新たなる名は
冒険者が拠点を構える住宅地のすぐ隣には様々な店が存在する。なんなら隣どころか目と鼻の先と言える距離にまで店が立ち並んでいるその様を見ると、商魂逞しい商人達が商機を逃さないようにこぞって冒険者の家の近くに出店したのではとすら思えてくる。
…まぁ実際は冒険者がゲームを開始した際にどこで買い物をすればいいのか迷わないようにしようという、制作陣の初心者に対する導線なのだろう。
ともあれ家から歩いて数分の所に店を構えていてくれるのは冒険者にとってメリットしかないので不満はないのだが。そんな事を考えているうちに目的の店の前までたどり着いていた。その間約3分程である。
とはいえ絶賛歩く破壊兵器な事に変わりはなく、街行く人とぶつからない様に細心の注意を払っていた為わずかな時間でも気疲れしているのだが…
「アイザック雑貨店…間違いない、ここだ」
『アビスゲートオンライン』の時よりも建物に年季が入っている様に感じるが、それはおそらく気のせいではなく15年という月日によるものだろう。私のホームは拡張工事の際には劣化防止の処置をした為、15年経過しても全く劣化していなかったが…街中にある建物は当然時間と共に劣化していく。そんな部分でも本当に15年経過しているのだなと感じられた。
見た目が変わっていないと言えば、ミアも15年経過しても全くと言っていい程にその姿は変わっていない。その理由は恐らく種族的な問題であろう。ミアはエルフィンと呼ばれるエルフによく似た種族と、ドワルグというドワーフによく似た種族のハーフである。どちらの種族も長命な為、人間とは違い15年では外見的に大きな影響が出る程ではないという事だろう。
因みにミアの容姿は正に両親の種族の良い所取り。長身で細身…というかツルペタなボディラインと尖った耳が特徴なエルフィンと、身長が低くずんぐりむっくりとした見た目というドワルグの特徴を上手く抽出したかのように、顔立ちこそ幼さを残しているが綺麗な銀髪に細い手足、そして出る所は出ているのにウエストは縊れているという抜群のプロポーションを誇っている。
余談だが、設定上エルフとエルフィンは別である。古の時代に世界樹共に暮らしていたエルフの一部が何らかの理由でこの大陸に移り住み、それと引き換えに世界所の加護ってしまった。そうして世界所の加護を失ったエルフの末裔がエルフィンであり、種族としてはもはや別物という事らしい。なので別の大陸には未だ純粋種のエルフも居る…と設定資料には書いてあった。
またしても物思いに耽っている内に、店のドアがガチャという音と共に開かれた。
「お嬢ちゃんお客さんなのかい?入口の前でぼーっと突っ立ってられると営業妨害なんだが…」
50半ば程の厳つい顔をした店主が、少し困ったような顔で声をかけてくる。
「あぁ、ごめんなさい。買い物に来ました!」
そう返事をすると、客であると認識した為か表情が少し柔らかくなりつつもぶっきらぼうに、「そうかい、まず入んな」と促され店内に入る。
店内はそれなりの広さがあり、入ってすぐ目に付く場所には鶴嘴や鉞、スコップ等の採掘採集に必要なアイテムが一揃い置いてある。棚には簡易なポーション類を含めた雑多な物が陳列されており、概ね駆け出しの冒険者が必要としそうな物に重きを置いた品揃えである。店名に雑貨店と付いているが、小物などの雑貨ではなくあくまで冒険者向けの雑貨店である。
その他アイテムの販売以外にも、このお店で鉱石や宝石の買い取りもしてくれた。店内の品揃えに鶴嘴が有るのも取って来た鉱石等をここに持ち込めという事だろう。『アビスゲートオンライン』の時と変わっていなければ、今も持ち込んだ宝石の買取りをしてくれるはずだ。
多くのお店が立ち並ぶ中でこのお店を選んだ理由は、宝石の買取りを期待しての事と、雑貨の中に下位の魔性石があったと記憶していたからだ。今もラインナップが変わっていなければの話だが。
そうして奥の棚に目的の魔性石が並んでいるのを発見し、目的の一つが果たされた事を理解する。あとは購入資金を工面する為に持ち込んだピジョンブラッド…ルビーの中でも最高級品と呼ばれるこの石を買い取って貰えるかの確認だ。
残りの目的を果たそうと、入店後はカウンターに戻り何か思案げな様子で腕組みをしていた店主に話し掛けようとした瞬間、大きな姿見に自分の姿が映りこんでいる事に気が付いた。
ボロボロの服のままでは外聞が悪いと思い、行き掛けにコートを一枚羽織って来たのだが…その姿に何か違和感を感じる。今更ゲームの姿になっている事に違和感があるとかそういう事ではなく、もっと何か、基本的な部分での所でおかしな部分があるのだ…
違和感を感じながらもその正体が分からず、暫し鏡の前で立ち尽くしていると、カウンターから「お嬢ちゃん、どうした?」との声が飛んでくる。
…お嬢ちゃん?店先でも同じように声を掛けられたが、アバターとしての自分の外見は20台半ば位のはずだ…いくら店主が壮年とはいえ、お嬢『ちゃん』というのは…そう思った瞬間、ハッと違和感の正体に気が付いた。
