魔石の少女ハリス
騎士団詰め所では、ハリスがシヴァリーの部屋で待機していた。ジェマたちが到着するとハナナとカポックが呼ばれた。
久しぶりのカポックに、ジェットは大喜びでその頭に飛び乗った。騎士と仲良しなジェットの姿に驚いたのか、ハリスはポカンとしたままジェットを見つめていた。その視線に気が付いたジェットが脚を振って見せると、ようやくハッとしたように肩を跳ねさせた。
「さあ、そろそろ話そうか。ハリス、改めて俺は騎士団ファスフォリア支部第8小隊長のシヴァリー・ケリーだ。こっちは副隊長のハナナ、こっちはシェフエラ。シェフエラのことはカポックと呼んでやってくれ」
「私は、ハリス。えっと、コマスの地下にあった研究所から、逃げてきました」
ハリスは不安げに視線を泳がせる。カポックは膝を折ると、ハリスと視線を合わせて真剣な眼差しで頷く。
「よく、耐えたな」
「えと、ありがとう、ございます」
「俺は、元々コマスの奴隷だった。君は?」
カポックの穏やかな声。シヴァリーは小さく口角を上げた。カポックが身の上を少し見せることで、ハリスも受け入れてもらえる可能性を感じやすくなると考えた。シヴァリーは何も伝えていなかったが、カポックの優しさがハリスに伝わることを願っていた。
ハリスは一瞬目を見開いて、それから言葉を探すようにゆっくりと話し始めた。
「私は、奴隷ではなくて。貧民街の生まれなんです」
「なるほどな。貧民街では人攫いが常習化している。研究所の連中か奴隷商かなんて見分けがつかないだろうな」
カポックが考え込むと、シヴァリーは悲し気に眉を下げてハナナを見る。ハナナは首を振って小さく息を漏らした。
「コマスが奴隷制を認めている限りには、同じ国の中であってもコマスの中では奴隷制度が認められます。全員を解放するには、相応の資金と協力が必要になります。奴隷制が廃されない限り、研究のための人攫いもしっぽを掴むことは難しいでしょうね」
「ああ、目撃者がいたところで、それがどっちの人間かなんて分からないからな」
シヴァリーも難しそうな顔で考え込む。ジェマは不安げな様子でシヴァリーたちの顔色を窺っているハリスの手を握った。
「シヴァリーさん、ハリスの話、聞いてあげて」
「ああ、すまない。ついな。それで、ハリスはそこで、何を見たのか、されたのか。話せる範囲で良い。教えてくれるか? 教えてくれるなら、その分だけ私たちはハリスの力になれる。一緒に暮らすジェマの安全を守ることにもなる」
シヴァリーはどこか申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。その様子にジェマは一瞬感じた不快感が消えていった。誘導しながら、誘導することに心苦しさを感じてしまうところがシヴァリーの甘くて優しいところ。ハナナも思わず苦笑いを浮かべて、けれど責めることはしなかった。
ハリスは躊躇うようにジェマの手を握り返して、ギュッと胸元を握りしめる。ジェットお手製の肌触りの良いワンピース。ジェマもジェットも、見えないジャスパーも。もう信じられる相手がたくさんいる。
「魔物も、人間も、たくさん捕まっていた。毎日、魔物の叫び声と、人間の悲鳴を聞きながら、檻に繋がれていた。私の番が来て、研究、始まって。魔石を、埋め込まれた」
ハリスが震える手でワンピースの胸元を下げて胸に埋められた緑色の魔石を見せる。シヴァリーとハナナは思わず息を飲む。カポックは、目を見開いてその痛々しい接合部分を見つめると、震える手でハリスの頭を撫でた。
「よく、耐えた。よく、逃げた」
絞り出すような声。その感情が溢れ出しそうな声にハリスは驚いてカポックを見上げた。真っ黒な瞳いっぱいに溜め込まれた涙が、今にも零れ落ちてしまいそうになっている。カポックが見ていたのは、ハリスと、ハリスの向こうに靄のように見える過去の自分。
貧民街で人攫いに遭って以来、奴隷として酷使されてきた。もう親の顔も思い出せない。それでも、ハナナに救い出された。騎士となり、必死に鍛錬をしてハナナに恩返しをすることを誓った。
カポックの視線がジェマに移る。もしもハリスにとってジェマが救世主ならば。カポックの頬が微かに緩んだ。
「ジェマ、ハリスを、一緒に守ろう」
「はい! もちろんです。だって、ハリスは私の友達ですから」
ジェマの天真爛漫な笑顔が、カポックの心を温める。苦しみの先で、助けてくれる相手。その心強さを知っているからこそ、ハリスにもそんな相手がいて心底安堵した。
「ハリス、教養の方は?」
「文字も、あんまり読めない。でも、ジェマのお家で暮らして、ジェマのお仕事のお手伝いをしたいと思ってる。だから、覚えたい」
ハリスの真っ直ぐな眼差しに、シヴァリーは少し考えてから頷いた。
「よし、分かった。学園に通うことは難しいだろうが、【エメラルド商会】のメイドたち向けの教育に混ぜてもらえないかラルドに頼んでみる」
働きながら学園に通うには、お金も時間もないメイド見習いたち。そんな彼らのために【エメラルド商会】が開講している講義。そこならば店舗で必要になる読み書き計算、接客マナーや最低限の暮らしに必要なことまで教えてくれる。
「でも、【エメラルド商会】の商会員じゃなくても良いんですかね?」
「ま、そこはさ、お友達ってことで」
シヴァリーはおどけたように笑ってみせる。ハナナの視線は冷たいけれど、可能性はある。必ず通えるかは分からない。それでもハリスにとってファスフォリアで生きるために必要なものを得るチャンスがある可能性があることを知ることができただけでも、心に安らぎが生まれた。




