第5話 つむ、謎の探索者になる
探索者ギルド 東京本部
「——それで、現場に到着した時には、すでにワーウルフが倒されていた、と」
「ああ」
探索者ギルドの受付で、俺は受付嬢の確認に頷いた。
「間違いない。ゲートから出てきたのはDランクモンスターのワーウルフ、一体。俺たちが着いた時には、もう倒されていた」
「討伐した人物は?」
「分からない」
「目撃者はいなかったんですか?」
「一応、襲われた姉妹がいた」
俺は現場でのことを思い出す。
高校生くらいの姉と、小学校低学年くらいの妹。
俺たちが駆けつけた時には、二人とも無事だった。
「姉の方から話は聞いた。工藤結衣。妹を庇ってワーウルフに襲われたらしい」
「工藤結衣さん……」
受付嬢がパソコンを操作する。
「ありました。今回のゲート発生に巻き込まれた方ですね」
「ああ。その子の話じゃ、襲われたところを探索者らしき人物に助けられたらしい」
「探索者らしき人物?」
「突然のことでよく見えなかったそうだ。ワーウルフを倒した後、すぐにいなくなったって話だった」
「なるほど……」
受付嬢の指が動く。
カタカタとキーボードを叩く音が続いた。
「ちなみに、妹さんは何か?」
「何か言いかけてたな」
確か——。
『つむが——』
そう言いかけたところで、姉が手を握っていた。
その後は何も言わなかった。
「ただ、小学二年生くらいの子供だ。突然ゲートが現れて、目の前にワーウルフまで出てきたんだぞ。混乱しててもおかしくない」
「そうですね」
俺も、あの子が何を言おうとしていたのかまでは気にしなかった。
まさか、
『つむが倒した』
なんて続くとは、夢にも思わなかったからだ。
「それで、討伐した探索者の確認を頼みたい」
「分かりました」
受付嬢が再びパソコンを操作する。
しばらく待つ。
「…………」
「どうだ?」
「少々お待ちください」
さらに調べる。
だが——。
「……いませんね」
「いない?」
「はい。当該時間帯、この近辺へ正式に出動した探索者は、『希望の夜明け』の皆様のみです」
「だよな」
「また、付近で活動していた登録探索者についても確認していますが……該当する人物はいません」
受付嬢が首をかしげる。
「少なくとも、ワーウルフを討伐したという報告は一件もありません」
「じゃあ、勝手に動いてた探索者か?」
「可能性としてはありますが……」
それでも妙だ。
探索者として活動する人間は、ほぼ全員が探索者ギルドへ登録している。
というより、登録しない理由がほとんどない。
ダンジョンへの入場。
素材の売却。
依頼の受注。
探索者ランクの認定。
ギルドに登録しておけば、探索者として活動するために必要なものはほとんど揃う。
逆に——。
「未登録で探索者やってる奴なんて、後ろめたい事情がある奴くらいだろ?」
「基本的には、そうですね」
受付嬢も否定しなかった。
身元を知られたくない。
法律を守る気がない。
ギルドに活動記録を残したくない。
そういった事情を抱えている者が、ギルドを通さず活動することはある。
当然、まともな探索者から歓迎される存在ではない。
「でも、今回は一般人を助けてる」
「そうなんですよね……」
そこが引っかかる。
俺は受付台に置かれた報告書を見る。
「しかも、ワーウルフは一撃だった」
「一撃……」
受付嬢の表情が少し変わった。
「ああ。何度も戦ったような痕跡がない。少なくとも俺たちが確認した限りじゃ、一発だ」
Dランクモンスター、ワーウルフ。
Dランク探索者が一人で相手をするなら、決して油断できるモンスターじゃない。
それを一撃。
「Cランク以上でしょうか」
「普通に考えればな」
だが、Cランク以上ともなれば人数は一気に少なくなる。
誰がどこを拠点にしているのか、ギルド側もある程度把握している。
そんな探索者が偶然居合わせて、人を助けて、名乗りもせずに消えた。
「……分からんな」
「ですね……」
受付嬢も困ったように画面を見る。
「ひとまず、未確認の探索者による討伐として記録しておきます。該当する探索者が判明した場合は、改めて確認を」
「頼む」
「それと、ワーウルフの素材については?」
「手つかずだ」
「……討伐したのに?」
「ああ」
これも妙だった。
Dランクモンスターの素材なら、捨てていくようなものじゃない。
なのに何一つ持っていかず、姿を消した。
「人助けだけして帰った……?」
受付嬢が呟く。
「随分変わった野良探索者ですね」
「だな」
結局、その日はそれ以上何も分からなかった。
ただ一つ。
正体不明の探索者が、偶然ゲートの近くに居合わせた姉妹を助け、Dランクモンスターのワーウルフを一撃で討伐した。
ギルドには、そう記録されることになった。
——もちろん。
そんな探索者は、最初から存在していない。
ワーウルフを倒した本人は、その頃にはもう、姉と手を繋いで家へ帰っていた。