「もしかして、若返ってる…?」
基本的な顔のパーツは変わっていないが、その顔立ちには十代特有の幼さが垣間見える。どう見ても20代半ばには見えず、精々が十五、六歳といった所だろう。僅かだが背も縮んでいる気がする。困惑続きの一日にまた分からないことが増えたが。それを考える間もなくカウンターからの声が続けざまに飛んでくる。
「おい!大丈夫か?」
深刻な顔で鏡を見つめていた事で心配をかけてしまったらしい。分からない事を考えていても仕方ない思考を切り替え、返事をした勢いついでに要件も伝える事にした。
「あっ、はい!大丈夫です!すみません、宝石の買い取りをお願いしたいんですけど!」
心配して声を掛けたら商売の話を返され、少し面を喰らった様子で店主が言葉を絞り出す。
「…ああ、それで、何を買取って欲しいんだ?」
「コレなんですけど…」
そう言いながら、赤ん坊のこぶし程の大きさのルビーをカバンの中から取り出しカウンターに置く。
「こいつはルビーか…しかもこの色合い、ピジョンブラッドじゃねぇか?」
少し驚いた様子で一目見てそう返す店主、流石商売人の目利きである。
「はい、ピジョンブラッドです。幾ら位になりますかね?」
「こいつぁパッと見ただけで上質だってのが分かる程の代物だ、更にこの大きさ───これくらいは出させて貰おう」
そう言いながら、店主は指を3本立てた。
「30万…ですか?まぁ、そんなものですかね」
「いやいや、お嬢ちゃん何言ってんだ。300万だ、300万。」
「300…300万!?ピジョンブラッドがですか!?───宝石としては希少だけど、石自体に特別な効果が付いてるわけでもないし、この大きさなら30万位が相場だったはずなのに…」
「お嬢ちゃん、若いのによく知ってるな。だがそれは15年位前までの話だ。今は昔ほど冒険者が鉱石や宝石を持ち込む事が少なくなってな…裏の山で採れるような鉱石や魔性石なら大した値段じゃないが、モンスターが生息する山の奥まで行かないと採れないような物は貴重になって以前より大きく値上がりしたんだ」
(確かに、死ねば終わりの今の世界で無理にモンスターの生息域に入るのは余程上位の冒険者位か…)
希少な鉱石類が出る山や採掘場の殆どはモンスターも相応に強く、場所も遠い。下位の冒険者が安全に採掘するのは不可能だ。かと言って上位の冒険者が挙って採掘に向かうかといえば恐らくそんな事はない。転移魔法が使えなくなった今の世界でわざわざ遠くまで出かけた上で採れるかどうか分からない鉱石を狙うより、モンスターの討伐でもして素材を売った方が余程早いだろう。要は需要と供給のバランスが崩れた結果ということか。
「だもんで、ルビーも相応に値上がりしてる上にしかもピジョンブラッドと来たもんだ。宝石の専門店に持ち込めばウチが提示した買値よりも高い金額で買ってくれるだろうが…わざわざウチに買い取りを依頼するくらいだから即金が必要なんだろう?どうする?」
商人としての信用の問題か、ここよりも高い店で買い取ってくれる店があるという情報を提示しつつも、即金が欲しいというこちらの現状をしっかり読み切った上での交渉にプロとしての商魂をみた。
その殊に感心したというのもあるが、何より即金が必要だという事実は動かし難く…店主の商談に乗ることにした。
「わかりました、300で」
「…本当に良いのかい?コチラから提示しておいてなんだが、ここは普通もうちょっと粘る場面だぜ?」
余りに素直に頷いたことに世間知らずのお嬢様を騙しているようで気が引けたのか逆に心配されてしまった。
「他のお店ならもっと高く買い取ってくれるという、出さなくてもいい情報を出して頂いた事に誠意も感じましたし、即金が必要なのも事実です。なのでこのお店で買取って貰おうと思いました。それに…」
「それに?」
「…いえ、何でもありません。先程の値段で買い取りをお願いします。それと幾つかの購入したいものがあるので、購入費用は買取額から差し引いて下さい」
心の中に浮かんだ思いを口に出すことなくそう告げる。『アビスゲートオンライン』での事だが、ゲームを始めたばかりの頃一番最初に訪れた店がこの店だった。それ故初心者の頃にお世話になったこの店で買取って貰おうと思ったのだ。…そんな事を突然言っても不審がられるだけなので当然口には出さなかったが。
「…そうか、それで何を売って欲しいんだ?」
必要な商品を訪ねてくる顔は次のビジネスへと気持ちが切り替わった様子であり、流石商売人という所を感じさせる対応だ。
「魔性石を各属性一揃えで1個ずつと、あと鶴嘴とか諸々採取に必要な道具も1式で3セット程下さい」
目的の魔性石の他にも、今後の冒険に出た際に現地で採掘や採集等が出来るように道具も購入しておく。
「分かった、今用意しよう」
そう言って店の奥に入って行き、程無くして店主が戻ってきた。
