、得た知識の中から、物体浮遊の呪文を唱える。
(なんとなく、あの映画で耳にした呪文と、似たような響きだな)
そんなことを思いながら詠唱すると、スプーンが、ふわりと、宙に浮いた。
が、ものすごく”””重い”””ため、すぐに落ちてしまう。
どっと、全身から力が抜けた。
「たった、これだけで……」
肩で息をするケイスケに、ルリが、くすくすと笑う。
「ね? 非効率でしょう?」
「確かに……」
苦笑いで頷きながらも、ケイスケは、ふと、引っかかる言葉に気がついた。
「……日本では、ってことは?」
「はい」
ルリが、目を細めた。
「あの映画の舞台になっていたような、英国は、世界でも特に、位相が不安定な地域です。と言うよりも……」
「と言うよりも?」
「正確には、あえて、位相を不安定なままにしている国、と言うべきでしょうか」
「なるほど……そうやって魔法を行使しやすいようにしているわけか」
「はい。イギリスでは、現代社会の裏側で、今も魔法が使われています。あの映画のように、位相のずれた魔法使い達の世界が、至るところに存在しているのです」
かの映画のオープニングのBGMが流れるような気分だ。
次の行き先が決まった!
魔法使い達の世界に、観光に行こう。
そう思い立ったはいいものの、ふと、疑問が湧く。
別位相ということは、きさらぎ駅のときのように、先方に迷惑をかけてしまうのではないか。
その疑問を、ケイスケは、そのままルリにぶつけてみた。
ルリは、苦笑しながら答える。
「良くも悪くも、かの国の方々は大雑把です。最低限の隠蔽工作さえしておけば、あまり気にされないかと思います」
とのことだった。
そうして、宇宙船で、英国の上空まで向かう。
「なぁ、本当にこの格好でいいのか?」
出発前、ケイスケは、改めて自分の姿を確認した。
陰陽師然とした、漆黒の装束。
傍らのルリは、見た目の印象そのままに、英国風の金髪美女へと、リビルドされていた。魔法使いらしい、深緑のローブをまとい、手には、長い杖を持っている。
「はい。日本の大陰陽師である、ケイスケ・尾形様。そして、中級魔法使いであり、ケイスケ様の妻、ルーシー・尾形。そういう設定です」
「俺も魔法使いじゃダメだったのか?」
「姿を英国人に変更してもよろしければ良いのですが、ご自身のままで行かれたいのでしょう?」
その問いかけに、ケイスケはうなずく。
「ああ、どうしても変装しなきゃならないなら別だけど、できれば自分のままで行きたいな」
「であれば、魔法使いの恰好は悪目立ち過ぎます。逆に陰陽師であれば、多少の交流はありますので」
「なるほど。じゃぁ仕方がないか」
「念のために、陰陽師のスキルと知識もインストールしておきますね」
そう言って、額に触れるルリ。
とてつもない知識と技術が、脳裏に収納される。
「……こ、こんなにさらっとインストールして良かったのか?」
様々な式神を召喚できるようになった。
手足の欠損ぐらいは、一瞬で治せるようになった。
強力な結界で、銃弾だろうが砲弾だろうが、いとも簡単にはねのけられるようになった。
疑似太陽を召喚して、都市を一瞬で焦土と化せるようになった。
それらを袖の中の呪符の一枚で実現できてしまう。
そう、仮に位相の安定している日本であったとしても……
「アマテラス様由来のお力です。先日、マスターにとお預かりしておりました。英国の魔法ではありませんし、そもそも私が居れば必要のない能力と言えば能力ですが……ご自身でそういった技術を使える状態で観光された方が、楽しいでしょう?」
にこりとほほ笑むルリ。
(流石だ。俺の好みを完璧に理解してくれている)
確かにその通り。
それに、今更なのだ。
「そうだな。ふふ。最高神の加護を受けた、日本の大陰陽師のロールプレイを楽しませてもらおう」




