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ハリスは躊躇うように視線を彷徨わせる。そしてジェマとジェットの顔を見ると、肩の力がゆっくりと抜けていった。
「ジェマとジェットのことは、信じられる。私、ついていきたい。その、ジェマの用事にも付き合うよ。この森を歩くなら、私がいた方が良い。魔物たち、とても強いから」
ハリスの瞳に力強さが宿る。きっと、元々貧民街で必死に生きていた普通の少女だった。けれど攫われ、囚われ、異常なものを胸に埋め込まれた。その恐怖と苦しみは、誰にも想像ができない。そしてやっとの思いでそこから逃げ出したと思えば、逃げ込んだこの森でたった一人で凶暴な魔物たちと戦ってきた。
「ハリスは、本当に強いんだね」
ジェマがふわりと微笑むと、ハリスは目を伏せる。その手は微かに震えていた。
「強く、ない。私が強いのは、この魔石のせい……」
「違うよ」
ジェマの手が、そっとハリスの震える手に重ねられた。戸惑うように顔を上げたハリスの瞳を射貫くように見つめたジェマは、微笑みを崩さないまま正面から向き合う。
「ハリスは、心が強いの。私だったら泣いて諦めてしまうような状況で、強く生き抜いた。自分で嫌っている力を使ってでも、生きようとした。その心がとても強くて、何よりも尊いものなんだよ。だって、ハリスが途中で諦めてしまったら、私はハリスと友達になれなかったんだから」
ハリスはその言葉に、迷うように瞳を揺らがせる。そして、ぽつりと呟いた。
「生きていても、良いのかな。こんな、化け物が」
「化け物じゃない。私の大事な友達の、ハリスだよ。私は、ハリスが大好き。だから生きていてくれて、本当に嬉しい」
ジェマは躊躇うことなくハリスを抱き締める。その腕に閉じ込められて、ハリスは目を丸くした。やがてその瞳にじわじわと涙が溜まると、ジェットは慌てたようにシュルシュルと糸を吐いてハンカチを作る。ジェマの背中によじ登ってハリスの涙を拭うジェットに、ジャスパーは小さく息を吐いた。
「ジェマもジェットも、そんなにハリスが気に入ったのか」
「ピピィ!」
「ふふ、ハリス、すっごく優しいもん。ジャスパー、聞いて聞いて?」
ジェマは泣いているハリスを抱き締めたまま、ジャスパーに満面の笑みを向けた。
「ハリスがね、ローテンドの居場所を知っているって教えてくれたの。これで探索があっという間に進むでしょう?」
「それは、まあ、そうかもしれないが」
ジャスパーはガシガシと頭を掻くと、改めてハリスを見つめる。ジェットに涙を拭われて微笑む彼女は、孤独から救われたような顔をしていた。その気持ちは、心当たりがある。
「……分かった。ハリスを信じよう。ただし。うちに住まわせるかどうかはシヴァリーとハナナの意見を聞いてからだ。分かったな? これはハリスの身を守るためにも必要なことだ」
ジャスパーの漆黒の瞳がジェマをジッと見据える。もしもハリスの存在が、力が知られれば、命が狙われることにもなりかねない。力を欲する者が女王であり続ける限り、避けられないこと。そしてそれが魔石によるものだと知られてしまえば。討伐隊が組まれる危険性だってある。
「分かってる。国の確実な庇護があれば、ハリスを守れる」
「ああ、そういうことだ。分かっているなら、連れ帰っても良い。孤独は、辛いからな」
ジェマはぱぁっと笑顔になって、ぎゅうぎゅうとハリスを抱き締める。ジェマがここまで誰かを友達だと言い切ることは珍しくて、ジャスパーはどこかくすぐったい気持ちになった。
「これは、認められたのかな?」
「うん! 一緒に帰ろう!」
「うん。そのためにも、その用事とやらを済ませないとだね」
ハリスはそう言うと、コマスとの国境に高くそびえる山を指さした。
「生気に満ちた木の周りにいる魔物は強すぎて私1人では倒せなかった。だけど木から凄く良い香りがする。みんな、それに吸い寄せられているんだと思う。胸の魔石も反応していたから、きっとそう。ここからずっと向こう。コマスへ続く獣道を進むと、その木が生えている」
「あの山の麓か」
ジャスパーは苦々しい表情を浮かべると、深くため息を漏らした。
「何か知っているの?」
ジェマが首を傾げると、ジャスパーは首を横に振った。
「いいや。ただの昔の記憶だ。ほら、用意をしていくぞ。その手に持っている素材を【次元袋】に仕舞って。ジェットは周囲の警戒を頼む」
「はぁい」
「ピピッ!」
「良いな、私は精霊の言葉は分からないから」
ハリスがどこか寂し気な顔をすると、ジェマはその手を握って歩き出す。
「大丈夫! 私が教えてあげるから! それに、もしかしたら、身体に魔力が馴染んだら聞こえるようになるかもよ?」
精霊の視認と魔力に因果関係は見つかっていないものの、魔力が多い者ほど精霊が見えていることが多い。現にハリスも、気配を察することはできている。
「そっか。ふふ、そう思ったら、この身体も悪くないね。ジェマと同じ世界が見られたら、きっと楽しいもの」
ハリスは柔らかに微笑むと、ジェマに手を引かれながら道案内を始めた。ジャスパーはそんな2人を見守りながら、この先で待っているであろう事態を想像してこめかみに蹄を当ててため息を漏らした。




