可愛い神様のお願いを叶えよう
その夜。
家に帰ったケイスケは、ルリと二人で夕食を囲んでいた。
いつものように、食卓には温かい料理が並んでいる。けれど、今夜は箸の進みが、いつもより遅い。
頭の中に、あの小さな最高神様の、しょんぼりとした顔が浮かんでは消えていた。
「アマテラス様はああ言ってたけど、本当に信仰心を回復すれば解決する問題なのか?」
「はい、解決します」
即答だった。
「そ、そうなのか。信仰心すげーな」
感心しながら、ふと、ひとつの考えが浮かんだ。
「ちなみに、ルミナスの力で信仰心を、なんというか、パーっと回復することとかはできるのか?」
口に出してから、頭の悪そうな言い方だったと反省する。それでも、一応、聞いてみた。
「そうですね。私が日本人の精神に直接介入し、天照大御神様に信仰心を向けるようにすることは、技術的には可能です。しかし……」
「まぁ、そりゃ一種の洗脳だよな。そんなことは、さすがにアマテラス様は望んじゃいないだろうな」
「その通りです。かの神の矜持に大きく反します」
ケイスケは、箸を置いて、腕を組んだ。
(矜持か……)
ルミナスの力を借りれば、やろうと思えば、できてしまう。だが、あの神様は、それを望まない。
(となると、ルミナスの力を借りるにしても、引き受けたのは俺だし、そもそもこれは日本人の問題な気がする。だとするとまず自分がすべきことは……)
答えは、すぐに出た。
「ルリ、天照大御神様のことと、神道や日本神話関係の本を、なるべく分かりやすくて正しい物を集めてくれ」
まずは、知ることからだ。
考えてみれば、自分はあの神様のことを何も知らない。伊勢神宮にも、今日はじめて行ったばかりなのだ。
「かしこまりました」
ルリはどこか嬉しそうに微笑んで、頷いた。
それから数日。
ケイスケは、暇さえあれば本を開いていた。
ルリが集めてくれたのは、初学者向けの解説書から、古事記と日本書紀の現代語訳、神社本庁の資料、祝詞の解説書まで、実に幅広い。
「ルミナスの力で、知識を直接インストールすることも可能ですが」
そう言われたが、ケイスケは首を振った。
「いや、いい。自分の目で読むよ」
これは、自分が引き受けたことだ。楽をして頭に入れた知識で、あの神様に向き合いたくはなかった。
そうして読み始めて、すぐに分かった。
(……と、とっつきにくいっ!)
そう、とっつきにくいのだ。
古事記は、712年に完成したという日本最古の歴史書だ。ところが、原文は漢字だけで書かれていて、神様の名前は長く、しかも似たような名前が延々と続く。「〇〇ノ〇〇ノ〇〇ノミコト」が、次から次へと生まれては、いつの間にか隠れてしまう。
日本書紀は日本書紀で、同じ出来事に「一書に曰く」と、別の説が何本も並ぶ。
しかも、神道には、仏教やキリスト教のような、明確な教典も教義もない。古事記も日本書紀も、あくまで神話と歴史の記録であって、これを読めば教えが分かる、という類の本ではないのだ。
祝詞に至っては、古い言葉のままで、何を言っているのか、ほとんど分からない。
ナノマシンで強化された頭脳がなければ、たぶん三日で挫折していた。
(これは……現代人に人気がないのも、無理はないな)
苦笑しながらも、ページをめくる手は止まらなかった。
不思議なことに、読み進めるほど、あの小さな神様の凄さが、じわじわと分かってきたからだ。
弟の乱暴に心を痛めて、天岩戸に隠れてしまった、天照大御神様。世界が闇に包まれて、八百万の神々が、必死に知恵を絞り、踊り、笑って、ようやくお出ましいただいた。
これだけ聞けばただの我儘でメンヘラな神様だ。
しかし八百万の神々が総出で取り戻そうとした、太陽の神様。
そして、皇室の御祖神とされる、日本で最も尊い神様。
(あの湯呑みを両手で包んで、しょんぼりしていた子が……)
なんとも、不思議な気分だった。
「なぁ、ルリ」
