神様に会いに行こう
好きなだけゲームをする。
飯は出てくるし、酒は飲み放題。
どんなに食っても太らないし、健康も維持される。
疲れたら、いつでも寝られる。
ムラムラしたら、超絶美女が応えてくれる。
男の夢を、すべて詰め込んだような日々だった。
そんなある日、ルリが、ケイスケの前で姿勢を正した。
「マスター、少しよろしいでしょうか?」
「な、なんだ、突然改まって?」
「マスターへのコンタクトを、強く希望する者がいます」
ルリは、静かに続けた。
「もちろん、これまでも、多くの地球内外の存在が、マスターへのコンタクトを、強く希望していました。しかし……」
『私に直接コンタクトをとってきた存在は、今回が初めてです』
ルリとしてではなく、ルミナスとして言葉を引き継ぎ、そう言ってきた。
「それってつまり、身を隠していたルミナスを、見つけられるぐらい、高度な能力を持った存在ってことか?」
「ある意味、正解です。無論、本気で存在を隠せば、今からでも、見失わせることは可能です。しかし、それでは面白くないだろうと考え、選別しておりました」
「選別って?」
「マスターは、宇宙人とコンタクトを取りたがっていらっしゃいましたので、その対象を、です」
悪戯っぽくルリは微笑み、そう言った。
「それで、その方とは、お会いになられますか?」
ケイスケは、少しの間、考えた。
(相手が誰なのか。危険はないのか。そんなことは、もう確認する必要はない、よな……)
ルミナスが、ケイスケを危険な目に遭わせることはない。何があっても、守ってもらえる。
その信頼が、ケイスケの中にすっかりと定着していた。
どんな相手かは分からないが、宇宙人とコンタクトを取れる。
それは、とても心が躍る話だ。
やばい、ワクワクしてきた。
「もちろん会おう。セッティングしてくれ」
「かしこまりました!」
向かった先は、なんと伊勢神宮。
ケイスケは、新調したスーツに身を包み、ルリを伴ってその入口に立っていた。
ルリの装いは、フォーマルな黒のワンピース。神域を訪ねる場にふさわしい、落ち着いた佇まいだった。
伊勢神宮を訪れるのは、これが初めてだ。
目の前には、五十鈴川に架かる、宇治橋。
全長は百メートルを超える。檜の橋板が、ゆるやかな反りを描いて対岸まで続いている。欄干には擬宝珠が並び、橋の両側には大きな鳥居がそびえていた。
この橋は、日常の世界と神聖な世界を結ぶ架け橋だと言われている。
「……すげぇ」
思わず、声が漏れた。
橋を渡り始めると、足元から川のせせらぎが聞こえてくる。
見下ろせば、五十鈴川は、驚くほど澄んでいた。
川底の石まで、くっきりと見えた。
橋を渡りきった、その瞬間。
空気が、ひやりと、変わった。
(……なんだ、これ)
砂利を敷き詰めた、広い参道が、まっすぐに伸びている。そして、その両側には杉の巨木が、ずらり、と立ち並んでいた。
見上げても、てっぺんが、見えない。
幹は、大人が何人も手を回さなければ、抱えきれないほど、太い。
樹齢は、数百年、いや、もっと、なのだろう。
それが、何本も、何十本も、天を突くように、そびえ立っている。
枝葉は、空を覆い尽くして、足元には細い光の筋だけが落ちていた。
圧巻だった。
(でかい……いや、でかい、なんてもんじゃないな)
ケイスケは、口を半開きにしたまま、首が痛くなるほど、見上げていた。まるで、自分が、小人にでも、なったようだ。
何百年も、ここで、ただ、人々を、見守ってきたのか。
そう思うと、自然と、背筋が、伸びた。
ざり、ざり、と。
玉砂利を踏む、自分たちの足音だけが、やけに、大きく響く。
参道の右手には、五十鈴川の御手洗場があった。江戸の昔、将軍の生母が寄進したと言われる石畳が、川面へと、なだらかに下りている。
ここで、川の水に手を浸し、身を清めるのが、古くからの習わしだ。
ケイスケは、ルリと並んで、川のほとりで、手を清めた。
水は、痛いほど冷たく、そして、どこまでも、澄んでいた。
そして、その足が向かう先は、なんと言うか、やはりと言うか、正宮だった。
日本の神様の中でも、もっとも位が高いと言われる、天照大御神が祀られた、最も神聖な場所。
天皇陛下ですら、入れないと言われる神域だ。
長い石段を上がった先に、白い布が、ふわりと掛かっている。
普段は、その手前までが、参拝者の場所で、観光客でごった返している、日本屈指の、人気の観光地でもあった。
しかし、この日は、人が一人もいなかった。
そう、門をくぐってから、ここに来るまでただの一人もだ……
風に揺れる、杉の葉擦れと、川のせせらぎだけが、聞こえている。
「……なぁ、やっぱりここは、きさらぎ駅みたいな異世界なのか?」
そのことを口にすると、ルリが、静かに答えた。
「その通りです。現世とズレた位相を、歩いています」
(なるほど、そういうことか)
「そりゃそうだよな」
『あんなデカい木々とか、背筋の伸びる神聖な雰囲気とか、現実に、しかも日本にあるわけがない』
漏れ出た心の声にこたえるように、クスクスとルリが笑って言う。
「いえ、現世でもそこは変わりませんよ。ここは位相をズラしてすら、状態の安定した素晴らしい場所です」
「えっ、そうなの?」
ただの人気の観光地だと思っていたが、異世界云々を抜きにしても、自分が知らない凄い場所が身近にあったことに驚くケイスケ。
