第23話:美食王国の刺客、そして「神田の決闘」
こんにちは、小橋零です。
神界の秘宝「宇宙神代米」を使った禁断の塩むすびを近衛騎士団長に食べさせたところ、あまりの美味さに国家最高幹部がダブルで昇天(気絶)するという事件が起きました。王都の平和と治安は今日も我が店のおにぎりによって完璧に守られていますが、噂というのは恐ろしいもので、ついに遠く離れた「美食の国」からも、我が店の米を狙う面倒くさい刺客がやってきることになりました。第二章第23話、
「おや、旦那。今朝の開店前だというのに、店の外に変な人影が見えますが……」
元・次元の魔神であり、現在はこの店の優秀なアルバイトであるゼクシードが、窓の外を指さしながら怪訝そうな顔をした。
カウンターの向こうで包丁を拭いていた零は、「ふん、またどっかの物好きだろ」と気だるげに鼻を鳴らした。
店の外には、早朝のひんとした空気の中、純白のフリルがついた異国風のコックコートを纏い、やたらと派手な銀髪を風になびかせた男が一人、腕を組んで仁王立ちしていた。その胸元には、美食界で最高権威とされる「黄金の泡立て器章」がこれでもかと光り輝いている。
男は店の看板をじろりと睨みつけると、音もなくスルスルと扉を開けて入り込んできた。
「ここが……噂の、下等な炭水化物のかたまりを売りさばいているという『おにぎり処・零』とかいうバタ臭い店か」
鼻につく高飛車な口調に、看板娘のルルは「なっ、失礼な人ですね!」とすかさず眉間を吊り上げた。
零はまな板に包丁をコツンと置き、じっとその銀髪の男を見据えた。
「で、お前は誰だ。開店はまだ一時間後だぞ。朝の仕込みの邪魔をするなら、外の敷石にでも埋めてやろうか?」
「ふっ、物騒な物言いだな。自己紹介が遅れた。私は隣国ガストロニア王国が誇る天才にして孤高の美食王、リュシアンヌ・ド・ラ・ヴァル! 我が国こそが世界すべての料理の頂点であり、貴様のような『たかが米を握っているだけの素人』が、王都の一等地で神聖な食材を冒涜していると聞き、この私が直接その鼻をへし折り、料理の真髄を叩き込んでやりに来たのだ!」
リュシアンヌはフンと鼻を鳴らし、持っていた特製のジュラルミンケースをカウンターの上にドンと置いた。
「見ろ! これぞ我が国が誇る究極の食材、五つ星魔獣の極上ヒレ肉を七色のトリュフソースで煮込んだ『ガストロニアの宝石』だ! 貴様のその泥臭いおにぎりとやらと、どちらが真の美食か、ここでガチンコの公開勝負をしようじゃないか!」
店内にピリリと緊張感が走る。
ルルは「ひっ……隣国の天才美食王……!?」と青ざめ、ゼクシードは「また面倒くさいのが湧いて出たものだな……」と冷ややかな目を向けた。
しかし、当の零はといえば、まったく焦る様子もなく、むしろ「あーあ」と言った様子で大きく溜息をついた。
「美食ねえ……。お前、さっきから自分のその肉の塊ばかり自慢してるけどさ、うちの神田の米を一口でも食ったことあるのか?」
「ふん、たかが米など、肉やソースを引き立てるためのただの敷物にすぎん! そんなものに芸術の価値など――」
「よし、分かった」
零がパンと手を叩いた。
「お前がそこまで言うなら、勝負に乗ってやるよ。ただし、ルールは簡単だ。俺が今から握る『いつもの塩むすび』と、お前のその自慢の高級肉料理を、うちの店の裏庭の神田の前に並べる。そして、今朝から店を覗き見しているあの野次馬どもに判定してもらう」
「ほう、受けて立つか! 負けたほうが、この店を即座に廃業し、二度と料理の包丁を握れないようにしてやる!」
リュシアンヌは勝ち誇ったようにフンと笑った。
数分後。
『おにぎり処・零』の裏庭――黄金色の稲穂がサラサラと揺れる「神田」の特設ステージの周りには、いつの間にか噂を聞きつけた近衛騎士団長ガルドや宰相、さらにはミラ村から野菜を届けに来ていた農民たちまで、ごっそり野次馬の輪ができあがっていた。
「おい、どうやら隣国の美食王とや що が、零殿に料理対決を挑んだらしいぞ!」
「馬鹿な……零殿の塩むすびの敵う料理など、この世に存在するわけがないのに……」
ガルドたちがヒソヒソと見守る中、勝負の幕が切って落とされた。
「まずは我が国の至宝、『ガストロニアの宝石』の試食だ! さあ、ひれ伏すがいい!」
リュシアンヌが自信満々にジュラルミンケースの蓋を開けると、中から濃厚で芳醇なトリュフと極上肉の香りがふわっと周囲に広がり、野次馬たちから「おぉ……!」と感嘆の声が漏れた。
しかし、零は全く動じず、ただ静かに、竈で炊き上がったばかりの『黄金こまち』をスッと手に取り、一分の狂いもない手際でピカピカの塩むすびを一個だけ握り上げた。
湯気を纏うその塩むすびは、トリュフの豪華な香りなど一瞬で吹き飛ばすほどの、圧倒的で純粋な「お米と塩の極上のアロマ」を放っていた。
「さあ、食ってみろよ。お前のその『敷物』とやらが、どれだけのものか」
零が差し出した木の皿の上には、ただのシンプルな塩むすびが一つ。
リュシアンヌは「ふん、見栄えだけは一人前だな!」と鼻で笑い、その塩むすびを雑にガブリと一口かじりついた。
瞬間――!
リュシアンヌの全身が、電撃に打たれたようにピタリと硬直した。
彼の銀髪が逆立ち、その瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
「な……っ……!? なんだこれわ……っ……!? ソースも、高級肉の旨味もないというのに……米の純粋な甘みと、岩塩のキリッとした塩気が、私の舌の上で完璧なシンフォニーを奏でている……! 私が今まで人生をかけて追求してきた『美食の概念』が、この一粒の米の前に、まるで砂の城のように崩れ去っていくぅーーっ!!」
ガチャン、とリュシアンヌの手から高級肉の皿が地面に落ち、彼はそのまま膝からガクッと崩れ落ちた。
野次馬たちから「お、おい、隣国の美食王が秒速で陥落したぞ……!」とざわめきが起こる。
零はポケットに手を突っ込み、冷ややかに微笑んだ。
「美食ってのはな、高い食材や難しいソースを並べることじゃねえんだよ。『腹を空かせた奴に、最高の米と塩を届ける』。それだけで、料理の勝負なんて最初から決まってらぁ」
こうして、隣国の傲慢な天才美食王は、たった一個の塩むすびの前に完敗を喫し、そのまま「零様の弟子にしてくだいさい!」と泣きつきながら裏庭の皿洗いに加わることになったのだった。
第二章の波乱は、今日も圧倒的なおにぎりの力によって、平和(?)に解決されていく。
第23話をお読みいただきありがとうございます!
隣国からやってきた傲慢な天才美食王が、零の塩むすびの一口で秒速で屈服し、まさかの弟子入り(皿洗い仲間)になってしまうというスカッと爽快な対決回でした。最強主人公の美味すぎる日常、次回はいったいどんな展開が待っているのか――? お楽しみに!




