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早起きと不調と再発と

嫌な夢を、過去を思い出して起き上がる

学園に来てから最悪の目覚めだ

思い出すこともほとんどなかったと言うのに・・・


いつもより2時間ほど早く目覚めた事で少し体がダルい

しかしもうひと眠りという気分にはなれなかった


祝勝会は数日前の出来事でまだ記憶に新しい

今はもう5月、まだ少し朝方は肌寒く感じるくらいの気温、地上であれば桜が散り、青々と茂り始める頃だろう


月が変わっても生活に大きな変化は無かった

いつものように授業を受け、実技でクラスメイトを鍛える

ルーティンワークのように変わり映えのない平和な日々だ


そのはずなのに。今になって、半年と少し前の出来事を思い出す事が増えた

きっかけはおそらく、那美さんにあの日の事を話したからなのだろう


とは言え、今更こんなにも鮮明に思い出すなんて、どうしてなんだ?

俺に変化があるというのは、自分でも何となく感じている。けれどそれが一体どんな変化をもたらしているのかは分かっていない


「ハァ・・・」


ため息をを吐きつつ考えを振り払うように、ダルい体起こし制服に袖を通す


まだ朝早い時間帯なので寮のメンバーもほとんど寝ている。起きているのは料理担当のティリファとアルテぐらいだろう


彷徨うゾンビの様に、寮内を徘徊してキッチンへ向かう

少しでも意識をハッキリさせる為にコーヒーが今は欲しい


キッチンへ入ると朝食の準備をしてくれている2人の姿が目に入る

「おはよう2人とも、いつもありがとな」

「おはようございます。神至さん今日は随分とお早いお目覚めですね」

「おはようございます。いつもこれくらいの時間に起きてトレーニングでもしたらどうです?」


心地よく声をかけてくるティリファと、こちらに釘を刺すように言葉を投げてくるアルテ

まぁ確かに起きるの遅いし、飯を早く食え!っていつも急かされてるからだろう


「ちょっと夢見が悪くてね、今日は偶々早起きなだけだよ」

「そうなんですか?ちゃんと休んでくださいね」

「ティリファ?あまりこの方を甘やかしてはいけませんよ。ただでさえ自分の興味以外にはぐーたらなんですもの」


ティリファは俺に優しいが、アルテは俺に少しばかり厳しい。2人とも俺の事をよく知っているからだろう

しっかり者2人のお陰でこちらとしても大変助かっている。なにか返してあげることができると俺としても嬉しく思うが


「そいつは失礼した、それはそうとコーヒー貰っていいか?なんなら料理も手伝うぞ?」

「「結構です!」」

「さいですか」


不貞腐れつつコーヒーに手を伸ばそうとすると

「大人しく座って待っててください!」

「厨房には二度と来ないでください!」

「あっはい」


2人の剣幕に押し流されるようにキッチンから出ていく

俺だって一応料理は出来るんだぞ?