「はい」
「知名度でいえば、天照大御神様は、サタンやゼウスやルシフェルに、だいぶ負けてる気がするんだが」
「そうですね。世界的な知名度では、勝てないでしょう」
ルリは、あっさりと認めた。
「ですが、実力は別です。地球に来ている宇宙人、あるいは神と呼ばれる存在の中でも、天照大御神様は、間違いなく上位三柱に入ります」
「上位三柱……」
「神話体系は、国も成り立ちも違いますので、本来は比較できません。ただ、あえて申し上げるなら、ゼウスやオーディンといった著名な方々でも、天照大御神様がその気になれば、ワンパンだと思います」
「わ、ワンパンって……」
苦笑しながら、あの巫女っぽい美少女が、『我、最強なり』といった雰囲気で降臨してきたムキムキのゼウス神を、青筋を浮かべながらも笑顔でワンパンするシーンを想像してしまった。
そして、読み進めるうちに、もうひとつ、腑に落ちたことがあった。
(他国からの文化の侵略……そういうことか)
アマテラス様が言った言葉の意味が、ようやく分かった。
日本の理想の姿は、そもそも、日本神話と神道が土台だったのだ。
仏教は、神仏習合という形で、この土台に馴染んでいった。神様は仏様の仮の姿だと考えることで、共存できた。だから、大きな害にはならなかった。
ところが、近代以降に入ってきた、物質主義。個人主義。そして、耳ざわりのいい、価値観の多様化。
それらは、民族としての、ひとつの心を、ばらばらに分けてしまった。
(神様たちが、インターネットを嫌うという理由も、これなら分かる)
世界中の価値観が、境目なく流れ込んでくる場所。
確かな信念や土台を持たない者にとっては、ただただ己の在り方をいたずらに振り回されるようなものなのだ。
(別に、ネットが悪いというつもりはない。ただ……)
ケイスケは、本を閉じて、天井を見上げた。
自分たちの基礎を思い出してもらえばいい。
そして、その基礎に少しでも良い。誇りや、せめて愛着だけでも持ってもらえれば良いんだ。
「で、あるならば……」
ゆっくりと、思考がまとまっていく。
日本神話や神道を、まず、身近にする。
そのうえで、その頂点に立つ、最高神である、天照大御神様を、立てれば。
「そう、つまりは……」
ケイスケが出した答えは、実にシンプルだった。
(物語にすればいい)
難しくて、とっつきにくいものなら、誰でも楽しめる形にすればいい。教典も教義もない神道を、そして、あの長い神様の名前を、まず、面白いと思ってもらう。
そのために、日本神話と神道を題材にした、和風ファンタジー小説を書く。
それから、しばらくして。
突如として謎の天才作家がネットに降臨した。
その名は、神道ルミ子。
その正体は、ルミナスが新たに生成した、作家専用のAIだった。ケイスケの意見やアイディアも取り入れながら、ものすごいスピードで書き上げ、広げていったのだ。
神道や日本神話を題材にした和風ファンタジー小説は、瞬く間に大ヒットとなった。
そして、メインヒロインにして、主人公の導き手である、日本の最高神、アマテラスちゃん。
その愛らしさは、あっと言う間に日本中を虜にした。
そしてルミナスはすぐさまAIを増やした。
漫画家、アニメーター、グッズデザイナーなどなど……
あらゆる媒体でアマテラスちゃんが活躍した。
集まる信仰心。
少しずつだが、浸透していく日本神話と神道の概念。
そして、勿論、信者が行き着く先は、そう。
聖地である、伊勢神宮だ。
ネットには、こんな声があふれた。
「アマテラスちゃんの新しいお家、お金が足りないらしい」
「なんてこった」
「俺たちの出番かな?」
「ふふふ、呼んだかね」
「俺たちにマカセロ」
「推し神に直接お布施出来るなんて」
かつてないほどの勢いで、寄付金が集まっていく。
あっという間に過去最高値に到達。
そして、その額はついに1000億に届くのだった。




