第13話 つむと三人だけの秘密
「お母さん、実は——」
お姉ちゃんが、つむを見る。
「この前のこと、全部は話してなかったの」
「……この前?」
「モンスターに襲われた時のこと」
お母さんの顔が変わった。
さっきまで、つむの腕輪を見て笑ってたのに。
「それが、どうしたの?」
「私、助けてくれた探索者がいたって言ったでしょ?」
「うん」
「……あれ、嘘なの」
「え?」
お母さんが止まった。
「ごめん」
お姉ちゃんが頭を下げる。
「私たちを助けてくれた探索者なんて、いなかった」
「ちょっと待って」
お母さんが、お姉ちゃんを見る。
「じゃあ……モンスターは?」
「…………」
お姉ちゃんが、つむを見る。
お母さんも、こっちを見る。
「?」
なんだろう。
「紬が倒したの」
「…………え?」
お母さんの目が丸くなった。
「紬が?」
「うん」
「……どうやって?」
「ぴこぴこはんまー!」
「…………」
お母さんが、もっと分からない顔になった。
「ピコピコ……ハンマー?」
「うん!」
つむは両手を握って、ぶんっと振るまねをする。
「つむが、えいっ! ってしたらね、わるいのが、どーん! ってとんでったの!」
「…………」
「すごかったよ!」
「紬」
お姉ちゃんに呼ばれた。
「なぁに?」
「お母さん、たぶんそこからじゃ分からない」
「?」
ちゃんと説明したのに。
「順番に話すね」
お姉ちゃんが、お母さんを見る。
「あの時、モンスターから逃げようとしたんだけど、間に合わなかったの」
「……うん」
「私が紬を庇って、それで……気を失った」
お母さんの手が、ぎゅっと握られた。
「その後のことは、私も見てない。でも紬から聞いた」
お姉ちゃんが、つむを見る。
「あの時、紬にスキルが発現したの」
「スキル……」
お母さんが、つむを見る。
「紬に?」
「うん!」
「いつから?」
「わるいのがおねぇちゃんいじめたとき!」
「……その場で発現したってこと?」
「そうみたい」
お姉ちゃんが頷く。
「名前は《創造》」
「そうぞうさん!」
「……さん?」
「うん!」
つむは大きく頷く。
「そうぞうさん!」
お母さんが、お姉ちゃんを見る。
「……そう呼んでるの?」
「みたい」
「そうぞうさん、いいこだよ!」
そこはちゃんと教えておかないと。
「つむがわかんないとね、かんたんにしてくれるの!」
「……簡単に?」
「うん!」
お母さんはまだよく分からないみたい。
だから、つむが教えてあげる。
「そうぞうさん!」
呼んでみる。
ぴこんっ。
《質問を確認しました》
「あ、でた!」
「……何が?」
「そうぞうさん!」
「どこ?」
「ここ!」
目の前を指差す。
でも、お母さんはそこを見ても、何もないみたいに首をかしげた。
「……何も見えないけど」
「あるよ?」
「私にも見えないよ」
お姉ちゃんが言う。
「あ、そっか!」
忘れてた!