出来上がるものが黒くなるだけで。と内心文句を言いながら大人しくリビングの席に着いて2人を待つ


数分後料理を終えたふたりが朝食と一緒にコーヒーを持ってきてくれる

相変わらずレストラン顔負けの料理だ

メニュー内容はパンにサラダ、スープと寝起きの胃に優しいものが揃っている

成長期の男子からすると少し物足りなさを感じるが、足りない分は昼で補っているからそこはいいか


俺を挟むように2人が座ると朝食を取りながら話を振ってくる。まるで逃がさないと言わんばかりだ


いつもの事なのに、今日は何故か体が少し震えた


「夢見が悪かったと言っていましたがどんな夢だったんですの?」

「あー、まぁ、なんて言うかアイツが夢に出てきたんだよ」

「まだ引きずってるんですか?」


アルテの質問に素直に答えるとティリファから心配するような、少し責めるような声で言葉をかけられる


「・・・かもな」


まだと言っても半年前だ

心の傷が癒えるには充分とは言い難い時間


初めの頃こそ女性が近づくだけで視界が歪み、吐き気も催していた程だった。死ぬ気で勉強して周りを気にしないようにして、それでも落ち着くまではそれなりに時間がかかった

何よりティリファと国の皆のお陰で普通に会話できる程度まで回復はした


でも恐怖心までは消せた訳じゃない

それは、まだ俺の心のどこかで、あの件を引きずっているが故の問題だ

こればかりは時間が解決してくれる事を祈るしかない


「私たちがどうこう言った所で解決できる話ではありませんわね、ティリファそれは分かるでしょう?」

「・・・そうですね。申し訳ありません無遠慮な事を言って」

「ティリファは悪くねぇよ、俺の心の弱さの問題だ」


それきり2人は黙ってしまう

ティリファは少し申し訳無さそうにしているが、アルテは興味を無くしたように食事を続けている

俺個人がどうにかしないといけない問題だと、よく分かっているんだろう


無駄な事は言わない、貴方なら何とかするでしょう?とその態度が物語っている。全くアルテらしいことこの上ない


そのまま食事を済ませ学園に向かう




いつもより早い時間だからか通りを歩く学生が少ない


今の俺にはそれが少し救いとなった


学園付近になるとチラホラと学生の姿が見える

月末の実技試験以降こちらに向けられる視線がまた増えたように感じる


・・・気のせいだと思いたいが、男女問わず俺がいると足早に逃げるようにしていなくなる


Bクラスの筆頭3人を退学させたと言う要求の事がが知れ渡っているんだろう


下手に関わって自分も退学したくないと思っているのか、はたまた別の問題か。俺の知る所ではないが、良い事では無いのは確かだ


教室に入るとまだ3人しかおらず、予習をして静かに過ごしているみたいだ


「おはようございます神至さん、今日は随分と早いですね」


声をかけてきてくれたのは月夜野さんだ

今日の授業の予習をしていたのだろうノート代わりの端末とテーブルのモニターが起動していた


「おはよう月夜野さん、朝から頑張るね」


ほんと、どうして彼女はこのクラスにいるのだろう

実技成績も学力においても比較的優秀であるのに、と不思議に思う


「私はいつもの事ですよあちらの2人も、ほら」


月夜野さんに促され視線を向けるとその先にいたのは不知火くんと東雲さんだ


「あの2人もいつもこの時間に?」

「そうですよ、偉いですよね」


東雲さんはともかく不知火くんに関しては意外だった

2人で横並びに座り勉強している、お互いにと言うよりも東雲さんが不知火くんに教えている感じだ


「俺も見習わないとかな」

「そうですね。私も負けてられないです」


そう言うと月夜野さんは自分の予習に戻り視線を下に下げる


会話だけなら体は震えることがない事に少し安心して、一番後ろの席に着く

やる事もないので、他の真似をして少し予習をする。といっても今の範囲であれば特に問題になる事はなかった


俺は一体どれくらいの知識を詰め込まれたのだろうか?

講師をしてくれた仲間たちを思い出しつつテーブルのモニターを起動する


映し出された教科書を読みながらクラスメイトが揃うまでの間時間を潰した


時間をゆるりと潰す間、教室に入ってく来る度に殆どの子が俺を見て少し驚く


そんなに登校遅いのか?

