新たなる事実
目の前の少女…ミアの口から告げられた出会い頭の一言に大きな衝撃と困惑を受けたが、おいおいと泣き出してしまったミアの姿に暫し二の句を告げられず、しかして時間の経過と共に玄関先とはいえ往来で少女を泣かせているこの絵面はマズイのではという感情が沸き上がる。
「と、とりあえず…お家にはいろっか」
何とかそう言葉を絞り出すと、泣きじゃくっていたミアは言葉を発する事なく、返答の代わりにコクリと頷くのであった。
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「お、お茶入れますねぇ!」
大泣きしてばつが悪いのか、家中に入り少し落ち着きを取り戻したミアがそう言いながら駆ける様に台所に向かっていく。その後姿に微苦笑を浮かべながら、『ミア』という存在に思いを馳せる。
『アビスゲートオンライン』ではゲーム開始時にプレイヤー一人一人に持ち家が与えられる。それは前述した通りだが、それ以外にもサポートAIが一体ずつ与えられる。それが今しがたまで自分の胸で大泣きしていた『ミア』だ。
プレイヤーはゲーム開始直後のチュートリアルとして『斡旋所』と呼ばれる場所に向かい、そこで自らのパートナーとなるサポートAIを選ぶのだ。サポートAIは街中に居るNPCよりも高度なAIが組み込まれており、沢山接する事でより人間に近い挙動になっていく。
細部まで無駄にこだわり尽くされた『アビスゲートオンライン』では家にも清潔度という数値が設定されており掃除をしなければならない。空腹度というものも設定されており食事も必要になる。そう言った部分を担ってくれるのがサポートAIなのだ。会話の中で好みを言えばそれに合わせた家内のレイアウトや食事も提供してくれるようになる。
ちなみに給料制で給料を払わないと暇を取られてしまう。ノーモアブラック会社。
ともあれ15年絶え間なくプレイを続けた葉月のサポートAIはかなり成長しており、かなり『人間っぽい』存在だった。それでも───
(どれだけ人間ぽくてもサポートAIが泣く事なんて無かった…やっぱりこの世界の人達はプログラムなんかじゃない、感情がある人間なんだ…)
改めて『アビスゲートオンライン』との違いを実感すると共に先程大泣きしていたミアの姿を瞼の裏に思い浮かべていると、目を赤く腫らしたミアが紅茶とお茶受けを目の前に運んでくれる。私の好みに合わせた微糖の紅茶だ。私の事を認識しているのだから当たり前ではあるが、嗜好を認識している辺りやはり記憶があるようだ…
そうしてお茶を運んだミアがテーブルを挟んで私の向かい正面に座る。そこはいつもミアが座る定位置であった。感慨に押し黙っているとミアの方から口を開き、先程と同じ質問を問いかけてくる。
「それでご主人様は、今まで何処に行ってたんですかぁ…?」
ミアが私にそう尋ねるが、なにせ自分でも何が何やら分かっていない為に直ぐに言葉が出て来ない。とはいえ答えない訳にもいかない為、あるがままを話す事にした。
「それが、私にもよく分からないんだけれども…気が付いたらいきなりドミネス高原に居たんだ。どうしてそこに居たのかも分からないし、どうすればいいのかも分からなくて…取り合えず一度家に戻ろうと思って帰って来たんだ」
情けない話ではあるが、これが自分の今持っている情報の全てである。その内容に疑問を持ったミアが更に質問を重ねてくる。
「気が付いたらって…ご主人様が突然居なくなってから15年も経ってるのに、その間の記憶が全くないって事ですかぁ?」
困惑した表情でミアが先程の衝撃的な発言を再度口から発した事で、一度棚に上げた疑問を下す流れとなったいた。
「うん…何も記憶がない。寝て起きたら15年経過したよって突然言われて正直寝耳に水って感じ。だから、逆に何があったのかをミアに聞きたいんだ」
「そう…なんですね───わかりましたぁ、じゃあとりあえず順を追ってお話ししますねぇ」
ミアはそういうと少し考えこんだ後、伝えるべき内容と順番を精査したのかゆっくりと言葉を発した。
