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怨嗟と決着とエリアボス




伸ばしかけた手は那美さんの手を握ることなく、ただ虚しく闇を掴む


目の前に居たはずの那美さんとクラスメイト達の姿が見えない。黄泉もゲンコツババアもいない


それだけじゃない、起き上がり当たりを見回しても、辺り一面光ひとつない暗闇が広がっている


月と星の照らす、儚いながらも美しい場所にいたはずなのに今はその影も形も存在しない


何もない、そんな闇の中にただ一人


孤独が染め上げるように心が冷えていく


さっきまで感じていたはずの暖かな想いも、まるでロウソクの火を吹いたように消えて無くなってしまった


そんな心に追い打ちをかけるように、声が聞こえる


姿は見えない、しかし声だけが確かに響いている

呻くような、啼いているような怖気の走る恨みの籠った声


ソレはずっと聞くのを拒み、耳を塞いでいたモノ

抑え込んでいた闇(怨嗟)の声


『ユルサナイ、ユルセナイ』

『コロセ、コロセ』

『ウラヤマシイ、ウラメシイ』

『カエセ、カエセ』

『ヒトデナシ、ヒトデナシ』

『ナンデ、オマエバッカリ』


染み付いたこの怨嗟は今の俺の身体を構成する肉体の元(・)の(・)持ち主達


恨んで当然、とは言いたくない

俺とて被害者だ、それを生き残ったと言うだけでここまで呪われる筋合いはない


本当ならとうの昔に死んでこの声達と同じようになっていたはずだ


けどそうはならなかった


俺は生き延びた、コイツらの肉体を己の物にして何の因果かは知らないがそれが事実だ


その後何度も死に目にはあったというか死んでいる。けれど俺は生きている


それはこの怨嗟の声の主たちが、俺を生かし続けているから、考えずともそこは分かっている


生きていて欲しいという暖かな想いではなく、苦しみ続けろという冷たい想いによるものなのは間違いない


だから死ねない、死ぬ事を許されない


そして何より俺が幸福である事を絶対に許さない


継ぎ接ぎの身体に人の皮を被せて蓋をして

心の中には怨嗟が蔓延る


俺は本当に、人間として異質だ


いや、そもそも既にこの身体になった時点で人間ですらないか・・・


とめどなくかけられ続ける怨嗟の声に包まれ、染まるように心は冷たくなっていく


そんな状況から逃げるように、耳を塞ぎ何も無い暗闇を歩く


そこに光がないとしても



─side那美─



彼が私の手を取ろうと腕を伸ばした瞬間


全身から吹き出すように黒いナニカが溢れ出した


咄嗟の事ですぐに動くことは出来なかったけど、オルフィリアさんが私を担いで避難してくれた


「どうして!?」


彼の意識は保ったままだったし、発作が起きた様子もなかった、なのにどうして?