いつも予鈴がなるギリギリではあるけど、間に合ってはいるから別に問題無いと思ってたんだが

もう少し早く来よう。と皆の反応をみて思うのだった




「おはよう神至くん、ここいいかな?」

「おはよう那美さん、大丈夫だよ」

「私もここにするわ」

「もちろん」


モニターを眺めていると那美さんと深於さんがやって来る。画面をスライドさせながら横にズレると隣に那美さんが座りその横に深於さんが座る


「今日はいつもより早いんだね」

「それ皆に言われたよ、そんなに俺遅いか?」

「そうよ、毎日遅刻ギリギリに来るんだもの、アンタ分かってなかったの?」

「いやぁ全然自覚なかったな」


どうやら予鈴ギリギリに来るのはおかしかったらしい

また変に常識知らずな所が出てしまっていたか


「あはは、もっと早く教えてあげれば良かったね」

「全然意識してなかったけど。良くないと言うことは分かったから、明日からはいつもより早く来るようにするさ」

「そうしなさい、それで?なんで今日こんなに早かったのよ」


ふと気になったと、言った感じで深於さんから質問される

「ちょっと夢見が悪くてね、いつもより早く起きただけなんだよ」

「そうなんだ、どんな夢だったの?」

「冒険者の時の事だよ、あんまり良い内容ではないから話すような事じゃないかな〜」

「ふーん、あんたでもそういう事あるのね」

「大丈夫?ちゃんと寝れた?」


あくまで気楽に、心配させないように言葉を発する

深於さんはあまり興味が無いようだったが、昔ばなしをした那美さんには、なんとなく察しがついたのだろう


少し心配そうな顔をしている


「大丈夫、そんなに大したことじゃないから」

「そっか、無理しないでね」


優しい言葉に少し心が軽くなる

隣に座っているのに、那美さん相手だと不思議と体が震える事はなかった


その後ディルとフィークスが来て他の皆と同じように「今日早いな!?」とつっこんでくる。友達との気楽な会話に、朝の気だるさと気分の悪さはいくらか楽になっていた




「今日の実技は昨日の続きだグループに分かれて行動しろ」

試験以降、午後の実技はグループに分かれて連携と神名解放に向けた訓練を行っている


俺は相変わらず教官として指導するという謎の立ち位置にいた、今日は第三グループの面倒を見ることになっているが大丈夫だろうか?

