第18話:空の上の美食対決、または「そこそこの隕石」の処方箋
こんにちは、小橋零です。
せっかく第二章の幕開けだというのに、ランチタイムの真っ最中に「美食魔王グラトニス」を名乗る謎の巨大グルメ隕石が降ってきやがりました。うちの神田の真上に落ちてきそうな勢いだったため、お盆を持ったまま空へ飛び立つハメになりましたよ。さて、宇宙の美食を語る変質者を、今日のランチの隠し味にしてやりますか。第18話、開幕です!
轟音を立てて大気圏を揺るがす巨大グルメ隕石の真ん前で、零はフワリと空中に静止していた。
地上から見れば点のような人間だが、その全身から放たれる全カンストのプレッシャーは、周囲の空間を歪ませるほどに圧倒的だった。
『な……っ!? 貴様、何奴だ! この宇宙を漂う究極の美食要塞・グラトニスに、生身の肉体で接近するなど正気か!』
隕石の表面に浮かび上がった巨大な魔王の顔が、驚愕に歪みながら怒声を張り上げる。
零は面倒くさそうに耳をほじりながら、空中で軽く肩を回した。
「うるさいねえ。こっちはちょうどお昼時で、店のテラス席が満席で忙しいんだよ。それに、お前が今落っころそうとしてるのは、俺が丹精込めて育ててる『黄金こまち』の神田の上だ。そんなところで盛大に爆発でも起こされたら、今日の夕方の仕込みに致命的な影響が出るだろ」
『神田……? 米だと……!? 我が名は全宇宙の美食の理を極めし魔王グラトニス! 貴様のような下等な炭水化物中毒者が、私の至高のグルメ芸術を邪魔立てするというのか!』
「グルメ芸術ねえ……」
零は呆れたように息を吐き出すと、空間収納から先ほどまで握りかけていた「特製・卵黄の醤油漬け塩むすび」をひょいと取り出した。
「お前、さっきから『至高の美食』とか言ってるけどさ、これ食ったことあんのか?」
『なんだそれは……たかが塩まみれの米の塊ではないか! そんなもの、我が美食の辞書には――』
「じゃあ、味見させてやるよ」
零がスナップを利かせてその塩むすびを軽く放り投げた。
ただの投げ技のはずが、全ステータス補正によって音速の二百倍を叩き出し、塩むすびは極超音速の弾丸と化してグラトニスの中枢核へと一直線に突き進んだ。
『ば、馬鹿な、そんな物理攻撃が――ぐおっ!?』
直撃――したかに見えた瞬間、塩むすびを包んでいた空間魔力が弾け、炊き立ての『黄金こまち』の甘みと、とろける卵黄の旨味、そして秘伝の岩塩の絶妙な塩気が、グラトニスの巨体(隕石)の内部へと一気に染み渡った。
「っ……!? こ、これは……!? なんという芳醇な旨味……! 炭水化物の甘みと塩気のバランスが、私の全味覚センサーを強制的にハックしていく……! う、旨い……だと……!?」
隕石の表面で、美食魔王グラトニスは目を見開き、信じられないものを見るような顔でガクガクと震え始めた。数千の星々を喰らってきたはずの魔王が、たった一個の塩むすびに味覚を完全に支配されてしまったのである。
「だろ? 人間、腹が減ってるときに食う塩むすびほど美味いものなんてこの宇宙には存在しねえんだよ。お前のそのデカい隕石も、要するに『うまい米を食うための器が足りてない』ってだけだ」
零が冷ややかにそう言い放つと、グラトニスは悔しそうに顔を歪めながらも、その巨大な質量を小さく縮こまらせはじめた。
『くっ……敗北だ……。まさか、たかが一個の塩むすびに、私の美食哲学が完敗させられるとは……。貴様、一体何者なのだ……』
「プロの異世界転生者で、兼おにぎり屋の店主だよ。ほら、もう用事が済んだなら、そのままいい感じの大きさに圧縮して、うちの店の裏庭の敷石にでもなりな」
零が軽く指をパチンと鳴らした瞬間、空間そのものが圧縮され、巨大なグルメ隕石はみるみるうちに小さくまとまり、ポーンと綺麗な放物線を描いて王都の裏庭の隅っこへと綺麗に着地した。
「ふう……これで午後の営業にも間に合うな」
零はパッと手を払い、満足げに頷くと、再び音速の突風を巻き起こしながら王都の店舗へと舞い戻っていったのだった。
地上で固まっていたルルとゼクシードの目の前に、ドスンと着地した零。
「お、お帰りなさいませ、零さん……! 今の光景、一体空の上で何が……?」
「ん? いや、なんか新手の食材が勝手に降ってきたから、裏庭の敷石にしといた。さて、午後の仕込みに戻るか」
何事もなかったかのようにエプロンを締め直す零の背中を見て、ゼクシードは冷や汗を拭いながら「さすが我がボス……宇宙の美食魔王すら食材の一部にしてしまうとは……」と、よく分からない感動に浸っていた。
第18話をお読みいただきありがとうございます!
宇宙の美食魔王すら塩むすびの前にひれ伏させてしまうという、相変わらずの最強無双っぷりを見せつけた零。しかし、第二章の動乱はこれだけで終わるはずがありません。次回、さらなる予期せぬ客人が『おにぎり処・零』の扉を叩く……!?