「まずご主人様がいなくなったあの日ですけど…大変な事が幾つも、それもいっぺんに起こったんですよぉ」
「大変な事?」
「はい、まず一つめは全ての冒険者さんが記憶喪失になったんですぅ」
ここでミアがいう冒険者とはプレイヤーの事のはずだ。であれば全てのプレイヤーが突然記憶喪失になったという事だが…そんなことがあり得るのだろうか。余りの内容に思わず「記憶喪失?」とオウム返ししてしまった私に対し、ミアは言葉を続ける。
「はい、記憶喪失ですぅ。自分の事も何もかも記憶が無くなってしまったみたいなんですぅ」
「俄かには信じがたいけど…」
呆然としながらそんな事を口にすると、追い打ちを掛けるように衝撃的な発言がさらに続く。
「しかも、冒険者さん達の事を誰も覚えていないんですよぉ。冒険者さんのパートナーも含めてぇ」
「えっとつまり、冒険者達本人は記憶喪失で、周りの人達は冒険者の事自体を覚えてないって事…?」
「そうですぅ、なので突然大量の身元不明者が生えてきたみたいになって大混乱でしたぁ。でも冒険者ギルドに冒険者さんの登録名簿は残っていて、それで名前の確認は出来たみたいですぅ」
「それは…あれ?」
街中に突然身元不明の人が大量発生するというパニック間違いなしの事態を想像するが、その発言によって生まれた疑問をミアにぶつける。
「でも、ミアは私の事覚えてるよね?」
「はい、それは私も不思議でしたぁ…でも、不思議と言えば他の冒険者さんは記憶こそ失っているけれど、ご主人様みたいに突然行方不明になった人っていないんですよねぇ…記憶がない冒険者さんは全員登録名簿で照会して確認出来たのでぇ」
何故か葉月だけが突如世界から姿を消し、15年経過した今になって突然姿を現した。他の冒険者は記憶喪失で、周囲の人は存在を覚えていない。奇々怪々な事この上ない話である。
「あと、冒険者さんにあった『祝福』が無くなっちゃったんですよぉ」
「『祝福』が無くなった…それってもしかして」
「はい、『祝福』があるから冒険者さんがもしやられても蘇る事が出来たんですけど…『祝福』が無くなってしまった事で生き返る事も出来なくなっちゃいましたぁ」
『祝福』とは、ようはMMORPG等でよくある戦闘不能になった際にホームポイントに復活出来るシステムだ。一応蘇生魔法もあるが一定時間が経過してしまうと使うことが出来ず魔法も万能ではない。つまり『祝福』が無くなった今、もし人知れず死亡してしまえば二度と蘇る事は出来ないという事だ。
もしも死んでも生き返らないのは当たり前だという人が居ればそれは地球がモンスターのいない世界だから言える事である。街から出ればモンスターに襲われるこの世界で蘇る手段が無いというのはゾッとしない話である。
幾つもの衝撃的な事実を重ねて告げられた所で、夕刻を告げる鐘の音が街中に響き渡った。その音を聞きミアが勢いよく椅子から立ち上がる。
「あぁ大変、もうこんな時間!折角ご主人様が帰って来たのに夕餉の準備が何も出来てないですぅ…急いで支度しますね!』
そう言ったミアは慌ただしく、止める間もなく台所へ駆けていく。正直まだ聞きたいことはたくさんあったがそれは夕食の時でも良いだろうと思考を切り替える。情報過多な脳内に糖分を届けようとお茶請けのクッキーに手を伸ばし頬張ると口内にミルクの味が広がる。どうやらミルククッキーの様だ。
「美味しい…」
2つ目のクッキーに手を伸ばしかけ、途中でその動きを止める。ミアがご飯を作ってくれているのだから、間食は余りしないほうが良いだろうと考えたのだ。そうして伸ばしかけた手は代わりを求め、紅茶のカップに辿り着く。
そうして少し微温くなった紅茶を口に含みながら、パタパタと元気に響く足を遠くに聞く。それは葉月にとって今日初めて訪れた穏やかな時間ったあった。
前話投稿後初めてのブックマークを頂きました。感謝感謝でございます。
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