教えてルミナス先生、恐竜はいるの?
食後、ケイスケとルリは、リビングのソファで並んで映画を観ていた。
大型モニターに映っているのは、恐竜を現代に蘇らせて、大惨事になるあの大作だ。画面の中で、巨大なティラノサウルスが吠える。
ケイスケは、グラスのウイスキーを口に含んだ。隣では、ルリが、腕にそっと寄り添っている。
「なあ、ルリ。こういう映画を観ると、いつも思うんだけどさ」
「はい」
「実際のところ、地球のどこかに、恐竜の生き残りっているのか? ほら、ネッシーとか」
男なら、一度は夢見るロマンだ。
(これまでの流れからして、もちろんです、例えばネッシーなどは……)
などと答えてくれると思っていた。
しかし、
「恐竜ですか。実は、地球の歴史における、奇妙な特異点のひとつです」
ルリは、絡めていた腕をほどいた。膝の上で手を重ねて、ケイスケを見つめる。
「恐竜は、存在していたことになっています。ですが、地球の過去に、恐竜は存在していません」
「……ごめん。ちょっと、意味がわからない」
ケイスケは、グラスを口元で止めて、首を傾げた。
「恐竜は、化石として、この世にあります。ですが、生きて動いていた恐竜は、地球の、そのままの過去には、存在していません」
「????」
「ふふ。おかしいと思いませんか。あの巨大な体が、地球の重力の下で、本当に動けていたと」
「あ……」
言われてみれば、そういう説を、ネットで見たことがある。
ゾウ程度の大きさでも、骨格を支えるために、あれだけずんぐりした体つきで、のそのそ歩いて、ようやく成り立っている。
その何倍もある巨体が、映画のように、軽快に走り回れたとは、たしかに思えない。
もちろん、バカでかい恐竜ばかりではないのは分かっている。
そう言えば自分も昔、(こいつら馬鹿だな。何でこう無駄にデカくなる方向に進化しちゃったんだろうな)と皮肉気に考えていたことがある。
と同時に、デカいからこそ恐竜であって、小さい恐竜に何のロマンがあるんだ? とも……
そこで、ひとつの可能性が浮かんだ。
(待てよ。前に見た、ブループと同じで、幻獣の類なのか?)
だが、すぐに、自分で否定した。
(いや、それはおかしい。幻獣は、死ぬと死体が消えて、痕跡も残らないはずだ。化石が残っているのはおかしい)
混乱するケイスケを見透かしたように、ルリは、静かに頷いた。
「そうです。死体と言うか……『痕跡』だけが残っている存在、それこそが恐竜なのです」
「痕跡だけ? どういうことだ、ルリ」
画面の中で、ティラノサウルスが咆哮している。それを横目に、ケイスケは、まったく予想外の話に、引き込まれていった。
「それこそが、世界観なのです」
ルリはそう言うと、静かにケイスケの顔を見つめた。
「現在の地球の科学者にも、『時間は存在しない』というブロック宇宙論や、『この世界は高度なシミュレーションである』という仮想現実説を、唱える人がいます。マスターも、ご存じですね」
「ああ。ネットの記事とか、動画の解説で、見たことはある」
「そのどちらも、真実ではありません。ですが、あながち間違いでもありません。この宇宙という構造体は」
そこで、ルリが、ふっと言葉を切った。
次の瞬間、瑠璃色の瞳から、人間らしい光が消える。代わりに、蒼い光が、静かに明滅を始めた。
『これより先は、現時点でのマスターの知的レベルでは、理解不可能です』
頭の中に響いたのは、いつもの、冷静な「ルミナス」の声だった。
ルリの唇は、動いていない。
『強引に情報をインストールすることは、技術的には可能です。ですが、人間の認知能力の上限を超えるため、マスターの人格が崩壊する危険があります。したがって、情報の提供は、致しかねます』
「っ……」
背筋に、冷たいものが走った。
(禁則事項とは、別物だ。人間の脳じゃ処理できない、触れちゃいけない領域が、あるってことか)
底なしの深淵を覗き込むようなものだ。一歩間違えれば、自分という存在が壊れる。ケイスケは、それを直感で理解した。
(万能で、俺の味方で、俺の嫁にまでなってくれたけど。ルミナスの背景にあるスケールは、やっぱり、人間の常識の外なんだな)
ケイスケは、ごくりと唾をのんで、努めて軽く、首を振った。
「あ、ああ。分かった分かった。人格崩壊は勘弁だ。これ以上は、聞かないでおくよ」
すると、ルリの瞳の蒼い光が、すっと収まった。いつもの、小悪魔的な表情が戻ってくる。
「ふふ。賢明な判断です、マスター」
「……脅かすなよ」
「けど、楽しんでいただけたでしょ?」
ルリは、澄ました顔で、またケイスケの腕に、体を預けた。
ケイスケは、残ったウイスキーを、一気に飲み干した。
あの後は、結局、あまり映画に集中できなかった。
(居た形跡があるだけ……世界観……人格の崩壊、か……)
それらの言葉が、頭の隅にずっと引っかかっていたのだ。
ナノマシンを得てから、眠りにつくのも簡単になったし、睡眠の質もぐっと向上していた。
しかし、この夜は久しぶりに寝苦しかった。翌朝の目覚めも、スッキリとは言いがたい。
そんな中、ダイニングで、ルリが作ってくれた朝食を食べていると、
「ちなみに、ネッシーは居ますが、見に行かれますか?」
ルリが、トーストにバターを塗りながら、何でもないことのように言った。
「って、ネッシーはおるんかーい」
つい、下手な関西弁で突っ込んでしまった。
ルリからの反応はない。
ケイスケは、少し間を置いて、残念そうに尋ねた。
「ん、ごほん……けどまぁ、幻獣なんだろ?」
なんと言うか、ネタバレ感があるのだ。ブループのときと同じで、答えが先に見えてしまう。
しかし、
「いえ、ネッシーは、別次元の存在ではありません」
「……え?」
ケイスケは、トーストを持つ手を止めた。
「一種の未発見の爬虫類生物として、今も生息しています」
(な、なんてこった)
まだまだ、ロマンは尽きなそうだ。