オルフィリアさんがポツリと


「ちょっと頑張りすぎたかもしれないねぇ」


と私を担いだままそんな事を口にする


「どういう事ですか?」


神至くんから距離を取った所でオルフィリアさんに降ろされる


視線は彼に向けたまま私の質問に回答してくれる


「アイツの身体の事は聞いてるね?」

「はい、知ってます。色々混じってるって事くらいですが」

「今はその認識でいいさね、その体だけど。怨念とも言える想いが残っちまってるのさ、だからああなる」

「発作とは関係ないって事ですか?」

「関係ないって訳じゃないさね。普段はずっとあの闇を常に抑え続けてる。でも発作が起きたり疲れたりすると抑えられなくなって出てきちまうのさ」


そこまで聞いて理解が及ぶ、彼の抱える物の一端はある意味呪いみたいなものなのだと


仮に呪いだとすれば彼が呪いに対して異常なまでに対応力が高いのも納得がいく


常に自分を呪われているような物なのにそれを感じさせない程に普段はそれを抑え込んでいる訳だ


たぶん今はそれが出来ない程に、彼が疲れ果てているということなんだと思う


でもどうしてあのタイミングで───


目の前の光景に思考が途切れる


彼の体から吹き出る闇がぶくぶくと大きく膨れ上がるように巨大化してその形を変えていき


物の数秒で見上げる程大きくなった


発作を起こした時に見た触手とはまた違う異形の姿


獣や人或いは魔物と言った、ありとあらゆる生物を継ぎ接いだ様な姿形


輪郭は人間と同じ形をしているけど四足歩行で獣にも見える


輪郭が定まったからだろうか、黒い体表がボコボコと動き出しその形を完成させる


全身から生える無数の手足、その隙間を埋めるように至る所に付いている目、一部獣の様な毛髪も生えているがその先には様々な形の耳が生えている

そして顔にあたるであろう所に大きく裂けた様な歪な形の口が付いている


身の毛のよだつ、あまりに醜いその姿に目を逸らしてしまう


「目を背けたくなるのも分かるさね、でもアレがアイツの身体の在り方だ。とりあえずどうにか止めないとだねぇ」


「なんだよ、どうなってんだよコレ・・・」


オルフィリアさんの言葉を聞きながら、視線を背けた先に私とは別方向に逃げたディルくんがいた


立ちすくんだ様に棒立ちで、恐れるように彼を見ているその様子から、たぶん理解が追いついていない


他のみんなも恐らく同じような感じだと思う、クラスメイトの皆が立ちすくんでただ姿を変えた神至くんを見ている


どうにかしないと、と逸る気持ちに背中を押される様に弓を構えもう一度異形に目を向ける


怖い、恐ろしい、醜い、気持ち悪い

そんな感情が心の中で渦巻いていると試すように、確かめるような声をかけられる


「まだ行けるね?」


それに私は───


「はい!援護します」


即座にそう答える


感情なんて後でいい、今は彼を戻す事だけ考えよう


「黄泉、クルトもうひと踏ん張りさね、クソガキをなんとかして叩き起すよ!」

「分かってるわよ!今やってる!」

「もはや加減は出来ないがね!」


姉とクルトさんがオルフィリアさんの声に応えるよりも早く既に攻撃を開始している2人


前見た物とはぜんせ違うのに、どうやって対処するのか分かっているかの様にその動きに淀みはない


経験の差が如実に現れている様に思える


「誰かフィー坊を叩き起しな、私らだけじゃ火力が足りないよ!」

「私が行きます!」


オルフィリアさんの言葉に深於ちゃんが応え動き始め、その様子を見たクラスメイトも遅れながらも行動を取り始める


迦倉さんはいつもと違い苦しそうな顔で銃を撃ち始め、その隣で月夜野さんが何かの詠唱を始める


宮本くんとディルくんは魔剣と神名の権能を用いて遠距離攻撃


姉とクルトさんは各々鎌と槍で近接攻撃をしている


攻撃を受けて黒い異形はその大きな口で声を発する


『テキだ、敵ダ、殺そう、コロソウ!』


子供の様な声と獣の唸り声の混じったような不気味な声


楽しそうにするその声は、明確に私たちを敵と見定め殺すつもりらしい


「そう簡単に、やられやしないさね怨念ごときに」


言うが早いか、オルフィリアさんが拳に魔力を纏わせ突撃していく


異形はそれに反応して黒い腕の塊を伸ばす


他の攻撃なんて気にも留めずに


避けもせずにまっすぐ突っ込み拳を打ち付けるオルフィリアさん


先程神至くんを飛ばした時と同じで、打ち付けた所に犬の様な形をした魔力が噛み付き、爆発してその腕の塊を散らす、だがそれで終わる事はなく次から次へと腕をいたる所から伸ばしていく


