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『結婚式の夜に夫の愛人の妊娠を告げられましたが、すでに準備は整っております』  作者: 白昼夢
第二章 檻の中の猛獣、牙を剥く

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7.沈黙の婚約、あるいは檻の中の祝杯

7.沈黙の婚約、あるいは檻の中の祝杯




バルトが去った後の屋敷は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。



あれほど騒がしかったエドワードの取り巻きも、本家からの監査の目も、セドリックという巨大な影によってすべて一掃された。


使用人たちも、セドリックが「選別」した者たちに入れ替わっている。彼らは皆、影のように静かで、わたくしと目が合えば深く頭を垂れるが、その口から余計な言葉が漏れることは二度となかった。



「アメリア様。……少し、お疲れのようですね」



夕闇が部屋を浸食し始めた頃、セドリックが音もなく現れた。

その声は、かつての忠実な従者のそれよりもずっと甘く、微熱を帯びた蜜のようにわたくしの耳を打つ。


彼は寝室の長椅子に横たわるわたくしの傍らに跪いた。その手つきは、風に触れれば散ってしまう大輪の薔薇を扱うかのように慎重で、もどかしいほどに丁寧だった。



「……ええ。少し、夢を見ていたようですわ。昔、実家の庭で本を読んでいた頃の……」



わたくしの言葉に、セドリックの指先がわずかに強張る。

彼は、わたくしの過去さえも羨んでいるのだ。自分と出会う前のわたくし、自分以外の何かに心を躍らせていたわたくしを。



「私のいる現実よりも、幸福な夢でしたか?」



その問いに含まれた、子供のような切実な怯え。

彼は、わたくしの生活のすべてを支配しているようでいて、その実、わたくしの心が自分以外の何かに向くことを、死ぬほど恐れている。わたくしがふとした拍子に、この「檻」の不自由さに気づき、自分を嫌いになるのではないかと、その身を震わせているのだ。



セドリックはわたくしの細い指先を一本ずつ、祈るような仕草で口づけを落としていく。



かつての「主への敬意」は消え失せ、そこにあるのは、飢えた獣が自らの唯一の神を見出したかのような、剥き出しの求愛だった。



「アメリア様。……本当は、あなたをこの屋敷の奥底に隠してしまいたい。誰の目にも触れさせず、あなたの呼吸、あなたの視線、そのすべてを私だけのものにしておきたいのです。……そうすれば、私はもう、何も怖くはないのに」



彼の手が、わたくしの首元の真珠に触れる。


その瞳は、暗い情念の淵で揺れていた。



「けれど……同時に、私はあなたのその気高さを愛している。知性に溢れ、毅然とバルト兄上を退けたあの時のあなたの輝きを、この暗い檻の中で枯らしてはならないことも分かっているのです。……私は、どうすればいい?」



セドリックは、自らが生み出した矛盾に苛まれていた。


わたくしを独占したいという「支配欲」と、わたくしに自分らしく、美しくあってほしいという「献身」。その二つの感情が、この冷徹な怪物を内側から引き裂いている。



「アメリア様。あなたがもし、鳥籠の外へ行きたいと願うなら、私は世界を焼き払ってでもあなたの道を作りましょう。あなたが望むままの『自由』を、血に染まった手で差し出しましょう。けれど……」



彼は言葉を詰まらせ、わたくしの膝に顔を埋めた。



「その先で、あなたが私を忘れて笑うのだとしたら。……私は、生きてはいけない」



その背中は、あまりにも孤独で、あまりにも危うく見えた。

わたくしを支配しているはずの男が、その実、わたくしという存在に魂の首輪を繋がれている。



わたくしは、思わず彼の柔らかな髪に指を差し入れ、ゆっくりと梳いた。



「セドリック。……わたくしは、今、とても自由だわ」



「……自由、ですか?」



顔を上げた彼の瞳は、縋るような光を放っている。



「ええ。エドワード様の暴力に怯えることも、伯爵家の顔色を窺うこともない。あなたがわたくしのために整えてくれたこの静寂の中で、わたくしは初めて、自分の意思で呼吸をしていると感じているのよ。……わたくしを自由にしたのは、あなたよ、セドリック」



それは、毒を含んだ甘い嘘でもあり、救いようのない真実でもあった。

セドリックの執着は確かに重い檻だが、その檻こそが、わたくしを醜悪な外界から守る、世界で最も贅沢な聖域なのだ。


セドリックの瞳に、じんわりと熱い光が浮かぶ。


彼はわたくしの幸福だけを願い、そのために自分の欲望さえも御そうと苦しんでいた。



「……あなたが幸せであれば、それでいい。私のエゴがあなたを苦しめているのであれば、いつでもこの喉を掻き切って詫びましょう。……ですが、あなたがここにいてくださるなら。私は一生をかけて、あなたを世界で一番幸福な女性にしてみせます」



彼はわたくしの手を両手で包み込み、新たな指輪を薬指へと滑らせた。


ハミルトン家の意匠ではない。

彼自身の瞳の色によく似た、深く澄んだサファイアが、月の光を受けて青白く輝く。



「アメリア様。これからは、二人で新しい歴史を書きましょう。……あなたを傷つけるものは、私がすべて消し去ります。たとえ、それが私自身の醜い独占欲であったとしても」



窓の外では、夜の雨が音もなく降り続いていた。


倉庫から聞こえたあの叫びも、バルトの冷ややかな嘲笑も、今はもう、深い霧の向こう側だ。


わたくしは彼を引き寄せ、その冷たい頬に自分のそれを重ねた。

溺愛という名の檻。


セドリックという名の怪物。


わたくしは、その檻の鍵を自らの手で深い海の底へ投げ捨て、彼が差し出す至上の安らぎの中に、静かに沈んでいくことを選んだのだった。



(第2章 第7話 完)





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