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ジェマの笑い声に、ドラゴンは再び大きく息を吸う。
「ジェット!」
「ピピッ!」
ジェットは糸を吐いて空間を切り取る。ドラゴンのブレスは切り取られた空間に飲み込まれて行く。
「ジェマ、笑ってる場合じゃないよ!」
「あはは、ごめんごめん。ジャスパーとジェットも、ありがとう。よし、やろっか!」
ジェマはすっと背筋を伸ばしてドラゴンに向き直る。そして【マジックリング】を翳した。
「水よ、我が呼び声に応え、具現化せよ!」
ぷよんっと現れたウォーターボール。ジェマは躊躇なくそれをドラゴンの顔面にぶつけて顔を水で覆い尽くす。
「ジェット、糸でドラゴンを動けなくして! ジャスパーもお願い! ハリスはこれで翼を落とすのを手伝って! できれば根本から綺麗に切り落としたいの!」
ジェマはハリスにレイピアを投げ渡すと、先陣を切って走り出す。
「ピピィ!」
「任せろ」
「無茶言いすぎ!」
三者三様の回答と共に、ジェマの願いの通りにドラゴンに向かって走る。頭を振るってウォーターボールを破壊しようとするドラゴン。ジェマはウォーターボールに向けて魔力を込めて破壊を阻止しながらハリスと共にドラゴンにぐんぐん近づく。
「ピピッ!」
ジェットがドラゴンに糸をぐるぐると巻きつけていくと、ドラゴンは呼吸ができない苦しさの中で必死に尾を持ち上げようと藻掻く。
「させるか」
ジャスパーは冷静に蹄を翳して尾に向けて魔法をぶつける。
「泥手」
泥が手の形をしてドラゴンの尾を掴み取る。そのまま羽交い絞めにして尾を地面に押し付け続ける。ドラゴンの悲鳴は水の中で反響するものの、空気を震わせることは敵わなかった。
「風よ、我が呼び声に応え、具現化せよ!」
「はぁぁぁ!」
ジェマはウインドシールドを剣の代わりにドラゴンの翼に飛び込んでいく。ハリスは妙に手に馴染む軽やかなレイピアに力を込めてドラゴンの翼を叩き切ろうとする。
その、刹那。
鈴がリンリンと鳴るような木の葉が擦れる音が響いた。生命が滾るような、軽やかで優しい癒しの音色。ジェマとハリスの勢いが失速し、ジェットはその音が与える魔力の滾りに動揺した。
「ジェマ! ハリス! 避けろ!」
ジャスパーの声に、ジェマは咄嗟に飛び退いた。けれどその声が聞こえないハリスはいきなり勢いよく振り被られた翼に弾き飛ばされた。
「ハリス! 風よ、我が呼び声に応え、具現化せよ!」
ジェマはハリスの方に意識が逸れた。ウインドシールドを蹴って受け身を取れないまま翼で弾き飛ばされて意識がないハリスを抱き留める。
ジェマが安堵した瞬間、ローテンドが与える魔力が滾る大きなブレスがジェマとハリスを襲う。ジェマの意識がハリスに逸れた瞬間、ドラゴンはウォーターボールを振り払っていた。
「土壁!」
ジャスパー土壁を築いてジェマを庇おうとする。けれど土壁は容易に火に溶けていく。
「ジェット! モアレ! 頼む!」
「きゅきゅきゅう!」
モアレはジェマの影から不意打ちで飛び出すと、大きな口に再びブレスを飲み込む。気のせいではなくさっきまでより大きくなっている身体は、喜んでドラゴンの魔力がたっぷり含まれたブレスを飲み込んでいく。
「ピピピィ!」
こちらも身体がむくりと大きくなったジェット。いつもより太くしなやかな糸がドラゴンの顔にぐるぐると巻き付けられていく。振り払うことができるウォーターボールよりもずっと質が悪い。
「ジェット! そのまま頭を切り落とせ!」
「ピピピピピィ!」
ジェットが魔力をじわりじわりと膨らませていく。ジェットの糸は闇を刃に変え、ドラゴンの頭を粉々に切り裂いた。
「ピピィ!?」
その結末に絶叫したのは、ジェットだった。いつもの魔力量なら、ドラゴンの頭のような硬い鱗に包まれたものを粉みじんにすることなんてできるわけがなかった。それもこれも、ローテンが周囲にばら撒いた魔力のおかげ。
「まさか、助けられるとはな」
「そうだね」
ジェマは【次元袋】を漁って【回復ポーション】をハリスに飲ませる。意識がないままだったハリスの呼吸が安定すると、ジェマはホッと息を吐いた。
「この森の魔物を脅かしたハリスが意識を失うような相手だ。ジェマ、2度と戦闘中に気を抜くなよ」
「うん、分かった」
ジェマは真剣な顔で頷いた。この森を抜ける間、危険な戦闘はなかった。そして最近は大きな戦闘で先陣を切って戦うことも多かった。だから思わず、過信して油断した。
「ハリスに怪我させちゃった」
「そうだな。それと、ジェットの心のケアもしてやれ」
ジャスパーが困惑しているジェットと、それを面白がるように周りを飛び跳ねているモアレを蹄で指し示す。
「なんか、ジェットもモアレも大きくない?」
「ああ。ローテンドの魔力の影響だろうな。魔力が満ちると、魔石を核としている魔物は大きくなることがある」
「じゃあ、私がジェットとモアレに魔力を流したら?」
「まあ、大きく強くはなるだろうが。今はとにかく、頑張ったあいつらを褒めてやれ」
「うん、そうだね」
ジェマはジェットとモアレを手招く。ジェットとモアレは瞳を輝かせて、我先にとジェマの胸に飛び込んだ。




