スローライフの決意
それからは、再び優雅なスローライフを再開させた。
なるほど、確かに日本人に活気が戻っている気がする。
ケイスケは、ついこの前までは通行人のほとんどが外国人だと言われていた、大阪の難波に来ていた。
道頓堀を望めるカフェ席で、昼からコロナビールを瓶ごと呷りながら、街行く人々を観察する。
隣にはもちろん、ルリの姿もある。白いワンピース姿で、ブルーのカクテルを手にしていた。
平日だというのに、自分以外にも日本人の旅行客が楽しそうな時間を過ごしている。
そんな光景を眺めながらも、ケイスケの頭の中では、とある考えが浮かんでは消えていく。
(もっとこうすれば、日本は良くなるのか)
そんな考えだ。
しかしそれを、苦笑しながらかぶりを振って追い払う。
決めたことだ。
そういうことはしない、と。
アマテラス様を見送った、翌朝のことを改めて思い出す。
美しい最高神様から褒めに褒められ、最高の気分のまま眠りについた翌朝だ。
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朝食を取りながら、ニュース番組を見ていると、大規模な詐欺集団が逮捕された、というニュースが流れてきた。
海外の豪邸を根城に、人を騙して手に入れた金で、豪遊していたらしい。
許しがたい所業だ。
詐欺師は、全員死刑でいい。
ケイスケは常々思っていた。
例えば、迷惑なフィッシング詐欺メールだ。
ある意味、殺人よりも罪が重い、とケイスケは考えていた。
何故なら、送信ボタンひとつで、何万人という人間に迷惑がかけられる。
それこそ金を騙し取られる被害がなくとも、そのための対策もしなければならない。
ちゃんとしたメールも埋もれてしまうし、ちゃんとしたメールも詐欺に見えてしまうこともある。
つまり、詐欺が介入することで、信頼関係の上に成り立つ社会が、成立しづらくなるのだ。
大きな手間暇をかけて、一人を殺すこと。
小さな手間で、大勢の人間に、少しずつマイナスを与えること。
その罪の総量は、同じではないだろうか。
詐欺の取り締まりは、所詮は、イタチごっこだ。撲滅などできないだろう。
そう考えていたケイスケだが……
テレビを眺めながら、ふと思う。
今の自分なら、できるんじゃないか。
こんなクズみたいな連中を、根絶やしにすることが。
それこそいとも簡単に……
しかし、そこまで考えて、頭を振った。
駄目だ。
それは、俺がやるべきことじゃないし、やっていいことじゃない。
それに、どこでどう、線を引く?
コマーシャルに入り、画面の中の美女が、シャンプーのCMに出ている。
この女優の髪が綺麗なのは、断じてこのシャンプーのお陰ではない。
なのに、さもこのシャンプーのお陰でこの髪と、何ならこの美貌を手に入れたかのような演出……
これは許されている。
もちろん、イメージ戦略や広告と詐欺とを、同列には語れない。
しかし、それを分けているのは、人間の価値観と判断基準だ。
ルミナスのマスターとなり、神様以上とすら言える力を手に入れた自分が、決めて、裁いていいことじゃない。
それは、おそらく、自己満足だ。
いや、自己満足のためならいい。
そして、個人的な範疇でするのは、俺の自由だ。
しかし、正義感で、良かれと思ってやっちゃ駄目だ。
それではおそらく、一番迷惑な神様になってしまう……
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やれるのに、しない、それはそれで精神力を使う。
大阪観光中も、何度もかぶりを振った。
そして帰宅後、夕食を取りながらソファでぼーっとアニメを眺めてると……
「嘘よ! パパもママも、敬虔な信者だった」
「毎日神様にお祈りしてたし、悪い事なんて何もしていない」
「なのに、神様は助けてくれなかった!」
「……アイツらは、今ものうのうと生きてる……そして、きっとどこかで同じように罪を重ねている!」
「どうして!? どうして神様はパパとママを助けてくれなかったの!?」
「どうして、あいつらに罰を与えてくれないの!?」
画面の中で、女の子が必死に叫んでいた。
よくある台詞と言えば、よくある台詞だ。
昔のケイスケなら、神様なんて居ないんだから当然だろう、と皮肉気に捉えていた。
けど、今は違う。
実際に、神様に会ってしまっている。
故に、このシーンの受け取り方も、大きく変わってしまった。
(多分、この子の言う神様も、相当辛いだろうな)と。
もしアマテラス様が、自分の信者をこのような形で喪い、その子供がこんな風になっていたら……
どれほど、傷つき、悲しむだろうか。
(うっ……想像しただけで結構キツイ)
日本酒を煽る。
スッキリとした冷酒の豊潤な香りが口に広がり、心地よいアルコールが鼻に抜ける。
(しかし、それでも、ヒーローのように駆けつけて、直接助けたり、直接、悪人に神罰の雷を落としたりは、しないんだろうな)
実際に、ああして顕現できるところを見るに、力や能力の問題で、できないとは考えにくい。
それこそルミナスが、トップクラスの力を持った神だと評価するほどの存在だ。
だが、ほんの短い期間とはいえ、神様という存在と直接かかわり、学んだことで、そのあたりのルールというか、作法を感じてはいる。
何となくだが……
強い神様? 力のある神様? ほど、そのあたりの分別が、しっかりしているような気がする。
ケイスケは、隣にいるルリに語り掛けた。
「なぁ、ルリ。神様が、直接、悪人に神罰を与えたりしないのって、何か、ルールとかで決まってるのか?」
「ルールで決まっているわけではありませんが、作法には反しますね」
「そうなのか。例えば、戦争の時にアマテラス様が、敵国を神様パワーでやっつけなかったのも?」
「もちろんです!」
とんでもない、といった表情で返すルリ。
「けど、結界とか、そういったので、守ってはくれてるんだよな?」
「それも、直接ではありません。あくまで、信徒を通して技術のヒントを授けたり、信仰を通して、間接的に力の方向性を与えているにすぎません。伊勢神宮の構築と維持も、ピラミッドと同じく、すべて、人間の手によるものです」
なんというか、最大限に敬意を払った言い方をしていることは感じる。
「けど、アマテラス様の力ってのは、大きいんだよな?」
「もちろんです」
「はは、なかなか、元プログラマーの俺には、論理的にスッキリとは、理解できない概念だな」
「……論理で理解できる部分には、どうしても、限界がありますので」
そう言いながら、ケイスケの手をさするルリ。
「ちなみに、これも何となくなんだが、強い神様、力の強い神様ほど、直接的な干渉はしない、ってのは、あってるか?」
「はい。その通りです」
「やっぱりか。日本神話を調べてて思ったんだ。強い力を持ってる割に、他国の神様と違って、なんというか、武勇伝的な話が少ないな、と」
「安易に顕現し、直接的に力を行使する神は、神としては低位で、まだまだ非力の証とされています」
その言葉を聞いて、ケイスケはスッキリとした気分となった。
いかに力を持とうとも、自分はあくまで人間。
力を抑える必要もないが、使う必要もない。
やはり自分が目指すべきなのは、完璧なるスローライフでよいのだ。




