第9話 つむ、ありがとうを伝えたい
次の日。
四時間目は、道徳の授業だった。
「はい、みなさん。今日は《きつねとぶどう》のお話をします」
立花先生が黒板に、
《きつねとぶどう》
と書く。
「きつね!」
「ぶどう!」
教室から声が上がった。
つむも教科書を開く。
きつねさんのお話らしい。
「まず先生がお話をするから、みんな聞いてね」
「はーい!」
先生が話し始める。
お腹を空かせたきつねが歩いていると、高いところに、おいしそうなぶどうがあった。
きつねは食べたくなって、ぴょんっと跳んだ。
でも、届かない。
もう一回、ぴょんっと跳ぶ。
やっぱり届かない。
何回やっても届かない。
そして最後には、
「どうせ、あのぶどうはすっぱいんだ」
そう言って、きつねは帰ってしまった。
先生がお話を終える。
「さて、みんな。きつねさんは、本当にぶどうがすっぱいと思っていたのかな?」
「はーい!」
いっぱい手が上がる。
「じゃあ、佐藤くん」
「食べられなかったから、そう言ったんだと思います!」
「うん。そう思ったんだね」
次の子も手を挙げる。
「くやしかったから!」
「そうだね。悔しかったのかもしれないね」
つむも、きつねさんの気持ちを考える。
ぶどうを食べたかった。
でも取れなかった。
「…………」
つむだったらどうするだろう。
「紬ちゃんはどう思う?」
「えっ」
先生に呼ばれた。
つむは立つ。
みんながこっちを見る。
「えっと……」
きつねさん。
ぶどう食べたい。
届かない。
いっぱい頑張った。
でも、だめだった。
「……かなしかった?」
「うん」
先生が頷いた。
「どうしてそう思ったの?」
「だって、いっぱいがんばったのに、たべられなかったから」
「そうだね」
「つむだったら……」
ちょっと考える。
「おねぇちゃん呼ぶ!」
教室から笑い声が上がった。
「お姉ちゃんに取ってもらうの?」
「うん!」
絶対取ってくれる。
お姉ちゃんなら、つむより背が高いから。
先生も笑った。
「それも一つの方法だね。自分だけでできない時は、誰かに助けてもらうのも大切なことです」
「おおー」
正解だったらしい。
つむは座る。
先生は黒板に、
《できないとき》
と書いた。
その下に、
《あきらめる》
《だれかにたすけてもらう》
《べつのやりかたをかんがえる》
と書いていく。
「できないことがあった時、つい『いらないもん』って言いたくなることがあります」
先生が教室を見回す。
「でも、本当は欲しかったのかもしれない。本当は悔しかったのかもしれない。そんな時、自分の気持ちをちゃんと考えてみることも大切です」
つむは黒板を見る。
「それから——」
先生が続ける。
「自分一人でできないことは、誰かに助けてもらっていいんです」
つむはぱちぱち瞬きをした。
誰かに助けてもらう。
「みんなも、今まで誰かに助けてもらったことはある?」
「あるー!」
「お母さん!」
「お父さん!」
「先生!」
「友達!」
いっぱい声が上がる。
「じゃあ、助けてもらった時、どんな気持ちになりますか?」
「うれしい!」
「ありがとうって思う!」
「安心する!」
ありがとう。
つむは、その言葉で少し考えた。
お母さん。
毎日、お仕事してる。
ご飯も作ってくれる。
洗濯もしてくれる。
朝はつむを起こしてくれる。
それから——お姉ちゃん。
毎日、学校まで迎えに来てくれる。
一緒に帰ってくれる。
分からないことを教えてくれる。
昨日だって、つむのことをずっと心配してくれてた。
「…………」
つむ、いっぱいしてもらってる。
なのに。
「ありがとう……」
ちゃんと言ってたかな?
