外伝第1話:裏庭の神田と、忘れられた魔王の末路
こんにちは、小橋零です。
数々の理不尽な強制送還やシステムエラーを乗り越え、ついに手に入れた「完全フリーダム・永住パス」のおかげで、王都の一等地にあるレンガ造りの店舗『おにぎり処・零』は連日大繁盛……といいたいところですが、スローライフとは案外忙しいものです。今回は、本編では語られなかった裏庭の「神田」の秘密と、かつて秒速で宇宙の彼方に飛ばされたあの魔王たちのその後のエピソードをお届けします。外伝第1話、開幕です!
朝五時。王都の空がまだ薄っすらと青みを残している頃、零はすでに店の一階カウンターではなく、裏庭の神田に立っていた。
手には手ぬぐい、足元はずっしりとした長靴。一見すると、どこにでもいる実直な農夫の姿だが、その内実は全ステータスがカンストしている元最強のプロ勇者である。
「うーん、今朝の土の湿り気は絶妙だな。神級農園パスポートの効果もあってか、雑草一本生えやしない」
零が独り言をつぶやきながら、黄金色の稲穂の合間に手を差し入れると、稲たちが喜ぶようにサラサラと葉を揺らした。
この神田から取れる米――「黄金こまち」は、ただの米ではない。一粒一粒に魔力と大地の祝福が凝縮されており、炊き上げると周囲一帯が芳醇な甘い香りに包まれるという反則級の食材だ。本編で零が「原材料費と手間に神々の加護が乗っかってる」と言っていたのは、決して誇張でも冗談でもなく、文字通りの事実だった。
「おや、旦那。今朝も早いねえ」
声をかけてきたのは、裏庭のフェンスの向こうを通りかかった近所のパン屋の店主のおじさんだ。毎朝、零が早起きして畑を手入れしている姿を見かけるのが、この地区のちょっとした日課になっているらしい。
「おう、おはようございます。朝露がついているうちのほうが、稲が一番リラックスしてるんでね。それに、今日の仕込みはいつもより多めにしないと、昨日のうちに近衛騎士団がごっそり買い占めていっちまったからさ」
「ははは、あの騎士団長殿ですら、あんたのおにぎりの虜だからなあ。王都のグルメの間じゃ、『零のおにぎりを食わずして人生を語るなかれ』なんて大層な噂が立ってるぜ」
パン屋のおじさんがからかうように笑うと、零は「やめてくれよ、ただの塩むすび屋だよ」と照れくさそうに頭を掻いた。
しかし、その穏やかな日常の裏で、かつて零に文字通り「秒殺」された者たちは、今頃まったく違った人生(?)を歩んでいた。
場所は変わって、星屑の彼方――かつて12回目の世界で、零に大理石の破片を投げつけられて宇宙の彼方へ吹き飛ばされた魔王ガザルドの城の跡地。
正確には、城は跡形もなく消滅し、現在はだだっ広いクレーターになっている。
「くっ……! いててて……!」
ゴロゴロとクレーターの底を転がり回っていたのは、全身をアダマンタイトの鎧で固めた巨漢、元魔王ガザルドその人だった。
あのとき、音速を超えた大理石の破片に胸元を貫かれ、星空の彼方へ一直線に飛ばされたガザルドだったが、魔王としての耐久力(と運の良さ)が奇跡的に働いたのか、数ヶ月かけてボロボロになりながらもこの世界へ生還を果たしたのである。
「あの黒髪の人間……あれは一体何者だったのだ……! アダマンタイトの鎧が、まるで豆腐のように……ぐぬぬ、我が魔王軍の栄光がぁ……!」
ガザルドが地面を叩いて悔しがる。しかし、彼の周囲にはかつての配下たちの姿は一人もいない。幹部たちはすでに全員降伏し、王都の復興事業で道路工事の石割りに従事させられているのだ。魔王軍は綺麗さっぱり解散していた。
「おい、そこのデカブツ。いつまで地面でジタバタしてるんだい」
冷ややかな声とともに、目の前に一人の少女が立っていた。
彼女は、かつてガザルドの城へ突入してきた聖騎士団の一人であり、現在は王国から派遣されてこの一帯の治安維持にあたっている女性騎士だった。
「な、なんだと! 私は魔王ガザルド――」
「はいはい、元魔王ね。王都の裁判で『懲役百年、ただし道路舗装の重労働に従事する場合は半減』って判決が出てるでしょ。ほら、さっそくこのトロッコに石を積み込みなさい。今日中に北区画までの道を通せるようにしないと、お昼の『おにぎり処・零』の配達馬車が通れなくなっちゃうんだから!」
「なっ……! あの人間の店のために、私が道路工事を……!?」
「文句があるなら、あの黒髪の怪物に直接言ってきたらどう? あ、でも、行ったらまた秒殺されるだけだと思うけど」
女性騎士に冷たく言い放たれ、ガザルドはガクッと膝をついた。かつての絶対君主としての威厳は完全に粉々に砕け散り、今や彼の最大の関心事は「いかにして今日のノルマをこなし、王都で一番美味いと噂の塩むすびの列に並ぶか」という、人間界の労働者らしい切実なものへと変化していたのだった。
そんな世界の裏事情などつゆ知らず、零は裏庭での収穫作業を終え、爽やかな朝の風を受けながら店へと戻ってきた。
「よし、最高の『黄金こまち』が獲れた。それじゃあ、今日も元気に最高の塩むすびを握りますか!」
竈に薪をくべ、霊水を張った大釜に米を投入する。フタの隙間から立ち上る湯気は、今日も今日とて完璧な香りを放ち、王都の一日の始まりを優しく包み込んでいくのだった。
外伝第1話をお読みいただきありがとうございます!
本編では秒速で退場した元魔王ガザルドの、ちょっとシュールな労働生活をお届けしました。最強主人公の周りでは、敵ですさえも最後はおいしいおにぎりの虜になっていく……という平和な世界観を楽しんでいただけたなら幸いです。外伝はまだまだ続きます! 次回もお楽しみに!