「っ!ハァ!」


魔力を番えた弓矢を放ち少しでもその数を減らす様に攻撃する


全員が全力で攻撃しているがどうにも効果が見えない


『テイコウする?、攻撃スる?、ナンデ?ボくはリキ人なの二、イタイ、イタイよ』


まただ、巨大で歪な口が口角を上げながら楽しそうに言葉を吐き出す


こちらの攻撃なんて全然効いていないのに、どの口がと悪態を着きそうになる


「神至起きろ!起きてくれ!」


発作と同じような状況であるからか縋るような声でディルくんが叫んでいる


けど明確に今回は違うと、遠目から見ている私には何となくわかった


発作で暴走した時は神至くんの顔が出ていたのに、今はどこにも見当たらない


内に潜む怨嗟という物が完全に表に出て来ているのだと思う


考えながら攻撃の手は止めない

けれど打開策も思い付かない


攻撃が効かない事に、一瞬嫌な考えが頭を過ぎるが振り払い異形を見据える


「面倒だねぇ全くさっさと起きな、クソガキ!」


既に懐に潜り込んでいたオルフィリアさん、下から突き上げるように大きな爆発が起こると異形の身体、その一部が消し飛ぶ


今有効打を与えているのはオルフィリアさんだけだ

他の攻撃は通らないのにどうして?


『う、ウウ、酷イ、ひドイよオバアちゃん』


「怨嗟にそう呼ばれたって嬉しかないね、さっさと身体をあのバカに返しな!」


怨嗟に言葉を返しながら続け様にもう一撃


自傷を省みないほど大きな爆発に異形が蹌踉めく


煙の中から土埃で汚れた姿で出てくるが、先程までと違い少し余裕が無さそうにも見える


「これはちと面倒さね、全然ダメージが入ってない」


独り言のように呟かれたその言葉の通り


黒い肉塊の一部が無くなったにも関わらず。即座に修復されていく、とても人間の再生力ではない


異形がその形を取り戻した後、無数の瞳がこちら側の全員をジロジロと見るように、その姿を確認するように蠢く


『テキ、クラすめイト?ぼクのたいセツな人タチ・・・ソウか、ソウダ、殺そウ、コロそう!マ(・)タ(・)コロソウ!ソシたら。りきヒトマタかな、しむ』


その発言に、その言葉に一瞬頭が真っ白になる


なんと言った?


カタコトの喋りであっても、明確に聞き取れた「また殺そう」というその発言


もしや彼が発作を起こす原因となった、彼女を殺したのはこの怨嗟なのではないか?


