外伝第3話:近衛騎士団長の苦悩、そして究極の朝食
こんにちは、小橋零です。
店がオープンして以来、王都の住民だけでなく、まさかの国を揺るがす要人たちまでが連日のようにおにぎりを求めてやってくるようになりました。今回は、かつて王国の威信を背負い、今や「零のおにぎり」の虜になってしまった不遇の男――近衛騎士団長にスポットを当てた、香ばしくも切実なお話です。外伝第3話、開幕です!
朝の凛とした空気の中、王都のメインストリートをカツカツと重い足音が響いていた。
その主は、王国の治安と最高戦力を一手に担う近衛騎士団長、ガルドである。彼の眉間には、いつの頃からか深いシワが刻まれていた。
それは魔王軍との戦いのストレスによるものではない。――毎朝、「おにぎり処・零」の行列に並ぶべきか否かという、大いなる政治的葛藤によるものだった。
(くっ……! 今日もすでに店の前には長蛇の列ができている……! あの最後尾に並べば、午前中の騎士団の朝練に確実に遅刻してしまう。だが、行列を無視して割り込んだりすれば、あの伝説の勇者殿から「マナーがなってないね」と呆れられ、二度とあの塩むすびを売ってもらえなくなるかもしれない……ッ!)
ガルドは身に纏った銀色の鎧をガチャガチャと鳴らしながら、店の数十メートル手前で苦悶の表情を浮かべて立ち止まっていた。
一国の騎士団長としての威厳か、それとも一個の人間としての食欲か。答えは明白だったが、彼のプライドがそれを素直に認めさせることを許さなかった。
「おや、団長殿ではありませんか。こんな朝早くから、王都の警備ご苦労様です」
背後から声をかけられ、ガルドはビクッと肩を跳ねさせた。振り返ると、そこには昨夜まで遅くまで書類仕事に追われていたはずの宰相が、なぜかマイボトルを片手にスッキリとした顔で立っていた。
宰相はガルドの視線の先にあるレンガ造りの店舗を確認し、ふふんと鼻で笑った。
「ほう、今日も並んでおられるのですな。さすがは団長殿、情報が早い。しかし残念でしたな、今日の先頭グループには我が部下の者がすでに陣取っております。貴殿が今から並んでも、限定二〇食の『特製・神田の新米定食』にありつけるかどうか……」
「なっ……! 宰相閣下、貴殿もか!? 国家の重鎮たる者が、朝から並んでおにぎりを食うなど、王国の体面に関わるとは思わんのか!」
「何を言っておるのです。あの『おにぎり処・零』の塩むすびを一口でも食べれば、日々の激務による疲労物質など一瞬で蒸発し、魔力効率が三割増しになるというデータが王立魔術研究所から出ているのをご存知ないのですか? つまり、これはれっきとした『国家防衛および業務効率化のための戦略的朝食』なのです!」
理路整然と(そして非常に自分勝手に)おにぎりの正当性を説く宰相の顔は、完全にただの食いしん坊のそれだった。
ガルドはぐぬぬと歯噛みした。反論したいが、実のところガルド自身も、前日の夕方に食べた塩むすびのおかげで、ここ数年来悩まされていた腰痛がすっきりと治っていたという秘密があったのだ。
「……くっ、仕方のない男だ。そこまで言うなら、今日のところは共同戦線を張るとしよう。貴殿、私の後ろに並ぶことは許可する」
「おや、それは心強い。では、さっそく列に加わりましょうぞ」
二人の国家最高幹部が、まるで一般の市民に混じってコソコソと行列の最後尾に並ぶ姿は、王国が見たらひっくり返るようなシュールな光景だった。
しかし、その行列の先頭では、すでに戦闘態勢ならぬ開店態勢を整えた零が、爽やかな笑顔で湯気を立ち上がらせていた。
「はい、お待たせしました! 本日の『特製・世界救済塩むすび』と、出来立ての豚汁セットになります!」
カウンターの向こうで、零が手際よくお盆に料理を並べていく。
順番が回ってきたガルドと宰相は、カウンターの前に立つやいなや、直立不動の姿勢で深々と頭を下げた。
「「お世話になっております! 本日も最高の一品をよろしくお願いいたします!」」
「おっ、団長に宰相さんじゃねえか。毎度あり! ほら、湯気が逃げないうちに早く食いなよ」
零から差し出された木皿の上には、ふっくらと輝く三角のおにぎりと、具だくさんの熱々な豚汁が鎮座していた。
ガルドは震える手で塩むすびを持ち上げ、大口を開けてガブリとかじりついた。
瞬間――パリッとした海苔の食感の後に、ホロリとほどけた極上の米の甘みと、ガツンと脳天を直撃するような岩塩の旨味が、ガルドの味覚を完全に支配した。
「う、旨い……! これだ……これなのだ……! この塩加減が、私の荒んだ騎士魂を優しく包み込んでくれる……!」
隣で同じようにおにぎりを頬張っていた宰相も、「うおおお、今日も仕事が頑張れるぞい!」と感涙にむせんでいる。
戦場を駆け抜け、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男たちが、たった一つのおにぎりにこれほどまでの魂を揺さぶられている姿は、まさに究極の平和の象徴だった。
「ごちそうさました!」
食べ終わると、ガルドは金貨をポンとカウンターに置き、満足げな顔で胸を張った。
「よし、英気は養われた! 本日の午後も、王都の平和と零殿のおにぎり屋の安全は、この近衛騎士団が完璧に守り抜いてみせる!」
「いや、そんなに大げさにしなくていいから。ただの定食屋だからさ」
苦笑いする零を背に、ガルドと宰相は、足取り軽く職場へと戻っていくのだった。
外伝第3話をお読みいただきありがとうございます!
国のトップである騎士団長と宰相が、おにぎりを食べるために必死になっている姿を描いてみました。最強の主人公が生み出す日常は、周囲の人間を少しずつ(いい意味で)ダメにしていくのかもしれません。外伝はまだまだ続きます! 次回もお楽しみに!