そうぞうさんの文字は、つむにしか見えないんだった。
「つむだけみえるの!」
「……紬だけ?」
「うん!」
お母さんの顔が、また難しくなった。
「結衣。スキルって、こういうものなの?」
「……少なくとも、私は聞いたことない」
「私もない」
「そうなの?」
つむは目の前の文字を見る。
よく分からないけどそうぞうさんは普通じゃないらしい。
でも——。
「いいこだよ?」
「それは分かったから」
お姉ちゃんがちょっと笑った。
それから、お母さんに続きを話す。
「《創造》は、物を作るスキルみたい。普通に自分で物を作ってもポイントが手に入るし、そのポイントを使えば、材料がなくても物を作れる」
「ポイントって?」
「私もよく分からないけど、聞いた限り紬が何かを作った時に貰える仮想のポイントだと思う」
「そのポイントを使うと材料なしで?」
「うん。モンスターを倒したハンマーも、それで作ったみたい」
「……それで、モンスターを?」
「一撃で」
「…………」
お母さんが黙った。
「えいっ! ってした!」
「うん……それは聞いた」
お母さんが額を押さえる。
「おかあさん?」
「ちょっと待って。今、頑張って考えてるから」
「はーい」
邪魔しちゃだめらしい。
少し待つ。
「……それだけ?」
お母さんが聞いた。
お姉ちゃんの顔が、少し変わった。
「まだある」
「まだあるの?」
「私が目を覚ました理由も、たぶん紬」
「……どういうこと?」
「あの日、病院ではほとんど怪我がなかったって言われたでしょ?」
「うん。でも、あなたは確かにモンスターの攻撃を——」
「受けた」
お姉ちゃんが頷く。
「紬が薬を作って、飲ませてくれたらしいの」
お母さんが、ゆっくりつむを見る。
「……薬?」
「おくすり!」
「どんな?」
「おねぇちゃんをげんきにするおくすり!」
「それを作ったの?」
「うん!」
「材料は?」
「ぽいんと!」
「…………」
お母さんが、また黙った。
今日はよく黙る。
「それを飲ませたら、お姉ちゃんが起きたの?」
「うん!」
つむは大きく頷く。
「おててが、ぴくってしたの!」
あの時は、本当に嬉しかった。
呼んでも起きなかったお姉ちゃんが動いてちゃんと起きてくれた。
「だからね、そうぞうさんすごいの!」
「……うん」
お母さんの声が、少し震えていた。
「すごいね」
「でしょ!」
でも、なんだかお母さんは嬉しそうじゃない。
つむは首をかしげた。
「おかあさん?」
「……大丈夫」
お母さんはそう言って、つむの頭を撫でる。
それから、自分の腕を見る。
つむが作った腕輪。
「じゃあ、これも……その《創造》で?」
「ううん!」
「違うの?」
「これは、つむが作った!」
そこは大事。
「そうぞうさんには、ざいりょうだけ!」
「材料?」
「とくべつな、かみねんど!」
「紙粘土……」
お母さんが腕輪を触る。
「これが?」
「さいしょは、ぷにぷにだったよ!」
「……今はどう見ても紙粘土じゃないけど」
「ぴかーってして、ぽんってしたら、かちかちになった!」
「…………」
また止まった。
「お母さん」
お姉ちゃんが苦笑いする。
「私も最初はそんな感じだったから」
「……そう」
「それでね!」
つむは思い出す。
「ちゃんと、げんきになれるか見れるよ!」
「見れる?」
「うん! ちょっとまってて!」
つむは立ち上がって、自分たちの部屋へ走った。
机の引き出しを開ける。
「あった!」
《鑑定のルーペ》。
それを持って、またリビングへ戻る。
「じゃーん!」
「……虫眼鏡?」
「ちがうよ! かんていのるーぺ!」
「鑑定?」
「うん!」
お母さんの腕輪を、ルーペでのぞく。
ぴこんっ。
《鑑定結果》
《名称:元気になれる腕輪》
《製作者:工藤 紬》
《品質:高》
《効果:疲労軽減・体調補助》
《装着者の身体的疲労を軽減し、体調を良好な状態へ維持する補助効果を付与します》
「えっと……」
下のほうは難しい。
でも、前にも見たから大丈夫。
「おかあさんのつかれをへらして、げんきでいられるようにしてくれる!」
「……本当に?」
「うん!」
「その文字が出てるの?」
「でてるよ!」
「私には?」
「みえない!」
「……そう」