理解し時間が経つにつれ、心の底から怒りが湧いてくる


彼を苛む罪が彼の物で無く、この怨嗟の物であるのなら私はコレを許せない


要らぬ罪を彼に被せ、自分たちはのうのうと呪いを撒き散らすなんて、そんな事絶対に許せない


感情が吹き出るように怒りが満ちて、加減が少しブレる


弓に番える魔力が純粋な光だけでなく、闇の魔力が混じり混色の矢となる


感情が乗り様子の変わったソレを放つ


極光と宵闇、名付けるのであれば神技・混色ノ一矢『光闇(コウアン)』


撃ち放たれた光と闇の一矢


本来混じることの無い魔力が生み出したその一撃は異形の身体を貫き穿つ


『ギエエエエェェェ!!』


泣き声とも叫びとも取れる声を上げ異形はその場に崩れ落ちる


明確にダメージが入ったことでオルフィリアさんと姉から声がかかる


「へぇやるじゃないか」

「いいわよ那美!その調子でお願い!」


攻撃が効いた、賞賛された


けどその事を喜ぶよりも、ずっと強い怒りが私の中で渦巻いている


理由は分からないけど、攻撃が通るのなら私はコレを倒せる


その事だけに集中しまた弓を構え矢を放つ


何度も、何度も矢を放つ


相反する魔力によって手が灼かれようともとめどなく撃ち続ける


数発撃ち込む頃には、既に元の大きさの半分ほどまで小さくなり、神至くんの姿が見えるようになっていた


泣き腫らした様な赤い目元、色を映さない虚ろな瞳


悲しみを湛えたその表情をを見ただけ心が痛む


「これ以上、私の好きな人を傷つけないで」


コレが最後


残った魔力全てを注ぎ矢を放ち。彼に張り付くように足掻く異形を撃ち抜く


へばりつく異形を貫く矢

確実にダメージはあたえられた


たが残る全てを消すには至らなかった


討ち漏らした残骸が即座に修復を始め、また少しずつ肥大化していく


『ユルさない、こんナ、ヒドいこと、ユルサナイ』


口もないのに声が聞こえる


私に向けられた怨嗟の声に身がすくみ動けなくなる


それと同時に神名の力を維持できなくなり解けてしまう


それもそうだ、魔力全てを使い果たしたのだから、私に出来る事はもうない


肥大化を続けながらズルズルとこちらに向かってくる異形


みんなが攻撃して止めようとしているけどやはり効果は見えない


何もしてこなくなった事に気分が上がったのだろうか、治りかけの殊更歪になった口で言葉を吐きつけてくる


『ぶさイクなの、に、ちょウシにノルナ!』


過去の彼の発言を用いた暴言。それ私に向けて言うのか


後悔して丁寧に謝罪してくれた。その行いを無為にするような言葉にやはり怒りが湧いてくる


けれど力を使い果たした私は、その場でへたり込むだけで、何もする事は出来なかった


元の大きさの3分の1ほどまで回復した異形は、私に対して腕の塊を伸ばしてくる


「止まりなさい!」

「いい加減に沈みな!」

「止まれぇぇえ!」


皆が必死に攻撃するけれどやっぱり効果はない


止められず止まらず、伸ばされた手が私の眼前まで迫る


このまま掴まれ私は潰される。そう思い目を閉じ身を丸める。だけどそれよりも前に声が響いた


「|死すら灼き斬る不死鳥の聖焔《フレア・オブ・フェニクス》!」


いつもの語尾の無い友人の声

その言葉に誘われるように目を開き前を向くと真紅の焔と光を纏った斬撃が放たれ、異形の腕は灰も残さず焼き消えた


「すまない、遅くなった!」


私と異形のちょうど真ん中辺り、水龍に乗ったフィークスくんの声がした


距離としては10数メートルほとんど離れているけど、その距離を一瞬で焼き尽くす程の火力


なのに私には微塵も熱くなく、むしろ心地よい暖かさに感じられた


私が無事なのを確認すると、フィークスくんは水龍に乗ったまま異形へと向かっていく


それとは逆に真っ直ぐにこちらへ駆ける姿も目に入った


「那美!」

「深於ちゃん」

「怪我は無い?あの気持ち悪いやつに触られてない?」

「うん、大丈夫だよ。2人が助けてくれたから」

「良かったぁ〜」


安心したように声を出すと抱きしめられる

これで戦闘に参加していなかった2人が来てくれた。あとはきっと大丈夫だろうと思うと気が抜けて体に力が入らなくなる


「疲れたでしょ、休んでなさい。アイツならフィークスが何とかしてくれるわよ」

「うん、深於ちゃんも手伝ってあげて」

「任せなさい、ちょうど出てるしアイツの顔に一発ぶち込んでくるから」

「あはは、加減はしてあげてね」

「ええ、もちろんよ全力でやるわ。じゃあ行ってくるわね」


返事も聞かずに今度は逆方向へ走り出す深於ちゃん


私はその場に座ったまま後ろ姿を眺める


結局、何も出来なかったなぁ・・・・


心の中で渦巻く怒りと、何も出来なかった悔しさで少し情けなくなってくる


一人離れた所で戦う皆を眺めるだけ、無力感が募る心に、私はもっと強くなりたいと思った




───




戦況は芳しくないが進展していない訳でもなかった


那美の攻撃後、異形はその姿を小さくしたまま戻ることはなく。元のおよそ3分の1ほどのサイズの状態を保っている


フィークスは腕を切り落とした後、どう戦うか作戦を組み立てる為に、水龍に乗り上空から見下ろす形で異形と戦う仲間たちを見ていた


皆の攻撃はあまり効いてない?