午前の授業中はそれほど酷くなる事は無かったが、実技は他のみんなと触れ合う機会が増える。自分の状態について少し不安だった


「リキリキ来たね〜やるよ〜訓練〜」

腕を振りながら気合いを入れている迦倉さん

その声に他のメンバーもこちらに気付いて寄ってくる


「今日は何をしますか?神至さん」

「私、氷属性をもう少し上手く使いたい」

「俺は格闘の相手を頼みたい!」

「雷系の魔法もっと早く撃ちたいの!どうにかならないかな?」


月夜野さんからは指示を仰がれ。東雲さん、朱裂くん、テルクスさんの3人から各々やりたい事をあげられる


会話だけならやっぱり大丈夫か。と安心したが、自分でも気付かない内に腕を掴み少し身体が震えていた


神名解放は教える事が出来ない為、俺が持ち回りの時は通常の訓練をしているが


「その前に、神名解放の方は皆どんな調子かな?」


その質問に全員が黙り込む

バツの悪そうに俯く子、吹けていない口笛を吹きながら視線を逸らす子、そんな物は知らない!と堂々としている子

まぁ反応を見る限り上手くいっていないのだろう


「まぁなんと言うか、頑張って?」

「そこで疑問形!?ていうか神至はどうなんだよ!」

朱裂くんのツッコミに少し困った酔うな顔で応対する


「俺もそうだけどクルトも既に条件満たしてるからな」

「入学前から神名解放できるのはおかしいって!」

それは俺も思う所はある、クルトはそもそも他とは違うからな。詳しい事は俺からする様な事じゃないから口にしないけど


「それに前にも言ったけど俺、神名無いんだよだからみんな頑張って欲しい」

「ズルいぞ神至だけ、神名解放に準ずる力って言われても学園長クラスの魔法使えるようにならないといけないんだろ?無理だろそんなん」

「確かに〜リキリキすごいよね〜」


朱裂くんの話す通り、一応の基準として神名解放を会得する。若しくはジジイ並の魔法を使えるようになるということになっている


俺は理の力があるし、十全に使えているため既に条件は達成済みという事だ


那美さん以外の皆には、重力魔法が使える事と闇魔法だけならジジイに匹敵すると伝えてあるし、それに合わせて神名を持っていないことも告げている


その時クルトがすごい微妙な顔をしていたが、力を隠している事に対して若干の不満があったのだろう。今の俺には、まだ理の力を他の人に話すだけの勇気は無い


それに余計なトラブルに巻き込まない為にも、言わない方が良いに決まっている


「まぁ、神名解放については、外部講師来るまでの間、アンリの説明で頑張ってくれ。ちゃんとした人呼んであるから」

「あの擬音祭りを理解できるとは思えない・・・」

東雲さん随分と辛辣なお言葉を投げかけてくるな・・・まぁそうなんだけど


「とりあえずこの話はここまでにして、今日の実技内容を決めようか」

「神至〜助けてくれよぉ〜」

「ごめん無理」

「そんなぁ〜」


嘆く朱裂くんを置いておき話を進める


一先ず魔法の強化を優先する2人には、月夜野さんと一緒に的に向かい魔法を打ち続けてもらう。魔法の強化は座学的な理解と慣れが大半を占めるためだ


迦倉さんは銃撃と並行して魔法を使えるように訓練してもらい、朱裂くんは俺と武器を用いた近接戦闘と魔法の使用をできるように訓練する事にした


内容的に月夜野さんの負担が大きくなってしまう

そのため朱裂くんとの近接格闘は質を上げ時間は短めにする。その分彼の休憩に当てている時間で他のメンバーに細かい指示を出すという方向にまとまった


「よし、じゃあ早速始めていこうか」

「頼んだ!神名解放は無理でも今日は神至から1本取るぞ!」

「その意気やよし、俺から1本取れたら充分近接は強いと思うよ」


「神至さんが来るまでは皆を見ながら頑張りますので、なるベく早めに合流してくると嬉しいです」

「了解、ごめん負担かけて」

「大丈夫ですよ、特別教官も大変でしょうから」


月夜野さんに労われつつ朱裂くんと移動し他のメンバーと距離を取る


お互いの間合いから少し離れた位置まで移動し戦闘の用意をする

「今日はいつもり重めに行くから、頑張ってくれよ?」

「ばっちこい!」


準備を終えた所で特に合図もなく開始する

本当は準備もさせずに奇襲をかけた方が訓練になるけど、そこまでするほど俺は鬼じゃない

された事はあるけど



