第3話 つむとお姉ちゃんの秘密
「……ん」
「……?」
小さな声が聞こえた。
つむは顔を上げる。
「おねぇちゃん……?」
閉じていたお姉ちゃんの目が、ゆっくり開いていく。
「……紬?」
「……っ!」
お姉ちゃんが、つむの名前を呼んだ。
いつもの声。
ちゃんと、つむのことを見てる。
「おねぇぢゃぁぁん!!」
もう我慢できなかった。
つむは思いっきり、お姉ちゃんに抱きついた。
「わっ……!」
「うわぁぁぁん! おねぇちゃん! おねぇちゃん!」
涙がいっぱい出てくる。
さっき転がったときも、身体が痛かったときも、わるいやつが怖かったときも、ずっと我慢してた。
でも、お姉ちゃんが起きてくれたら、全部我慢できなくなった。
「よがったぁ……! おぎでぐれだぁ……!」
「紬……?」
「うわぁぁぁん!」
お姉ちゃんの服をぎゅっと掴む。
もう離したくない。
また動かなくなったら嫌だから。
「おねぇちゃん、もういなくならないでぇ……!」
「……大丈夫。大丈夫だから」
お姉ちゃんの手が、つむの頭に触れた。
いつもみたいに、優しく撫でてくれる。
「ほら、私はちゃんとここにいるよ」
「うぅ……ひっく……」
あったかい、いつものお姉ちゃんの手だ。
「……よかったぁ」
本当に、お姉ちゃんだ。
ちゃんと動いてる。
ちゃんと喋ってる。
つむの頭も撫でてくれてる。
「……紬」
「うぅ……?」
「怪我は?」
「けが……?」
言われて、初めて思い出した。
そういえば、さっきいっぱい転がった。
手を見るとちょっと赤くなってる。
ひざも少し痛い。
「……ちょっと、いたい」
「見せて」
お姉ちゃんが起き上がろうとする。
「……っ」
「おねぇちゃん!?」
つむは慌てて身体を支えようとする。
「だめ! ねてて!」
「でも、紬が——」
「つむはだいじょうぶ!」
痛いけど、大丈夫。
それより、お姉ちゃんのほうが大事。
「おねぇちゃん、おっきいのにやられたんだよ!」
「……おっきいの?」
「うん!」
そこで、つむは思い出す。
「でもね!」
涙を腕でごしごし拭いて、ピコピコハンマーを持ち上げた。
「つむがやっつけた!」
「…………え?」
お姉ちゃんが固まった。
「これでね、ぽこんってしたの!」
ピコピコハンマーをぶんっと振ってみせる。
ぽこんっ。
「そしたらね、どーんって飛んでったの!」
「…………」
「すっごく遠くまで!」
「…………紬?」
「なぁに?」
お姉ちゃんは、つむが持っているピコピコハンマーを見る。
それから、遠くを見る。
つむも一緒にそっちを見る。
そこには、さっきのわるいやつが倒れていた。
「…………」
お姉ちゃんが何も言わなくなった。
「おねぇちゃん?」
「……あれ、紬がやったの?」
「うん!」
「その……ハンマーで?」
「うん!」
つむはピコピコハンマーを見せる。
「つむが作ったの!」
「…………作った?」
「うん!」
お姉ちゃんがまた固まった。
どうしたんだろう。まだ具合が悪いのかな。
「おねぇちゃん?」
「……ちょっと待って」
「?」
「お姉ちゃん、今いろいろ追いついてない」
「……?」
つむにはよく分からない。
でも、お姉ちゃんが起きてくれた。
だから——。
「えへへ」
「……紬?」
「おねぇちゃん、元気になってよかった!」
「…………」
また、お姉ちゃんが黙った。
でも今度は、すぐにつむの頭を撫でてくれた。
「……そっか」
「うん!」
「紬が助けてくれたんだね」
「うん!」
褒めてもらえた。
それだけで、つむは嬉しかった。
「……紬」
「なぁに?」
お姉ちゃんは、つむが持っているピコピコハンマーをじっと見ていた。
「それ、本当に紬が作ったの?」
「うん!」
「どうやって?」
「えっとね……」
どうやってって言われても、つむにもよく分からない。
「そうぞうっていうので作った!」
「……創造?」
「うん!」
「それ、スキル?」
「すきる!」
たしか、そんなことが書いてあった。
「それでね、つむが『おねぇちゃんをいじめるの、やっつけたい!』って言ったら、はんまーが出てきたの!」
「……出てきた?」
「ううん。最初は出てこなかった!」
「え?」
「材料がないって言われたの」
「材料……」
「だから、ぽいんと使った!」
「ポイント?」
お姉ちゃんの顔がどんどん難しくなっていく。
「せいさんぽいんと!」
「生産ポイント……?」
「うん! つむ、ひゃくさんじゅうきゅう持ってた!」
「百三十九……」
「それで、ごじゅう使ったらこれできたの!」
つむはピコピコハンマーを持ち上げる。