俺の攻撃は通ったのに?


一斉攻撃しているはずなのにそのどれもが決定打に欠けている


唯一明確にダメージらしい物を与えているのはオルフィリアだけ


俺と婆さん、それ以外の違いは何だ?

先程と同様の焔を小出しにして異形の攻撃を阻止しながら思考を続ける


やはり俺の攻撃は通ると、焼けた腕らしき物を見ながら更に考える


普通の攻撃じゃ効かない、魔力無効化の影響か?

いや、それなら何故俺と婆さんの攻撃は───そういう事か


何かに気が付いたフィークス、上空から声を張り上げて友人に指示を飛ばす


「ディル!ありったけの魔力でコイツを凍らせろ!」

「っ!任せろ、やってやらァ!」


指示を受け気を張り直すディル

扱えるだけの魔力を暴走寸前まで引き出しその全てを魔法に変換する


「権能発現凍てつく世界(ニブルヘイム)!」


解き放たれた魔法は地を這い地面を凍らせ、その範囲を広げて行く


触れたものを全て凍らせるソレは、空気をも凍てつかせ異形の身体を覆いその動きを止めた


当然その隙を逃す手はなく黄泉が全員に号令を飛ばす


「止まった、チャンスよ!皆一気に叩きなさい!」

「長くは持たない!早めに頼む!」

「ああ、任せろ!クルト、アレ行けるか!?」

「なるほど、面白いやってみたまえ」


フィークスの言うアレにすぐ合点が言ったのだろう即座に巨大な水球を作り出すクルト


「黄泉さん、婆さん!5秒だけでいい、結界を!」

「何する気だい?」

「爆破で一気にぶっ飛ばす!」

「大丈夫なの?」

「深於が守ってくれるので大丈夫」


必要最低限の言葉だけ交わし異形に突っ込むフィークス


その様子を確認した2人は数日前と同じように断絶結界を張る


5秒間の結界の展開


息を合わせ解除まで行い結界が無くなると


そこにはもう殆どの怨嗟の塊はなく、力人の体にこびりつく様に、一部が残っているのみでソレは辛うじて地面に立ち呻いていた


『あ、アアア、アつイ、アツイイイイイ』


フィークスは空中に留まり、球体の様に体を丸めた水龍にその身を守られていた


中でどんな爆発が起きたのかはフィークス以外知る由もないが、焼け爛れ、抉れた地面がその威力を凄まじいものであったと物語っている


「次、行きます!」


結界が解かれ、皆が様子を見ている中

ずっと詠唱を続けていた輝夜が声を上げる


神名によりいつもとは様相の違う、黒い髪を靡かせながら最後の詠唱を紡ぐ


「『月の雫(月の姫の涙)』」


完成した魔法、それは空に浮かぶ月から一滴の雫を落とすもの


乳白色に輝く液体の様な魔力の塊が、ポタりと滴り落下する


小さな、ほんの指先ひとつ分くらいの小さな雫が怨嗟が動かす力人の体に触れた直後


那美の放つ矢とはまた違う、白く輝く極光の柱が立ち上がる


身を焼く程の光に、異形の残りは溶ける様に消えていき最後には何も残さず消滅する


「まだよ!攻撃止めないで!」


黄泉の声に呼応する様に銃声が鳴り響く

両肩と両腿を銃弾が鎧ごと撃ち抜き風穴を開けていく


「お膳立てはしてあげたわよ」


額に汗を滲ませながら尻尾の増えた稲見が次へ渡すように声を届ける


「二天一流、宮本参る!」


ソレを受け取り剣静が未だ倒れぬ力人の正面に立ち、身に纏う鎧を両手に握る2振りの刀を目にも止まらぬ速さで振るいその全てを斬り刻む


猛攻を喰らい続けた鎧は砕け、その下に隠していた傷だらけの身体を剥き出しにする


「っ!惨い」


銃創に獣の爪痕、刀傷に薬品による爛れ

そして何より目を引くのは心臓のある位置に残った肉を溶接したような歪んだ傷


そのあまりに傷だらけの身体に、剣静の手が止まり距離を取ってしまう


「トドメは任せなさい!」


