魔法剣士オハイアリィ
ジャスパーの案内で一行は森のさらに奥地を歩く。ジェマも図鑑でしか知らないそれは、ジャスパーも長く生きてきたものの数度目にした程度。それだけ希少で、強力な治癒力を秘めた薬草でもあった。
「ジャスパー、こんな普通に森の中に生えているものなの?」
「ああ。ゲッコウソウが生えるのは、大抵月明り以外触れるものの無い場所だ。そんな場所、普通に考えればどこにもない。が、あり得る場所が一ヵ所だけあるんだ。ここにそれがいる保証はないが」
ジャスパーがちらりとジェットを見る。ジェットはうんうんと唸りながら魔物の気配を探知する。ローテンドが討伐されたことで探している魔物がこの地を去っている可能性はあるけれど、まだ明るい時間。ジャスパーによると、昼すぎならまだ寝ていてローテンドが討伐されても動いていないかもしれない、と。
「それにしても、この森ってこんなに暗かったんだ」
ハリスはきょろきょろと辺りを見回す。ローテンドの力で仄かな明るさに満ちていた森は、陰鬱とした空気が戻りかけていた。ジェマは大きく息を吸って、嬉しそうに笑う。
「私はこっちの方が落ち着くな」
「そっか。ジェマは森暮らしなんだっけ」
「うん。もう少し浅いところだから空気はカラッとしているけど、採取のために奥に潜ったらこれくらいの暗さと湿気はあるかな」
ジェマは自分が生まれ育った森のことを嬉々としてハリスに語る。どんな精霊がいて、どんな魔物がいて。ハリスはジェマの輝くサファイア色の瞳を見て頬を緩めた。
「ピピッ!」
そのとき、ジェットが鋭く鳴いて一方向を脚で指し示した。
「あいつか?」
「ピィ!」
ジェットの確信めいた頷きに、ジャスパーはそのふわふわした頭を撫で回す。
「よくやった。それじゃあ、生えていることを願って早速採取に行くか」
「ハリス、生えてる場所分かったって!」
「こっちは私が来た方向かも。逃げることばっかり考えていたから、森に入ってすぐに走り抜けてからは来たことないかも」
ハリスが周囲を見回す。どこもかしこも同じ景色ではあるものの、木々の間から見える山の方角やその大きさからある程度の位置関係は把握できる。地図も持たずに旅をすることも多い者たちが共通して持つ能力。ジェマも時折山の位置を確認して方角を見ていた。
「確かに、この先はコマスだもんね。近付かないに越したことはないよ。今もハリスを捕まえていた人たちも騎士団に捕らえられているけど、あの場所から逃げ出した何かがここにいる可能性もあるし」
「そうだね。逃げ出すだけの力がある人間や魔物がいたら、私も戦って勝つ自信はないし」
元々戦闘の経験なんてなかったハリスですら、胸に埋め込まれた魔石の力でアーサス種すら圧倒する力を持っている。もしも元々戦闘経験のある冒険者や騎士が囚われて実験を受け凶暴化させられて逃げ出していたら。それ以上の力を持って人目に付かない森を徘徊している可能性もある。
リザードたちが安息していたとはいえ、ローテンドがいた場所から離れたところに何か森の摂理から外れたものがいる可能性は否定できない。ジェマは念のため周囲を警戒しながら歩いていた。
その視界が、パッと開けた。開けた場所に湧く泉。その中央の低い丘に高く聳える主のような木。もしかすると、この木がローテンドとなっていた可能性があったのではないかと感じさせるほどの威圧感を放っている。
その周りには、魔物たちが生息している痕跡。その糞尿や食事の残りものが土に還っているらしくふかふかとした土壌が形成されている。
「ピッ!」
「ああ、いたな。ジェマ、ちょっと見てくる」
「うん。お願い。私じゃ流石に無理かも」
ジェットが指差した場所は、太い木の根元。そこにぽっかりと開いた小さな穴。確かにローテンドによって魔力も得て治癒の力を植物に溜めさせるほど栄養たっぷりの土を得ながら、木の根の隙間から光を取り込むことができる場所。
「魔物のおかげで栄養たっぷり、水も十分でローテンドによって魔力たっぷりな土になって。ここ以外にないだろうね」
「凄いね、こんな場所もあるんだ」
ジェマとハリスが周囲を探索しながら待っていると、何やら驚いたような悲鳴が周囲に響き渡った。しかしそれもすぐに落ち着いて、小さな穴からジャスパーが植物を手にふよふよと出て来た。その額に押された肉球スタンプにジェマが目を丸くすると、ジャスパーは小さくため息を漏らした。
「ホールペタリスアだ。あいつらは夜行性で昼間はこの植物の上で眠って、夜になると食事のために出かけていくから必然的に月明りだけを浴びて育つゲッコウソウが生える」
ジャスパーが差し出した植物は、冷気を放ちながら真っ白なつぼみを付けていた。
「でも、ホールペタリスアがローテンドのそばに生息している可能性って低くない?」
「いや、あいつらも魔物なうえに、大抵どこの森にも生息している。ローテンドが生まれればその近くに巣穴を移すことも珍しくない。が、これだけの環境が整っていることは珍しいな」
「なるほど。ここで見つけられたのは、奇跡だったんだ」
「まあ、そうだな。今回はハリスのおかげだ」
ジャスパーが視線を向けると、ジェマもハリスを見る。ジャスパーの声が聞こえていないハリスは不思議そうに首を傾げた。




