第2章 何でも屋は夜が遅くて朝が早い【4】
休憩の時間。アイレーが持って来たレモネードでひと息ついた頃、執務室にトラインが入って来た。
「ホーキンズ家の誕生日パーティの招待状が届いております」
「ああ、ハディの……。それは欠席できないですね」
「無理にとは申しませんが……」
「大丈夫。出席で返事を出しておいてください」
「かしこまりました」
いままで、社交界からのパーティの招待状は何通も届いていた。シリルは曲がりなりにも爵位を持つ貴族であり、父の築いた事業もある。ラト家とコネクションを持ちたいと思う家もあるだろう。しかし、シリルにはパーティに出席する余裕がない。もちろん、ラト家でパーティを開催することもない。現在のラト伯爵家は、社交界から完全に取り残されていると言っても過言ではないだろう。
「貴族って大変ね」メリフが言う。「一般庶民万歳だわ」
「うーん……確かに、生まれる家を間違えたとさえ思ったことがあるよ」
「あら、シリルでもそう思うことがあるのね。意外だわ」
「そう……?」
「与えられたものに疑問を持つことはないと思っていたもの」
メリフは頬杖をつき、なんでもないことのように言う。シリルは思わず苦笑いを浮かべた。
「ええ……そんなことないよ。庶民の暮らしのことは知ってるし、正直、テーブルマナーを習っているときは、カトラリーを全部ぶちまけたい気分だったよ」
「そのときの鬱憤を、いまナイフを落とすことで晴らしているのね」
「いや、それは……」
「冗談よ」
またメリフは悪戯っぽく笑う。シリルを揶揄って楽しんでいるように見えた。それは自分と親睦を深めるためなのかもしれない、とシリルはふとそんなことを考えた。
「ちなみに、ホーキンズ家ってどんな家?」
「えっと……長男のハディが僕の従兄で、現当主が婿入りした僕の叔父なんだ」
「なるほど。確かにその招待はお断りできないわね」
「うん。……メリフとロスは、何でも屋だけど……この領地のことはあまり詳しくないんだね」
「何でも屋だからこそ、かしらね」
アイレーにグラスを返しながら、シリルは問いかける視線をメリフに送る。
「いろんなところに行くから、その都度、情報を調達するの。必要のなくなった情報は頭から消すこともあるわ」
「どこまで遠くに行ったことがあるの?」
「地図の端から端まで移動したこともあるわ。まったく文化の違う国に行ったこともあるのよ」
「へえ……面白そう。僕はこの領地のことしか知らない」
シリルは他国どころか、ラト伯爵領の外へ出たことすらない。ふたりのようにどこにでも行けるのは、少し羨ましいような気もする。しかし、自分が知らない土地に順応できるかと考えると甚だ疑問だった。
「じゃあ今度、異国の料理を作ってあげましょうか」
「うーん……毒を盛られたら困るからいい」
「あら! シリルは毒を盛るまでもないわ!」
「ええ……怖い……」
眉尻を下げるシリルに、メリフはまた悪戯っぽく笑う。シリルは、これも自分と親睦を深めるための言葉なのだろうか、と考えてみる。それでも恐怖を懐くことに変わりはなかった。