「作ったら、ご、返してくれた!」
「……五?」
「うん!」
お姉ちゃんは何も言わなくなった。
「おねぇちゃん?」
「……ちょっと待って」
お姉ちゃんは自分の身体を確かめるみたいに、腕やお腹を触り始めた。
「……痛くない」
「?」
「私、あのモンスターに攻撃されたよね?」
「うん……」
思い出すと、ちょっと怖くなる。
「おねぇちゃん、どーんってされたの」
「……なのに、どこも痛くない」
お姉ちゃんは自分の身体を何度も確認している。
それから、つむを見た。
「紬。私に何かした?」
「うん!」
「何をしたの?」
「おくすり!」
「……薬?」
「つむが作ったの!」
「それも……創造で?」
「うん!」
「…………」
また黙っちゃった。
やっぱり、まだ具合が悪いのかな。
「おねぇちゃん、だいじょうぶ?」
「……うん」
そう言ったのに、お姉ちゃんの顔は全然大丈夫そうじゃなかった。
遠くに倒れているわるいやつを見る。
次に、つむのピコピコハンマー。
それから、自分の身体。
最後に——つむを見た。
「…………」
「おねぇちゃん?」
なんだか、さっきまでと顔が違う。
怖い顔じゃない。
でも、すごく真剣な顔。
お姉ちゃんは少し考えてから、つむの両肩に手を置いた。
「紬」
「なぁに?」
「今あったこと、誰にも話しちゃダメだよ」
「……?」
どうして?
「なんで?」
つむ、悪いことしてない。
わるいやつをやっつけて、お姉ちゃんを助けただけ。
「つむ、いけないことした?」
「違う!」
お姉ちゃんはすぐに首を振った。
「紬は何も悪いことしてない。お姉ちゃんを助けてくれた」
「じゃあ、なんで?」
「それは……」
お姉ちゃんが困った顔をする。
「紬がすごいことをできるって知られたら、悪い人が紬を連れていこうとするかもしれないから」
「つむを?」
「うん」
「なんで?」
「……その力が欲しい人もいるから」
よく分からない。つむの力なのにどうして他の人が欲しがるんだろう。
「だからね、お姉ちゃんと約束して」
お姉ちゃんが、つむの小指に自分の小指を絡める。
「今日のことは、二人だけの秘密」
「……お母さんも?」
「お母さんには——」
その時だった。
「いたぞ!」
知らない人の大きな声が聞こえた。
「……っ!」
お姉ちゃんが振り返る。
向こうから何人かの人が走ってくる。
みんな、テレビで見たことがあるような格好をしていた。
剣を持っている人。
大きな盾を背負っている人。
「探索者……」
お姉ちゃんが呟いた。
「大丈夫ですか!」
一人がつむたちのところまで走ってくる。
「怪我は!?」
「だ、大丈夫です」
お姉ちゃんはつむを隠すみたいに、少しだけ前に出た。
探索者の人がつむを見る。
それから——。
「……あれは?」
遠くに倒れているわるいやつを見つけた。
「モンスターが倒れてる……?」
「誰がやったんです?」
「…………」
お姉ちゃんが黙る。
つむは答えようとした。
「つむが——」
ぎゅっ。
お姉ちゃんが、つむの手を握った。
「……?」
見ると、お姉ちゃんがつむに向かって小さく首を横に振っている。
あ。
さっきの約束。
つむは慌てて口を閉じた。
「……分かりません」
お姉ちゃんが答えた。
「私たちが襲われた時、探索者らしき人が助けてくれたんです」
「探索者が?」
「はい」
「どんな人でした?」
「……突然のことで、よく見えませんでした」
お姉ちゃんはつむの手を握ったまま話す。
「モンスターを倒した後、すぐにいなくなってしまって……」
探索者の人たちが顔を見合わせる。
「この近辺に出動した探索者は俺たちのはずだぞ」
「野良か?」
「でも、こいつを一撃で……?」
何か話してる。
つむにはよく分からない。
ただ——。
お姉ちゃんが、つむの手をずっと握っている。
だから、つむも何も言わなかった。
「君たちは本当に怪我してない?」
「はい。大丈夫です」
「そっか。怖かっただろう」
探索者の人が、つむの前でしゃがんだ。
「もう大丈夫だからな」
「……うん」
つむは頷く。
でも、その人の後ろで、お姉ちゃんが倒れているわるいやつを見ていた。
それから、つむの持っているピコピコハンマーを見る。
「…………」
つむもハンマーを見る。
あ。
「おねぇちゃん」
「なに?」
つむは小さな声で聞いた。
「これも、ひみつ?」
「…………」
お姉ちゃんは一瞬固まって——。
「……それで倒したことは絶対に言っちゃダメ」
小さな声でそう言った。
「わかった!」
「しーっ!」
「むぐっ」
お姉ちゃんにつむの口を塞がれた。




