第2章 何でも屋は夜が遅くて朝が早い【2】
ダイニングに行くと、ロスとメリフはシリルの席の斜交いになる席に着いていた。トラインに促されたのだろう。向かい合う形になるとシリルが萎縮することをトラインは知っているのだ。
「おはようございます」
「ああ」
「おはよう!」
ロスの手には書類がある。自分たちで集めて来た情報をまとめているのかもしれない。そうしていると、ロスには知性が感じられるような気がした。とは言えシリルは、自分より知性のない人間はこの世にはいないと考えているのだが。
「何か情報は集まりましたか?」
「家主の情報を集めることほど楽なことはないな」
肩をすくめるロスに同調するように、メリフが口を開いた。
「グレンジャー男爵家。シドニー・グレンジャーはその長男で、弟がふたり、妹がひとり居るようね」
「シドニー・グレンジャーの母親は六年前に事故死している」ロスが次ぐ。「男爵位は次男が継いで、シドニー・グレンジャーはラト家の事業に就くようだ」
「シドニー・グレンジャーと次男は未婚」と、メリフ。「三男は既婚。末妹はまだ学生みたいね」
ふたりの報告は、シリルにとって簡潔でわかりやすいものだった。シリルの理解力が当てにならないことに気付いて、シリルにもわかるようにまとめていたのかもしれない。ロスとメリフならそれが可能なのだろう、とシリルは考えていた。
「これくらい、お前も知っているんじゃないか?」
「……どうでしょう。知っているようで、知らないような……」
シリルは曖昧に呟く。まるで脳が惰眠を続けているような感覚で、はっきりと答えることができない。ぼんやりするシリルに、ロスは軽く肩をすくめた。
「さすがに一晩ではこれが限界だ。本格的な調査はこれから行う」
「わかりました」
本格的な調査が何をすることなのかシリルにはわからないが、きっと簡単なことではないのだろうことだけは理解できる。何でも屋を名乗るだけあって、ふたりには難しいことではないのかもしれないが。
アイレーが食事を運んで来る。正直なところ、シリルは誰かと食事の席をともにするのが苦手だ。マナーは子どもの頃から習っているため身に付いているが、シリルはとにかくそそっかしい。案の定、グラスを倒した拍子にナイフを床に落として、そそっかしいわね、とメリフが呆れていた。アイレーはもう慣れたもので、さっと布巾を持って来て手早くテーブルを拭き、素早く替わりのナイフを差し出す。シリルが倒すので底の厚いグラスを買い揃えたが、それでもシリルは手を引っ掛けて倒す。自分が倒さないようにするのは無理だろうと考えているため、ロスとメリフにも早めに慣れてほしいとシリルは思った。
「……あの……」
食事が進む中、シリルは恐る恐る口を開いた。これから自分が言うことに自信が持てない。ロスとメリフは、先を促すようにシリルに視線を遣る。どこかシリルを気遣っているような雰囲気が感じられた。自分が萎縮しないようにしてくれているのだろう、ということはシリルにもわかった。
「ついでで構わないのですが……“テリー・ノーマン”を探してほしいんです」
ロスとメリフは顔を見合わせる。厚かましかっただろうか、とシリルが視線を落とすと、いいわ、とメリフが優しく頷いた。
「どんな人?」
「……わからない」
シリルが俯くと、メリフは怪訝に首を傾げる。ロスは冷静にシリルの次の言葉を待っていた。
「名前しか覚えていないんです。でも……探さなければならないんです」
いま口にできる確かなことはそれだけだった。これ以上の言葉をシリルは持ち合わせていない。それでも、ロスとメリフに咎める様子は見られなかった。
「ふうん……テリー・ノーマンね」メリフが言う。「わかったわ。人探しは何でも屋の得意分野よ」
シリルはほっと安堵に胸を撫で下ろす。聞き入れられないのではないかと思っていたからだ。何でも屋という肩書きは伊達ではないらしい。ふたりに任せておけば問題ない。ふたりは、そう思えるほどの充分な自信を湛えていた。
それから、食事は和やかに進んだ。シリルとの信頼関係を築く一環か、メリフが依頼とは関係ない、ただの世間話を口にする。シリルは曖昧に答えることが多かった。なにせ、シリルがこの屋敷を出ることはほとんどない。屋敷の外について、シリルが知っていることはほとんどなかった。それでも、メリフは穏やかな空気を崩さない。それがシリルにはありがたいことだった。




