歩みをここから
『よし、街に行こう!』
やや暫く頭を抱えていたが、何時までもここで現実逃避していても仕方無いと思い立ち、一つの行動方針を決める。
現在自分がいるドミネス高原はシュテルツ王国の領地内であり、高原の先には小高い山間に囲まれた王都がある。
偶然かは分からないが、自身がゲームをしていた時に拠点としていたのがシュテルツ王国である。ゲームでの自宅もそこにあった。
もしそこに自分の家が存在すれば、この世界とゲームには直接的な繋がりがあるという事になるだろう。また、王都であれば色々と情報収集も可能だろうという考えもあった。
『転移魔法は…駄目だ、使えない』
魔法のスクロール画面から転移魔法を選択してみたが、その文字は黒く塗りつぶされており、使用は不可能になっていた。
『となると、歩いて行くしかないか…』
ドミネス高原と王都はそこまで離れておらず、ここからならば歩きでも半日程度。冒険者の身体能力で走れば直ぐに辿りつける距離だ。むしろこのステータスであれば周囲の山を飛び越えて、一瞬で到着出来そうである。
とはいえ、力の制御が全く出来ていないこの状態で下手にジャンプなどしようものなら、どうなる事か。落下先に人がいてペシャンコにする可能性や、或いは街中に流星の如く突っ込んで破壊行為に勤しむ事になりかねない。
それらの可能性を考慮すると、必然答えは徒歩以外に無くなっていた。
『そうと決まれば、善は急げってね』
そう言いながら徐に川からその身を引き上げ、生まれたままの姿で服を干している木の方に足を向ける。途中歩きながら肌の上をその掌で優しくなぞり、出来る限り水滴を払う。とはいえそれで水気が全て切れる訳も無いため、衣服に付いていたスカーフをタオル代わりにすることにした。
そうしてある程度体を拭いたところで見切りをつけ、衣類を身に纏う。多少濡れている所もあるが、今は晴れているし風も強い。直に乾くだろう。
『そもそも、また雨が降らないとも限らない…あぁ、でも、雲はさっき吹っ飛ばしたんだった…』
折角切り替えた思考が再び逆戻りしそうになるのを頭を振って止め、王都への道程に思考を巡らせるが…先程迄の皮算用に一つの抜け道があることに思い至る。
『あ~、ぱっと見の地形がゲームと同じだとしても、広さも全く同じとは限らないか…となると、やっぱり食料も必要かなぁ』
ドミネス高原は街道沿いにリンゴの木が生えていた筈だが、ここにもあるのだろうか。もし幾つか収穫出来れば食料になるし、序に水分補給も一緒に出来るだろう。
そんな事を考えながら歩を進めようとした所で、自らの胸の中に言い知れぬ感情が渦巻いている事に気が付き、その動きをピタリと止める。
そんな気持ちに促される様に徐に目をつむり、自らの胸に手を当てながらその根源を探っていく。
『正直……イキナリ過ぎて、追いついてない』
現状への混乱や未知への不安。或いは別の何か。ともあれ、マイナスの方向へ感情のベクトルが向いているのは確かだ。しかし、それ以上にプラスの方向に大きなエネルギーが生まれている実感があった。
いま、自分は、人生のすべてを捧げたゲームと同じ世界を歩いているのかもしれない。
肌を撫でる風、鼻腔をくすぐる土の匂い。五感が直接受け取る情報のすべてが、臆病な思考を塗り潰し、強烈な高揚感へと変えていく。
或いは、それは『葉月』の肉体が感じているものなのかもしれない。
しかしそれを確かめる術は無く、その熱が臨界に達した時、ふと、自分の中に芽生えた感情の正体に気づく。
『ああ、でも、そうか。……ワクワクしてるんだ、私は』
その気持ちを明瞭に自覚した瞬間、『少女』は大きな目を見開き、弾かれたように声を張り上げていた。
『行っくぞー!』
突き抜けるような青空に、不慣れな大声がどこまでも響き渡る。
そうしてここから、彼の――否。
『彼女』の、真の冒険が幕を開ける。
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