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可愛い神様からのお礼と頼み事

お茶と茶菓子を囲んで、ちょっとした団欒が始まった。

湯呑みから立ちのぼる湯気が、静かな社殿の中に、ゆっくりと溶けていく。ルリはケイスケの隣で上品に湯呑みを傾けている。

天照大御神は、茶菓子をひと口頬張って、幸せそうに目を細めたあと、姿勢を正した。

「さて。改めて、礼を言わせてもらうぞ、ケイスケ殿。我が国を救ってくれて、まことに感謝しておる」

「い、いえ……」

「実はな、ここ数十年で突然現れた、インターネットというものは、日本の神々にとって、非常に厄介な存在だったのじゃ」

厄介。神様の口から出てくる言葉としては、なんとも、意外な響きだった。

ケイスケは、ふと、疑問に思った。

宇宙人と言えば、超科学力を持った存在のはずだ。インターネットごとき、ちょちょいのちょいなのではないか。

「あの……失礼を承知でお聞きしますが、宇宙から来られた方々なら、インターネットくらい、簡単に扱えるのでは?」

「ふむ。ケイスケ殿は、例えば、この木造建築を作れるかの?」

天照大御神は、社殿の柱や梁を、ぐるりと見回した。

「貴殿らにとっては、何百年も前の技術じゃぞ?」

「あっ……」

ケイスケは、その言葉で、天照大御神が言いたいことが、なんとなく分かった。

そういえば、先日の鬼の街もそうだった。

ルミナスも「物質的な進化を求めるフェーズにない」と言っていた。

神様たちにとって、インターネットはロストテクノロジーというか、そういったもはや別次元の技術なのだ。

ルミナスがあまりに万能に、そして簡単にやってしまうために、超常的な存在は万能なのだと思っていたが、そうではないのだ。

「それにな」

天照大御神は、湯呑みを両手で包んだ。

「分別のある神は、直接、人間の社会に介入することはせん。せいぜい、神託を出すか、遠回しに、手を貸してやる程度じゃ」

「なるほど……」

「仮に、ネットに詳しい神がおったとしても、その神を、熱心に信仰する信者の中に、相応のプログラマーがおらねば、意味がないのじゃ」

(神様の力を借りるにも、信者の側に、それだけの腕が必要なのか……)

現実的といえば、あまりに現実的な話だった。

「そうこうしているうちに、国家機密や、国防に関する情報が、次から次へと、奪われていってな」

天照大御神は、遠い目をして、ため息をついた。

「わしらは、それを見ながら、ずっと、ハラハラしておったのじゃ」

八百万の神々が、社殿の奥で、固唾をのんで、パソコンの画面を見守っている。

ふとそんな光景が頭に浮かび、ケイスケは思わず苦笑しそうになった。


ケイスケは湯呑みを置いた。

ひとつ、引っかかっていることがある。

(そもそも礼を言われるべきなのは、俺じゃない)

「……しかし、だとすると感謝されるのは自分ではなく、ルミナスであるべきなのでは? ご存じだと思いますが、私がドクターKとして活動できたのは、すべてルミナスのお陰です」

言葉にしてみると、それが正直なところだった。

日本のサイバー空間を守ったのは、間違いなくルミナスの力だ。自分はといえば、リビングでゲームをしたり、贅沢なスローライフを満喫していただけに過ぎない。

隣のルリは何も言わず、静かにお茶を口にしている。

アマテラス様は湯呑みをそっと置き、大きな瞳を細めて頷いた。

「もちろん、ルミナス殿にも感謝しておるし、感謝も告げておるよ」

「では……」

「しかしじゃ、ルミナス殿はあくまで道具であろう?」

道具。

その一言に、ケイスケは少し眉を寄せた。

「どれだけ強大な力であっても、道具は道具。結局は使う者次第じゃ」

お茶を一口飲み、表情を改める。

「お主がルミナス殿に望めば、どれだけ途方もないことが可能なのか、考えてみよ」

天照大御神様が、云う。

(途方もない、こと……)

ケイスケは、ふと背筋が冷たくなるのを感じた。

言っている意味が、今になってようやく分かった。

考えないようにしていたが、そうなのだ。

ルミナスの力を使えば、恐らく世界を滅ぼせる。

神様も宇宙人もいる、超常的な存在が他にもたくさん存在することを知った今でも、そう思う。

天照大御神

日本の最高神様……

その彼女が、自分にお礼を言っている本当の理由が……

「そのような力を傍らに置きながら、そなたは好奇心のままに穏やかに暮らし、誰を脅かすこともなかった」

アマテラス様は、ふっと表情を緩めた。

「であれば、それを正しく使ってくれたケイスケ殿に感謝するのが当然の筋と言うものじゃろ?」

「その通りです」

ルリが、満足げに頷いた。

そしてケイスケの手に、そっと自分の手を重ねた。

「あなたをマスターに出来たことを、私は心より感謝しております」

その様子を、アマテラス様は微笑ましそうに眺めていた。

やがて、ふと何かを思い出したように、ルリへ向き直る。

「ああ、ちなみにルリ殿を道具と言うたのはすまなんだ。悪気はないのじゃ。あくまで我らの分類の話でな。当然下に見たつもりも、ルリ殿の魂や人格を否定したつもりもない旨、理解して欲しい」

