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花の精霊の光がチラチラと激しく揺れて緊急事態を知らせる。
「何? ジェマがそいつと? どこだ。案内してくれ」
ジャスパーは花の精霊を追いかけて全速力で飛んでいく。その先にいたのは、ジェマと謎の少女。ジェマより少し年上らしいものの、話に聞くほど凶暴な人間には見えない。
「……ん? 何かいるのか?」
少女は顔を上げたものの、精霊が見えるわけではないのか辺りを警戒するように見回すばかり。ジェマは少女に笑いかける。
「大丈夫だよ、私の家族だから。ジャスパー、この子はハリス。この森にしばらく滞在しているんだって」
「えっと、見えない精霊さん? 私はハリス・マクラウド。よろしく」
ジャスパーはジッとハリスを見つめる。悪意は見えない。けれど明確な魔力がその身体には宿っている。
「ジェマ、この森で1人でいた上に、そんなに魔力に満ちた人間とも思えない者が安全だと思うか?」
ジャスパーの警戒心たっぷりの言葉に、ジェマが眉を顰める前にジェットがジャスパーに飛びついた。
「ピピッ!」
「……ジェットが安全だと判断したのか?」
「……精霊さんは、もしかして、私を警戒してる?」
ジェマとジェットの様子から察したらしいハリスは、シャツの胸元をギュッと握りしめる。その手は微かに震えていて、強者にはあるまじき恐れが滲み出ていた。
「ハリスから溢れてる魔力を警戒しているみたい。私もそれは気になる。でも、ハリスはお友達だから。素材のことも教えてくれたし、ジェットのことも可愛いって言ってくれたし。私はハリスが大好きだよ」
ジェマは屈託なく笑う。ジェマがハリスと出会ったとき、ハリスは怯えたようにジェマの前に姿を現した。そしてジェマが探しているものを聞くと、そっとその場所を教えた。ハリスほどの身体能力があれば逃げることも容易だったはず。それでもジェマの前に姿を現した。ジェマはそこに意味があるはずだと、信じていた。
ジャスパーはジェマが真っ直ぐにハリスを信じる気持ちがひしひしと伝わってきて、ため息を漏らす。ジェットもジャスパーにしがみついてピィピィ鳴く。2人に懇願されてしまえば、ジャスパーも折れるほかなかった。
「分かった。信じる。ただ、知りたい。その魔力の理由を。魔物を食らったからと言ってそこまで体内に魔力が溜まることはないだろう?」
ジェマは慎重にジャスパーの言葉をハリスに伝える。ハリスの人生や心に関わる部分だと、分からないわけがなかった。そんな大きな秘密を、出会ったばかりの自分に語ってくれるのか。ジェマは不安げにハリスを見つめた。
「ジェマは、道具師なんだよね」
「うん。道具師だよ」
「……私を、討伐しない?」
ハリスの瞳が揺れる。ジェマは一瞬驚いたように目を見開くと、すぐに笑顔でハリスの手を取った。
「大丈夫! そんなことしないよ。だって、お友達だもん」
ジェマの真っ直ぐな言葉に、迷っていたハリスの瞳が優しく細められた。
「そう、だよね。お友達、だもん」
ハリスはシャツの胸元から手を離す。焼け焦げたような跡の残る服。胸元の穴から、緑色の光が見えていた。その正体に気が付いたとき、ジェマの眉間に深く皺が寄った。
「もしかして……コマスから来たの?」
ハリスの肩が跳ねる。コマスの地下実験。その犠牲となった人々の調査報告は、ジェマの耳にもたびたび届く。ハナナやヒュプノスが教えてくれる情報に、ジェマは胸を痛め続けていた。その情報の中に、見たことがあった。魔石を埋め込まれた人間が複数名いる、と。その大半は命を落としたが、生き残った者たちは強大な力を得て研究所から逃げ出したという。
「ど、奴隷じゃないのっ。でも、その、貧民街の生まれで、それで……」
「そんなの、気にしない。ハリス。痛みは? 苦しいところとか、気分が悪いところとかは? 怪我はしてる?」
ジェマはハリスの肩をガシリと掴むと、ぐっとその白い瞳を覗き込む。あまりにも真剣な眼差しにハリスがむしろ戸惑う中、ジェットがしゅるしゅると音を立てながら服を編む。
「ピピッ!」
ジェットが作り上げたワンピースをハリスにぐいぐいと押し付ける。戸惑うハリスに、ジェマはうんうんと深く頷く。
「そうだね。着替えた方が良い。ハリス、帰る場所は?」
「な、ない、けど……」
ハリスはおずおずとワンピースを受け取る。それを着るか悩む姿に、ジェマはぽいっとハリスのボロボロの服を脱がせてワンピースを頭から被らせる。
「よし。これなら胸の魔石は見えない。私の用事が終わったら、私のお店においでよ。そこで絶対に助けてくれる人を紹介する。住む場所がないならうちに住めば良いし、働く場所に困るなら私のお店で店番をしてくれたらすっごく、ものすっごく助かるんだけど。どうかな?」
ジェマは早口に捲し立てる。ジャスパーはその様子に思わず苦笑いを浮かべた。
せっかく仲良くなった友達とずっと一緒にいたい、そして店番が欲しい。その両方を力づくでも叶えてみせる。その傲慢で強情で、だけど相手を助けたい気持ちも溢れ出す姿は、スレートにそっくりだった。




