第2章 何でも屋は夜が遅くて朝が早い【3】
情報収集に向かうロスを見送ると、執務室に向かうシリルにメリフが続いた。並んで歩いていると、メリフの頭はシリルの肩の下辺りにある。ロスは身長が高く、シリルより頭半分ほど上だ。
「メリフは調査に行かないの?」
「こうしてシリルにくっついて屋敷にいないと、ラト家のことはわからないでしょ? 互いのことを知らないと、信頼関係は深まらないのよ」
「ふむ……」
シリルはここしばらく、親族と屋敷の使用人以外の者とはほとんど関わり合いがなかった。他人と信頼関係を結ぶ方法など思い付かない。それが顔に出ていたのか、いい、とメリフが人差し指を立てる。
「一番に簡単なのは、相手に質問をすることよ。何か疑問を持ったら訊いてみるといいわ」
「そう……」
「なんでも訊いてごらんなさい?」
メリフは左目を瞬かせ、優しい口調で言う。えっと、とシリルは必死に頭を動かした。いざ質問しようと思うと、様々なことが頭の中を忙しなく巡る。そのどれもが碌な質問ではないような気がして、どうにか無難な質問を引っ張り出した。
「じゃあ……メリフはいくつなの?」
「あら! していい質問としちゃダメな質問をまだ弁えていないようね!」
「ええ……なんでもって言ったのに……」
困り果てて眉尻を下げるシリルに、ふふん、とメリフは悪戯っぽく笑う。シリルを困らせることを楽しんでいるようにも見えた。
「あたしは別にいいけど、他のレディにはその質問はしちゃダメよ」
「レディに年齢を訊くのは失礼って話?」
「どうして失礼かわかる?」
「え、えっと……わからない、かな……」
自信を失い徐々に声がしぼんでいくシリルに対し、メリフは快活に人差し指を突き立てた。
「社交界において、女性は二十歳を超えると行き遅れって言われるからよ」
「ん、そうなんだ……。でも、メリフはまだ十代でしょ?」
「うふ、そう見える?」
メリフが意味深に笑う。引き続きシリルを困らせることを楽しんでいるようにも見えるが、人の表情が読めないシリルにとってその含みを感じる言葉は少々居辛さを覚えさせた。
「えっと……敬語のほうがいいかな……?」
「どうかしら」
やはりただ楽しんでいるようだ、とシリルも曖昧に笑う。メリフが本当に十代なのか違うのかはわからないが、それを追及する必要もないだろう。メリフが行き遅れかどうかは、シリルには関係のないことだからだ。
執務室に行くと、机には相変わらず書類が積まれていた。トラインが片付けてくれた書類もあるようだが、ラト家現当主であるシリルが確認しなければならない書類がこうして山を作るのだ。シリルに自分の実力不足を見せつけるような光景である。
書類も片付けなければならないが、領地経営の引き継ぎのために各町の代表者が屋敷を訪れるのも対応しなければならない。急ぎの要件を優先させつつなんとかこなしているが、伯爵領は広い。中には調整に何日もかかることもあるため、半年が経ったいまでも完全には終わっていない。
とは言え、今日は応対の予定はない。書類整理に集中することができるだろう。
「シリル、そこじゃ枠から外れちゃうわ」
正面から書類を覗き込んでいたメリフが、判を押そうとしていたシリルの手を止めた。多少のずれは許容範囲内だが、どうやら大きく外れていたらしい。背中を丸めて目を近付け、正しい位置に押印する。
「ありがとう。判子がズレると書き直しになるんだ」
「正式な書類は写しにできないし、鉛筆では書けないものね」
「うん……。万年筆のインクも消せるようにならないかな」
「そんな物が開発できたら、間違いなく成金貴族になれるわね」
それから、メリフに度々指摘されながら書類を片付けて行く。間違えて書き直すことが多いシリルにとっては、非常に優秀な補佐である。いつもはトラインが手を貸してくれるが、トラインはずっと執務室に居られるわけではない。メリフの手助けによって、いつもより多くの書類を「確認済み」に送ることができた。