構えた朱裂くんの様子をみて、間合いを詰めて木剣を振り下ろす

それを左手のトンファーを使って正面から受け止め、空いた右手で突きを放ってくる


うん。いい動き出しだ

突きをサイドステップで右に避けつつ視線を残す


その後隙を逃さないようにトンファーを回し、リーチを伸ばしながら追い打ちを放って来る。当たる事は無かったがしっかりとこちらを捉えてる


4月にやった訓練の時よりも動きが良くなっている


その後何合か打ち合いながら癖を確認しつつ、空いた隙に刺すように攻撃を挟む


その攻撃をトンファー回し弾く、間合いの取り方と武器の扱いはかなりレベルが高くなった。加減しているとは言え、それなりにこっちも隙は見せていないつもりなんだけどな


「よく捌けた、まだまだ行くぞ」

「これでも結構限界まで頑張ってるんだけどなぁ!」


回転させたトンファーに腕を伸ばす勢いを乗せてそのまま追撃

こちらも弾かれた木剣を持ち替え上に打ち上げる様に追撃をいなす


手数ではあちらの方が圧倒的に上だが、武器を使った攻撃ばかりで、足を使ったフェイントや直接攻撃はないのが少し勿体ない

近接に合わせた魔法攻撃は拙いものの、並列に行う事が出来ているので及第点ではあるか


5分ほど打ち合い大まかな評価を見定めた所で、そろそろ1度切り上げようと距離を取る


当然、終わりの合図を出していないので、こちらに追従して来る。飛び上がり、両手を使った大きな縦の振り下ろしの攻撃


「隙だらけだぞ」

胴の部分が、がら空きで魔法の展開もされていない。ましてや足技もないときた。これじゃあ格好の的だな


このままいなして追撃をしようと、下がった勢いを利用して体勢を低く構え直す


見上げる様な形で朱裂くんを見ると


一瞬、あの光景が視界を過ぎる


その姿が拳を振り下ろすあの光景と重なり




一閃




気が付くと既に木剣を振り抜いていた

振り抜く力に辛うじて耐えたのだろうが、木剣にはヒビが入り握っていた柄の部分が割れる


目の前に朱裂くんの姿はなく、かなりの距離を吹き飛ばされている


その事を認識は出来ても上手く頭が回らず少しボーッとした後

ハッと我に返り、すぐに朱裂くんに駆け寄る


「ごめん、やり過ぎた大丈夫か?」

「なるほど、これは重めだぜ、グハッ」


大袈裟に、わざとらしくやられたフリをする朱裂くんにホッとする

土埃で汚れてはいるものの、幸い直撃はしなかった様で外傷は特にない


「怪我は無いか?」

「大丈夫、急にすごい風圧で吹っ飛ばされて、ちょっと擦りむいたくらいだぜ」

カラカラと楽しそうに笑う彼の、着地の際に擦りむいたであろう所に治癒魔法をかける


「おお、すげぇ。後で俺にも教えてくれよ神至」

「そうだな、とりあえず休憩にして、その後からにしよう」


冷静を装い落ち着いて声をかける

態度には出ていないと思いたいが、心臓はバクバクと強く早く脈打つ。頭の中はなんで、どうしてとパニックになって思考がまとまらない


少なくとも今、この状態で、戦闘行為はまずいと


冷静を保てていない頭と心で辛うじて判別がつく程度


ただ一度夢に見たただけなのに、こんなにも急に自分がコントロール出来なくなるなんて思ってもいなかった


朱裂くんをその場で休ませ、他のメンバーの元へ向かう


今は少しでも1人になって、この気持ちを落ち着けないと。深呼吸をしながら足早に歩く


しかし呼吸が落ち着く事も、鼓動が鎮まることもない


自分がどんな状態にあるのか、どんな顔をしているのか、そこに考えが至るほどの余裕を生み出すことは出来ない


頭の中で反芻する。なんで、どうして今更、という気持ちがどんどん心を歪ませる


それが更に俺の視野を狭めていく


まるで半年前のあの時に戻ったかの様だ


「───さん?──むいさん──神至さん!」

「───っあ、あぁ、ごめん月夜野さんか」

呼び止められていた事に気づき足を止める

少し通り過ぎてしまったみたいだ


落ち着きのない足取りで月夜野さんのいる方に戻り、いつも会話をするより少し離れた位置で立ち止まる


「大丈夫ですか?顔色かなり悪いですよ?」

「ああ、大丈夫、大丈夫だから」


心配そうにこちらを見る月夜野さん


俺は今どんな顔をしているのだろう

身体は酷く震え、心は落ち着かない