たぶん言ってる。
でも——もっと、ありがとうしたい。
「じゃあ最後に、今日のお話を聞いて思ったことを書いてみましょう」
先生がプリントを配る。
つむは鉛筆を持った。
《きょうのおはなしをきいて、おもったこと》
その下に、ゆっくり書く。
《つむは、おかあさんとおねえちゃんに、いっぱいたすけてもらっています。》
そこまで書いて、少し考える。
そして続けた。
《だから、ありがとうをしたいです。》
書けた。
つむは自分の字を見て、うん、と頷いた。
ありがとう。
言うだけじゃなくて——。
「……なんかあげたい」
小さな声で呟いた。
———
学校から帰って、宿題も終わって。
つむはお姉ちゃんがお風呂に入っている間に、机の前に座った。
お母さんはまだお仕事。
お姉ちゃんもしばらく来ない。
今なら秘密のお話ができる。
「そうぞうさん」
呼びかける。
ぴこんっ。
《質問を確認しました》
やっぱり出てきた。
「きょうね、どうとくでお勉強したの」
《——》
「おかあさんと、おねぇちゃんにね、ありがとうしたいの」
文字は変わらない。
でも、つむはそのまま話す。
「だから、ぷれぜんとしたい!」
ぴこんっ。
《目的を確認しました》
《対象への贈答品を作成しますか?》
「じょうとう……?」
分かんない。
「ぷれぜんと!」
《確認しました》
おお……。分かってくれた。
「でも、なにがいいかなぁ……」
お母さんは、何をもらったら嬉しいんだろう。
お姉ちゃんも、つむが好きなものなら分かる。
かわいいお人形さん、お菓子、キラキラしたもの。
でも、お母さんとお姉ちゃんが一番嬉しいものは分からない。
つむは少し考えてから、目の前の文字に聞いた。
「そうぞうさん!」
《——》
「どんなのが、うれしい! って思ってくれるかな?」
ぴこんっ。
《質問を確認しました》
少しして——。
《案一覧を表示します》
「おお!」
目の前に文字が増えていく。
《対象:母》
《候補》
《① 疲労軽減効果を持つアクセサリー》
《② 使用者の体調を補助する腕輪》
《③ 安眠効果を持つ寝具》
《④ 身体疲労を回復する飲料》
「…………」
つむは固まった。
知らない言葉が多い。そうぞうさんはスキルだからなのか文字は読める。
ひろうけいげん。たいちょうをほじょ。あんみん。しんたいひろう。
———でも、意味はわからない。
「そうぞうさん」
《——》
「むずかしい」
ぴこんっ。
《表現を簡略化します》
《お母さん》
《① つかれにくくなるアクセサリー》
《② げんきになれるうでわ》
《③ よくねむれるまくら》
《④ つかれがとれるのみもの》
「おおー!」
これならつむにも分かる!
「おかあさん、いつもつかれてる……」
お仕事から帰ってくると、「疲れたー」って言う時がある。
だったら——。
「げんきになれるのがいい!」
《候補を記録しました》
「つぎ、おねぇちゃん!」
ぴこんっ。
《対象:姉》
《① 集中力を補助する髪飾り》
《② 疲労を軽減するアクセサリー》
《③ 身体保護効果を持つ装飾品》
《④ 学習効率を補助する筆記具》
「むずかしい!」
《表現を簡略化します》
《お姉ちゃん》
《① お勉強しやすくなるかみかざり》
《② つかれにくくなるアクセサリー》
《③ からだをまもってくれるおまもり》
《④ お勉強しやすくなるペン》
「…………」
つむの目が止まった。
《③ からだをまもってくれるおまもり》
昨日の昨日、お姉ちゃんは、つむを守ってくれた。
モンスターから。
ぎゅってして。
つむの前に出て。
「……これ」
もう、昨日みたいになってほしくない。
お姉ちゃんが痛いのは嫌だ。
「おねぇちゃんは、これ!」
《候補を記録しました》
「おかあさんは……」
もう一度考える。
お母さんも毎日頑張ってる。
だったら。
「げんきになれるやつ!」
《候補を記録しました》
《贈答品の作成案を生成します》
「ぷれぜんと!」
《はい》
「…………」
つむは目をぱちぱちさせた。
今。
「はい」って言った?
《——》
「そうぞうさん?」
返事はない。
でも、つむは気にしなかった。
それより今は、プレゼント。
お母さんには、元気になれるもの。
お姉ちゃんには、守ってくれるもの。
二人に秘密で作る。
「よーし!」
つむは小さく拳を握った。
「びっくりさせる!」
きっと喜んでくれる。
そう思うだけで、なんだか胸がぽかぽかした。