さっき眉を寄せたケイスケの顔を、見ていたのかもしれない。

「ご配慮、感謝いたします」

ルリは、涼しい顔で微笑んだ。


「そ、それでなのじゃが……」

アマテラス様が、急にもじもじし始めた。

指先をいじり、視線を泳がせ、湯呑みの縁ばかりを見ている。さっきまでの威厳は、どこへ行ったのか。

「恥を忍んで、ケイスケ殿に頼みがあるのじゃ」

「なんでしょうか? 私も日本人ですので、可能な限りお力になりますよ?」

「ほ、ほんとか?」

ぱっと顔を上げたアマテラス様は、それでもしばらく言い淀んでから、蚊の鳴くような声で言った。

「じ、実は恥ずかしながら、今回は金が足りんのじゃ……」

まさかの、最高神様からのお金の相談だった。

ケイスケは、思わず湯呑みを持つ手を止めた。

しかし、その内容は、極めて深刻だった。

「式年遷宮、というものがあるじゃろう」

式年遷宮。

名前くらいは、ケイスケも聞いたことがある。

二十年に一度、天照大御神の家を造り直す、という大行事だ。社殿だけではなく、身にまとう装束や神宝までも、すべて新しくして、新しい社殿へお遷りいただく。

それを、およそ千三百年も続けてきた。日本を代表する神事だ。

「次で、六十三回目になる」

「六十三回……」

ケイスケは、ぽかんと口を開けた。

二十年に一度を、六十三回。数字にしてみると、とんでもない話だった。

「しかしの、これには莫大な費用がかかる」

アマテラス様は、力なく肩を落とした。

「前回は、五百五十億円じゃった」

「ごひゃ……」

言葉が、出てこなかった。

サラリーマンの感覚では、桁が大きすぎて、実感が湧かない。

「物価も資材も、高騰しておるじゃろう。今回は、千億近くになると見積もられておる」

「千億……それだけの金を、一体どこから……」

「遷宮の費用の大半は、全国からの寄付、奉賛金で賄っておる。しかし、その集まりが、壊滅的に悪くてなぁ……っ」

肩を落とし、小さな溜息をつく。

「戦後に価値観を塗り替えられ、インターネットの普及で海外の文化が押し寄せて、人々の信心は薄れつつある。その上、長引く不景気に、景気の後退、国民の経済的な弱体化……みんな自分の生活で手一杯で、神社に寄付をする余裕など、なくなってしまっておるのじゃ……」

「あぁ……」

ケイスケは、胸が痛む思いだった。

神様の口から出てくるのは、あまりに生々しい、現代日本の悩みだ。

長い年月、この国を見守ってきたはずの神様でさえ、現代の経済の冷え込みと、伝統離れの波には、勝てずにいる。物理的な資金難に、喘いでいるのだ。

(神様も、資金繰りに苦労するのか……)

ケイスケは、他人事とは思えない気持ちで、小さな最高神様の、しょんぼりとした顔を見つめた。

「し、しかし千億か……」

ケイスケは、腕を組んで唸った。

口座の残高など、ろくに確認していない。だが、さすがにそんなには持っていないだろう。荒稼ぎしろとは、指示していないのだ。

「なぁルリ、俺って今いくら持ってるんだ? さすがに千億はないよな?」

隣のルリが、口を開きかけた、そのとき。

アマテラス様が、慌てて両手をパタパタと振った。

「ち、違うぞ! そなた一人に全額出してもらおうなどとは思っておらん! いくらなんでも、一人の信者から、億を超えるような大金を受け取るわけにはいかん!」

「あ、そうなんですか」

ケイスケは、ほっと胸をなでおろした。

アマテラス様は、こほんと咳払いをして、姿勢を正した。

「わしが頼みたいのはな、日本人の信仰心を取り戻してほしいということなのじゃ」

「信仰心……ですか?」

「うむ。信心さえ戻れば、寄付も、ドドンと集まってくるはずじゃからの」

キラキラしたおめめで、どんと胸を張る最高神様……

(ううん……そう簡単に行くかなぁ……)

信仰心さえ戻れば大丈夫だと信じている、可愛らしい日本の最高神様を前に、ケイスケは腕を組み考える。

「まぁ、やれるだけのことはやってみますよ。ルミナスが居ますしね」

自分にはルミナスが居るのだから、何とかなるだろう。

「おおっ! やってくれるか!」

アマテラス様は、ぱあっと顔を輝かせ、ケイスケの手を、両手でぎゅっと握った。

「恩に着るぞ、ケイスケ殿!」

ルリは、隣で静かに微笑んでいる。異論はないらしい。

(とは言ったものの、どうしたもんかな……)

湯呑みの中のお茶は、いつの間にか、すっかり冷めていた。

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