傍から見る力人は、血の気の引いた顔で、震える身体を身を守るように腕を右手で掴んでいる

制服の上から、肌に爪が食い込むほどに、力強く握りしめているその姿は、怯える小動物の様にあまりに弱々しい


「本当に大丈夫ですか?保健室に行きませんか?」

心配する月夜野さんがこちらにその手を伸ばしてくる


「っ!」

反射的に、伸ばされた手を避ける様に、飛び退き距離を取る


怖い


時間が経つにつれてどんどん余裕が無くなっていく

そんな事、普段なら気付けるし、表に出す事もしない。でも今はその程度の事すら出来ないほどに心に余裕が無くなってしまっていた





その様子を見て輝夜は伸ばしかけた手を戻し、距離を保ったまま声をかける

「神至さん、調子悪いんですね?誰か呼びますか?」

「あぁ、ごめん、ごめん、ごめんなさい」


声が届いていないと理解した

明らかに様子のおかしいその姿に


そう言えば、と今朝も少し身体が震えていた事を思い出す。その時はただ、肌寒さから来るものだと思っていたけど、今のこの様子を見て違うと確信する


腕を掴み、身を守るような、耐えるようなその姿を、前に何度か目にしているから


その様子を傍から見ていたのか、周囲にいる同じグループの子が集まってくる


「神至くん、どうかした?」

「やっば、顔色めっちゃヤバいよ保健室いこ?」

「リキリキ体調悪い〜?」

「そうみたいですけど、なんだかちょっと違う気がしますね」


焦点の合わない瞳に、酷く震えた身体

果ては怯えたように謝り続けている

彼の身に一体何が起こっているのだろうか


一先ずみんなには近づかないようにと、一言かけてからその場を離れる

そして彼の事をおそらくこのクラスで、最も詳しく知っているであろう人物の元へ駆け足で向かう


2つのグループに神名解放を自分のモノにする為の指導をしている教官のアンリ

少し遠いがここからなら声は届く、できる限り声を張って状況を伝える


「アンリ教官!神至さんの様子がおかしいです!何か知りませんか?」


慌ただしく自分に向かってくる輝夜を見て、怪訝そうな表情を浮かべながら振り返る


「月夜野か、何があった」

「神至さんの様子がおかしいんです。こちらの声が届いて無いみたいで、うわ言みたいにずっと謝ってるんです」


それを聞いてチラリと輝夜の来た方を見た途端、顔色が変わる

酷く悲しそうな、心配する顔をしたかと思えば向き直り、いつもは見せないすごく真面目そうな表情をする


「報告感謝する月夜野。お前ら残りの実技は自習にする、フェリン、ホープ着いてこい!」


短い感謝の言葉と全体への指示を出した後、慌てたように力人の元へ駆け出す

少し遅れて名指しされた2人も後を追う


彼のあの状況にアンリ教官は覚えがあるのだろう

編入して一月経ったというのに、まだ私たちは彼の事を何も知らないのだと思うと少し胸が痛んだ




月夜野から報告を受けてすぐに行動する


何故今になって再発したのか、私が知る由もないが今は落ち着かせるのが最優先だ


走りながら遠目で力人の様子を見る

腕を掴み、俯いて座り込んでいるその姿を見て少し安心する。とりあえずは大丈夫そうだ


不用意に周りの女子達が近づいていないのは月夜野の配慮によるものか。優秀な生徒を持って非常に助かる


到着と同時に状況を確認する

「神至の様子はどうだ?」

「教官!神至くんなら見ての通りです。震えたままずっと謝ってばっかで全然話が出来ないの」

「分かった、お前たちは向こうに合流して、自習をしていろ、対応は私がする」


急かすように残っていた3人に声をかける。同じグループの朱裂の姿が見えない事に気が付く


顔を上げ近くを見回すとこの場にいないだけで少し離れたところか近づいて来ている様だ


丁度いい奴にも手伝ってもらおう


朱裂が合流するよりも早くついて来ていたふたりが到着する

「アンリ教官、早すぎ」

「プゴォ、もう走れないプゴ」

「遅いぞお前ら、まあいい少し手伝え神至を戻すぞ」


「どういうことすか?」

「分かりやすく説明して欲しいですプゴ」

「発作みたいな物だ、詳しい説明は後でする。今はコイツを引き上げるのが先だ」


「いや、何すればいいのか聞いてるんですけど」

「プゴォ、なんにも説明になってないプゴ」

「まぁ少し待て、朱裂が来てからそこの説明はする。拒否権は無い全てYESで返せ」