それを交代と取ったのだろう、深於が入れ違いで力人の体の前に飛び出る。傷になど目もくれず、その虚ろな顔目掛けて全力の一撃を放つ


「神技『水龍雨穿(スイリュウウガチ)』」


水龍を腕に纏った一撃


いつかの日のように顔にめり込んだ拳は、その身体を大きく吹き飛ばす


幾度となくバウンドし、止まる頃には怨嗟は力なく地面に倒れ起き上がる事はなかった


数秒の沈黙の後ディルが言葉を溢す


「やった、か?」

「フラグを立てるのはやめときな、ディル坊それにまだ───」


オルフィリアが言葉を紡ぐのを遮る様に、那美を除く全員が地面に叩きつけられる


那美だけはブレスレットの効果で重力魔法の影響を逃れた


たがそれ以外の者は苦悶の声を上げ地に這いつくばる


力人が掛けた物とは違う、押し潰し圧殺する程に強力な重力


数名頭から叩き付けられ、流血しながらも抵抗を試みる者もいるが、それも虚しく更に重みは増していく


四つん這いになり壊れた身体を無理やり起こしながら、怨嗟は力人の身体を使い言葉を発する


「『イタイ、ユルサナイ、ミナゴロシ、ダ』」


元々聞こえていた怨嗟の声に力人の声が混ざった声


そこに楽しげな雰囲気はなく、ただ怨みだけが込められている


「ダメ、やめて!」


よろめきながら力なくゆっくりと近づく那美の声に怨嗟は力人の顔で口角を釣り上げる


「『マタ、コロソう。アノトキみたいニ』」


ボロボロになった身体を起こし手をかざす

指を立て狙ったように3人を怨嗟は自分の目の前に並べる


それは処刑を楽しむ為なのか、或いは友人の死を見せつける為なのか


十字架に張り付けられたように空中で固定されたのはディル、深於、フィークスの3人

上下左右、ありとあらゆる方向から身体を縛り付ける様に重力を掛けられている


那美を除けば力人が学園で最も親しくしている者たち


「『ハハッアヒャひゃヒャヒャ!』」


狂った様に笑い声を上げる


その間にも掛けられる重力魔法は強まっていき3人の体からミシミシと小さく音が鳴り出す


「ガッアアアア!」

「あああっ!!」

「ぐぅぅっ!!」


3人の叫び声が響く、他の者も重力を課されながらも必死に藻掻くが、1ミリたりとて近づくことができない


それが分かっているのだろう、ニヤケた顔で人差し指を高く掲げる怨嗟


見覚えのある動きに嫌な予感がし、助ける為に駆け出そうとして転ぶ那美


何も無いのに足がもつれて躓いた


痛みは軽い、ただの擦り傷だ。でも体が言う事を聞いてくれない


疲労感が全身を覆い重力魔法を掛けられている訳でもないのに地に伏せて動けない


されど諦めず、一縷の望みにかけるようにできる限りの声で叫ぶ


「ダメ、ダメだよ。お願い、助けて神至くん!」




だが、無慈悲にもその腕は振り下ろされる


「『さヨウなら、バイばい、リキひとノ、ダイジな、だいじナ、オトモダち』」


振り下ろされた指を使い強力な重力をかける


「タクト」


と一言だけ声を残して


怨嗟は高らかに狂った声で笑い出す


前と同じ様に身体を固定して頭からゆっくりと潰す

そういう魔法をかけた


つもりだったのだろう


しかし実際には何も起こらなかった。それどころか、傷付けないように丁寧にゆっくりと地面に降ろされていく


高笑いをしていた怨嗟もその光景に笑うのを止め、不機嫌な声で言葉を溢す


「『なんデ?』」


全員に掛けられた重力魔法が解かれ、ゆっくりと運ばれるように全員が1箇所に集めれる


まるで力人から離れるように


怨嗟がもう一度魔法をかけようと手を掲げた直後

那美の目に白く光る物が一瞬だけ映る


音よりも速く、天から穿つ様に落下したそれは