そこへ、
「お褒めにあずかり光栄です」
白い布の壁の前に、いつの間にか、その人物が立っていた。
神道の装束に身を包んだ人物、柔和な表情の中年男性。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
その人物は、そう言って、深々と頭を下げると、ケイスケたちを、正宮へと、導いていった。
神職の男性に導かれ、ケイスケたちは正宮の、さらに奥へと足を踏み入れた。
一般人は通常立ち入れない場所。
それどころか、最奥においては天皇陛下ですら入れないと言われるまさに神域だ。
幾重にも重なる、板と木の垣。
その一枚一枚を、神職の男性が、無言でくぐっていく。
垣をひとつ越えるたびに、空気が少しずつ、澄んでいくのが分かった。
足元には、真っ白な石が、敷き詰められている。
踏みしめるたびに、かすかな、乾いた音がする。
それ以外の音は、何もない。杉の葉擦れさえ、遠くなった。
やがて、正面に、社殿が見えた。
飾りけのない、白木の、簡素な建物。分厚い茅葺きの屋根が大きく反り、その棟の上に丸い木が整然と並んでいる。
屋根の両端からは二本の木が、天を突くように交差して伸びていた。
華美なところはひとつもない。
それなのに、目を離せない。
(これが、天照大御神様の……)
そして、その静寂が、破られた。
一人の少女が、社殿から飛び出して来た。
「おおっ!! そなたが、我が国を救ってくれた、ドクターK殿か! いや、尾形殿と、お呼びした方が、よろしいか?」
ケイスケを見るなり、喜色満面に、駆け寄ってきた。
歳の頃は、十二、三歳程度。
長い髪。大きな瞳。
巫女のような白い着物。
まさに和風の美少女を、体現したような存在だった。
しかしながら、その少女を間近に見た瞬間、ケイスケの全身に、鳥肌が立った。
霊感も何もないケイスケですら、感じ取れるほどの神聖な圧力。
恐ろしい、のではない。威圧されている、のとも、違う。
なんと言うか、魂そのもの? それとも、遺伝子そのもの? が、勝手にひれ伏して、敬意を抱いてしまうような、存在感。
理屈ではない。頭が理解するよりも先に、身体の、いちばん奥が、そう告げていた。
直感的に、分かる。
(この方が、恐らく……天照大御神様だ)
そんな存在が、無邪気な笑顔で、無防備に、距離を詰めてくる。
そのギャップに、ケイスケは、ただ、立ちつくすことしか、できなかった。
隣のルリは、少しも慌てた様子がなく、涼しい顔で、しかし少し満足げにその光景を眺めていた。
「……尾形ケイスケと申します。ドクターKというのは、以前の仕事上のコードネームのようなものですので……『ケイスケ』と気楽に呼んでいただければ幸いです。こちらは妻のルリです。本日はこのような特別な場所にお招きいただき、誠に光栄です」
「うむ! 挨拶痛み入るぞ、ケイスケ殿! ルリ殿も、改めてよろしく頼む」
雰囲気に気圧されながらも、まずは自己紹介。
それが大人の基本だ。
とはいえ、ケイスケは大いに混乱していた。
宇宙人に会いに来たはずだった。それが、出てきたのは、日本の最高神とも言われる、天照大御神。
場所が場所だけに、その可能性も、ある程度は予想していた。それでも、やはり、驚く。
日本の最高神様が、宇宙人だったこと。そして、こんな、萌えキャラのような美少女であること。
もっとも、ゲームなどのサブカルチャーでは、アマテラス様は、萌えキャラ化されやすい。
しかし、それが真実だとは、予想だにしなかった。
しかもこの方は、自分のことをドクターKと呼び、お礼まで言ってきた。
隣にいるルリが、ルミナスであることは、ルミナスに直接コンタクトを取ってきたこの神様なら、多分分かっているはずだ。
自分がルミナスの力を借りているだけの、ただの人間だということも。
それなのに、この神様の興味関心はルリではなく、明らかに自分に向いている。
(どういうことだ……)
「あの……」
ケイスケは、おそるおそる、口を開いた。
「宇宙人に会いに来たと、聞いていたのですが。天照大御神様、なんですよね?」
「うむ。その通りじゃ」
少女は、胸を張って、頷いた。
「宇宙から来た、というのは、本当じゃ。ただ、日本の神となってからも長くてな。わしにとっての地元は、もうこの日本じゃ」
「地元……」
「日本の神じゃて、ケイスケ殿の親も同然。そう緊張せずともよい」
ニコニコと、可愛らしい顔で大きいことを仰る。
「ち、ちなみにそのお姿は……?」
「わしに、固定の肉体はない。今の姿は、信者たちが望む姿の、最大公約数でな」
少女は、くるりと、その場で回ってみせた。
「可愛いので、気に入っておるが、どうじゃ?」
(信者の、最大公約数……)
日本中の願いの、平均値が、この姿らしい。
「え、ええ、大変可愛らしいと思います」
そう言うと、アマテラス様は「うむ」と満足げに頷いた。
「立ち話も、なんじゃ。さぁ、中へ、入られよ」
そして、ケイスケたちを、社殿の中へ招き入れた。
社殿の入口で、靴を脱ぐ。ケイスケは、革靴を、ルリの靴の隣に、そろえて置いた。
板張りの床は、ひんやりとして、足の裏に、心地よかった。
(神様の家に、お邪魔するわけだ……)
中には、湯気の立つお茶と、茶菓子が用意されていた。