「ルビーの買取額、そこから各魔性石と諸々の道具類合わせた差し引き額の290万ギルだ。端数はまけておいた。魔性石はここで渡せるが、鶴嘴なんかは嵩張るから外に並べて置いてある。結構な量だが、荷台なんかは…要らないみたいだな。」
腰についてある魔法の鞄を見て店主はそれ以上は口にせず、かわりに感心したように一言漏らす。
「若いのに魔法の鞄とは大したもんだ…ここ15年で冒険者以外にも持つやつは多少増えたが、それでもそうそう手が出るものじゃない。」
プレイヤーである冒険者はゲーム開始時点で標準的に装備しているものだが、勿論NPCは持っていなかった。どうやら15年の間に冒険者以外の人にもある流通するようになったらしい。
因みに魔法の鞄は特定のクエストを進行させることで段階的に拡張する事が可能な仕組みであり、クエストの受注条件はレベルが一定以上である事だ。鞄の大きさを最大まで拡張するにはLVを250以上まで上げなければならない。
LV250がどの程度のものかといえば、まる4年程朝から晩までひたすらレベル上げだけに従事すれば到達可能なLVだ。更にそこから300まで上げるには、1から250まで上げた時間を更に上回る時間が必要になる。正しく苦行であり、我ながらよく上げたものだと感心を超えて感動すら覚える。
そう一人回想していると「なんにせよ」という店主の声に現実に引き戻される。
「その鞄が何段階かは知らんが、最下級でも買ったものくらいは余裕で入るだろう。案内するからついてきな」
そう言って店主は店の外に向かい、それを追い掛ける形で店外に出る。
店の側面に回ると荷台に載せられた鶴嘴やスコップ等の道具が並んでおり、促されるままに鞄に収納していく。全て鞄に入れ終えた所で「ありがとうございました」と店主に声を掛け立ち去ろうとするが、予想外の一言が店主からもたらされた。
「…客の個人情報を聞くのはあれなんだが、お嬢ちゃんの母親も冒険者だったりするかい?」
何故そんな事を聞かれたのかと一瞬考えたが、自身の今の姿を思い出しある考えに辿り着く。
(もしかして、ゲームの時より姿が若返ってるから娘か何かだと思われてる…?)
本来NPCであったはずのミアが今は生身の人間になり自分の事を覚えていた。ならば店主もまた葉月の事を覚えている可能性は十分にある。
街中でクエストをこなすと名声値が上がり、最終的にその評価は『英雄』と呼ばれるまでになる。ソレは奇しくも『アビスゲートオンライン』において葉月が他の冒険者に称賛と嘲りを込めて呼ばれた渾名と同じものであったが───閑話休題、『英雄』と呼ばれる程の知名度を獲得していた以上、店主が『葉月』を認識していた可能性がある。
誠意ある対応でルビーを買い取ってくれた店主に対して適当な事を言ってごまかすのも気が引けるし、なにより他人というには顔が似すぎている。かといって正直に話した所で信じてもらえるとも思えず、逡巡した結果店主の勘違いに便乗する形でこう返した。
「ええと…そうみたいです…幼い頃に冒険に出てから会っていないので今どうしているのかも分かりませんが」
「そうか…悪い事聞いちまったな。───お嬢ちゃん、名前は?」
(名前…名前か。咄嗟の事で何も浮かばない………ええい、こうなったら)
「ええと、月です」
自分の名前から一文字を取って付けるという何とも安直な名前だが、咄嗟の事でそれしか浮かばず苦し紛れにそう絞り出していた。
「そうか、月か…、ありがとさん、また来てくれよ」
そう告げる店主に会釈をしながら店を出る。その場の勢いで娘という事にしてしまったが、今後ももし『葉月』を知っている人に会った時にこの設定は使えると考え、結果的には良いアドリブだったと思う事にした。
そんな事を考えている、自らの意思に関係なくステータス画面が突然表示される。何事かと視線を運ぶと、そこにはハッキリとこう書かれていた。
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キャラクターネーム:月
称号:『英雄の娘』
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「名前が変わってる…?それに勝手に称号が付いてる…」
困惑しながらもその理由を考えてみると、この世界に来てから一度も自らの名前を口に出した事が無かったと思い至った。直接誰かに名乗った名前が『葉月』ではなく、咄嗟に出た『月』という名前だったせいで、自らの情報が書き換えられたのだろうか…不可思議な現象ではあるが、今自分が置かれている状況が既に不可解のオンパレードであるため、最早深く考えない方が良さそうだ…それよりも重要な事がある。
「取り敢えず帰ろう。早く帰らないとミアが心配するし」
分かり得ぬ事や未来の心配をするよりも、家で待っているミアが気を揉まない様に早く変える事の方が余程重要だと判断し、独り言ちながら家路に着くのであった。
一応名前回だったりします。
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