「「理不尽!」」


私の返答が気に食わなかったのだろうが今はそこはどうでもいい

ぶーたれる2人を他所にもう1人が到着する


「神至なにかあったんですか」

「発作だ、朱裂お前も手伝え」

「了解です、何すればいいですか」

二つ返事でOKとは中々肝が座っているじゃないか。気に入った、後で褒美に私が相手してやろう


アンリの考えを他所に身震いする蜉蝣

当の本人はそんな事、気が付きもせず3人に指示を出す


「それじゃあお前ら神至を殴れ」

「「「え?」」」

「いいから殴れ、私じゃダメなんだよ」


本人は気付いていないのかもしれないが、その悲痛な表情に全員が覚悟を決めた様に力人の方を向く


「悪いな神至、後で好きなだけ俺のこと殴ってくれ!」

先んじて前に出たのはディルだ

握る拳にはそれほど力は籠っていない。言葉とその気合いからは、感じ取れないくらい優しく握っている


振りかぶり顔目掛けて放たれた一撃は眼前で止められ


「うぇ?」


そしてそのまま投げ飛ばされる


ディルを放り投げたあと、ゆっくりと立ち上がり焦点の定まらない目で辺りを見回す

その目には今、何が映っているのだろうか


「すまん、言い忘れていたが反撃はしてくるぞ」

「早く言ってくださいよソレ!」


文句をいいながらも、投げられたディルは受け身は取っていた様で特に外傷はない、強いて言うなら少し汚れたくらいだ


「3人同時だ、全力で行け生半可な気持ちで神至に当てられると思うなよ」


アンリは最も酷かった時を知っている。だからこそ今のこの状態なら生徒の力量でもまだなんとかなると考えている


どの道私が近づいてどうこうしようとした所であっかするだけだ


未だに記憶から消えないあの時の光景、心を欠いた悲痛な表情と全身から吹き出す歪んだ魔力に、周囲を圧殺せんとばかりに、重力魔法を常時展開していた。それと比べれば、まだそれほど深くは堕ちていない


一撃でいい、かすりでもすれば力人は必ず戻ってくる。願うように、元の位置より更に少し離れた所から4人の攻防を眺めながら考えを巡らせる




数分の格闘の中、覚束無い焦点のまま。その瞳はは誰も映していないように感じるのに、こちらの攻撃全てを的確に捌く。その異常さに冷や汗を流しつつもやっぱり神至はすげぇと、内心関心してしまう


3対1にも関わらず、意識すら曖昧だと言うのに、危なげなく振る舞う姿は、無敵と評する他に言葉が思いつかなかった


「フィークス、蜉蝣!合図したら一斉に行くぞ!」

「プゴ!」

「任せろ!」


返事を聞き構えを直す

右足を引き、腰を落とし拳を引く

足と拳に魔力を込めて合図をする


「今だ!」


声と同時に2人が飛び込む

力人がそれを虚ろな瞳で確認すると、流水を流れ方向に沿って掬い取る様に2人の攻撃をいなし、勢いをそのまま投げに転じる


投げたあと2人に視線が向く、その瞬間に飛び込み、魔力で強化された渾身の一撃を顔目掛けて放つ


結果は成功と言えるだろう、拳は確かに顔に刺さっている

しかし力人は吹き飛ぶこともなく、獣人の膂力をものともせずその場に立ち尽くしている


「うっそだろ」

ゆっくりとこちらを向く視線には、元の光が宿っているように感じた


拳を引き、距離を取る


距離を取ったのは、野生の勘。と言うと獣っぽさがかなり強いがそう言うより他に表現できない


正面から対峙している俺しか感じていないであろう威圧感。全身の毛が逆立ち、尻尾が膨らむ感覚に少し目眩がする。これは不味かったか?


視線の先にいる神至はゆっくりと固く握った拳を上げ

そのまま横に振り抜いた


バキッ


と小さくない音がその場に響く

投げられた2人も俺も、後ろにいるアンリ教官もおそらく驚いている


「いいパンチだったよ、ディル助かった」


状況を何も理解できず、ただその場で自らの顔を殴った友人を呆然と立ち尽くしながら見ることしか出来なかった


口から少し血を流しながら、乾いた笑みを浮かべるその姿は。いつもの優しげで、少し気だるそうな雰囲気を微塵も感じない


このまま放って置いたら、いつの間にか消えてしまうのではないかと思うほど、弱々しく、儚く見えた





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