お母さんが腕輪を見る。
さっき「身体が楽になった」って言ってた。
だから、ちゃんと効いてる。
「おねぇちゃんのも見る!」
今度はお守り。
《鑑定結果》
《名称:身体を守るお守り》
《製作者:工藤 紬》
《品質:高》
《効果:身体保護》
《装着者に対する一定以上の外的衝撃を自動的に軽減し、身体への損傷を抑制します》
「おねぇちゃんが、いたいいたいするのをへらしてくれる!」
「……うん」
お姉ちゃんがお守りを握った。
「ありがとう、紬」
「えへへ!」
やっぱり、作ってよかった。
でも、お母さんは笑っていなかった。
怒ってるわけじゃない。
なんだろう。
ずっと考えてるみたいな顔。
「……結衣」
「うん」
「これ、誰かに話した?」
「話してない」
お姉ちゃんがすぐに答えた。
「現場に来た探索者にも、紬がやったことは隠した。知らない探索者が助けてくれたって話してる」
「……そう」
お母さんが、ほっとしたように息を吐いた。
それから、つむの前にしゃがむ。
「紬」
「なぁに?」
「一つ、お母さんと約束してほしいの」
「やくそく?」
「《創造》のことは、学校のお友達や知らない人には話さないこと」
「……あ!」
つむは、ぱっとお姉ちゃんを見る。
「それ、おねぇちゃんにも言われた!」
「え?」
今度は、お母さんがお姉ちゃんを見る。
「結衣?」
「……うん」
お姉ちゃんがちょっとだけ目をそらした。
「普通のスキルじゃないかもしれないって思ったから、とりあえず誰にも言わないようにって」
「だから、ないしょって言ったの?」
「そう」
「つむ、ちゃんとないしょにしてたよ!」
「うん。偉い偉い」
お姉ちゃんが頭を撫でてくれる。
「えへへ」
「じゃあ、これからもちゃんと秘密にできる?」
お母さんに聞かれる。
「できる!」
「学校で聞かれても?」
「ないしょ!」
「知らない人に聞かれても?」
「ないしょ!」
「そうぞうさんのことも?」
「ないしょ!」
「うん」
お母さんが、ようやく少し笑った。
「紬の力はね、たぶん、とっても珍しいの」
「めずらしい?」
「そう。みんなができることじゃない」
「そうなの?」
「うん」
お母さんは少し考えてから続ける。
「紬がすごいものを作れるって知ったら、『私にも作って』って言ってくる人が、いっぱい来るかもしれないでしょ?」
「いっぱい?」
「紬が嫌だって言っても、お願いしてくる人もいるかもしれない」
「むぅ……」
それは困る。
つむは、作りたいものを作りたい。
お母さんとお姉ちゃんのプレゼントは、作りたかったから作った。
「だから今は、お母さんとお姉ちゃんと紬だけの秘密」
「さんにんだけ?」
「うん」
お姉ちゃんも頷く。
「私も、それがいいと思う」
「…………」
三人だけ。
お母さん。
お姉ちゃん。
つむ。
「わかった!」
「よし」
お母さんが笑った。
でも——。
「それと、結衣」
「……はい」
「あなたには後でお話があります」
「…………はい」
お姉ちゃんが小さくなった。
「おねぇちゃん、おこられるの?」
「……たぶん」
「なんで?」
「紬にはまだ分からなくていいかな……」
「?」
よく分からない。
でも、お母さんは怒った顔のまま、お姉ちゃんのお守りを見る。
それから——。
「……本当に」
つむの頭に手を置いた。
「二人とも、無事でよかった」
「…………」
その声は、さっきまでと違った。
ちょっとだけ震えてる。
つむはお母さんを見る。
「おかあさん?」
「ん?」
「また、しんぱいした?」
「……うん。すっごくした」
「だいじょうぶだよ!」
つむは胸を張る。
「つむも、おねぇちゃんも、げんき!」
「そうだね」
お母さんが笑った。
だから、つむも笑う。
お母さんの腕には、つむが作った腕輪。
お姉ちゃんの手には、つむが作ったお守り。
それから——。
今日からもう一つ。
お母さんと、お姉ちゃんと、つむだけが知っていること。
「さんにんだけの、ひみつ!」
「そう。三人だけ」
「えへへ……」
秘密って、なんだかわくわくする。
つむはまだ知らない。
お母さんとお姉ちゃんが、どうしてこんなに真剣な顔をしているのか。
ただ、三人だけの秘密ができたことが、ちょっとだけ嬉しかった。