轟音と共に力人の身体を貫き周囲からあらゆる物を吹き飛ばす爆風を起こす


「『ア?・・・エ?』」


心臓を的確に貫いたそれは地面に深く突き刺さり落下を止めた


心臓を喪失した力人の身体は力なくその場に倒れる


『なん・・・デ、ドウして、リキひと、ウゴケる────』


その言葉を最後に、怨嗟は完全に活動を停止し沈黙する


比較的被害が少なかった黄泉とクルトがゆっくりと起き上がり、まず真っ先にクラスの面々の様子を確認する


2人も頭から地面に叩きつけられた為、流血しているのにも関わらずそんな事気にも留めていない


輝夜、稲見、剣静の3人は神名の反動でロクに動く事は敵わないが上手いこと受け身が取れたのか比較的軽症で済んでいる


オルフィリアは歪に掛けられた重力魔法のせいで、腰が逝ってしまった様子。立ち上がることが出来ないがこちらも軽症で済んでいる


那美は重力魔法の影響下にいなかった為言わずもがなだ


問題は磔にされていた3人だ


全身の骨が何ヶ所も折れている様で呻きながら地面に横たわっている


「クルト回復魔法使えるわよね、あの子たちを治すわよ」

「ああ、承った。キミの頭はどうする?」

「私は後でいいわ、アンタも後。とりあえずこの子たち優先しないと」


2人がかりで回復魔法を掛け少しでも痛みを和らげるように力を尽くす


コレで漸く終わったと全員が満身創痍で一息着く


那美も立ち上がり、その疲れ果てた身体引きずりながらみんなが倒れている場所にゆっくりと近づいて行く


距離は少し遠いがこのままゆっくりと進んで行けば数分で辿り着くだろう




しかし




那美の姿を覆うように突如として影が出来る


人型の、それこそ先程の異形よりも巨大な影が現れる


「嘘でしょ・・・このタイミングで復活するの?」

「コレは・・・」


身体を起こしていたクルトと黄泉はすぐに気が付いた


那美の背後に立つ、月に届くのでないかと思わせるほどに大きな人の形をした魔物


あまりの大きさに顔は見えないが、その下で組まれた巨大な腕は確かに存在していた


「些か不味いのではないかね」

「マズイなんてもんじゃないわ、早くみんなを避難させなきゃ────待ってアイツ今何見てる?」


その巨大な仁王像は腕を組んだまま確かに下を見ていた。顔はよく見えないが頭が下に傾いている


なら、その視線の先にいるのは何か


那美だ、最も近く、最も狙いやすい位置にいるその者に魔物は視線を向けている


そう気付いた黄泉は既に走り出していた


たった今治療を施していた3人を放り、自分の妹の元へ駆ける


「那美!逃げて!お願い、走って!」


焦燥に包まれた声に那美も応えようとできる限りの力で走る


だが、そんな体力など当に尽き果てている


重い体を引きずる様によろよろと走る那美


魔物はそれを見て敵と見定めたのか、或いは足元をうろつく虫を潰すかの様にゆっくりと動く


いや正確にはゆっくりと動いているように見えるだけで人と同じように動いている


魔物は組んでいた腕を解き両手を繋ぐ


力を込め固く握られた両手を振り上げ、体重を乗せて振り下ろした


宙から振る隕石の如く莫大な質量を持った攻撃


それだけに留まらず、逃げる那美を確実に捉える為に、魔法で地面を隆起させその周囲だけを上昇させる


逃げ場を失った那美は自らを潰そうとする巨大な拳を前に、ただ呆然とその場に座り込む


逃げられない


防ぎようがない


遠くから姉の声が聞こえる


今にも泣きそうなそんな声を最後に


拳は那美諸共、大地を砕いた

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