辿り着いた場所で
小休止を挟み王都への移動を再開してから1時間半程が経過していた。
『アビスゲートオンライン』内では見慣れた鹿型のモンスターや甲虫を大きくした様なモンスターを見掛けたが、ドミネス高原の時と同じく襲われる様な事は無かった。
「この辺りのモンスターもゲームと姿形は同じか…」
ゲーム同様の見た目から、格上の相手には手を出さないという生態はここでも生きているのかもしれない。元々攻撃的なモンスターではないから襲って来ないだけだとか、はたまた単純に野生の感の可能性もあるが。
何にせよ歩みは順調であり、遂に視線の先に王都の城門…その一部が見えてきた。
「やっとついた…!」
思わずそう呟き、自然と速くなりかけた足取りに直ぐに気が付き自制する。
「あぶないあぶない、落ち着け私」
因みに一人称の私は今は亡き父を見て育った結果、自然と身についたものである。
常に穏やかで微笑みを絶やさない人だった父は、家内でも泰然とした様子で自らの事を私と呼ぶ人だった。その余裕のある態度に憧れ、こどもの頃から真似していた結果、『私』の一人称も『私』で固定され今に至るという訳だ。
『アビスゲートオンライン』では一人称とアバターで女性に間違われる事も多かったが、間違われた所で何かある訳でもないので大した問題ではなかった。
とはいえ、今の自分の性別はどっちなのだろうか。体が女性な事は間違い無いが精神は八神葉月のものなので男とも言えるかもしれない。なんとも微妙な所ではあるが…やや持って考えてはみたが、結局のところ別にどちらでもいいかという結論に達した。
両親の死後、自身にとっての人生とは『アビスゲートオンライン』であり、それが全てだった。ログインしていない時間はほぼ食事をしているか眠っているかの二択であり、もはや現実での性別などどうでも良かった。
そして『アビスゲートオンライン』において性別によるステータス上昇値の違いなどは無かったし、先程見たステータスの高さからもそれは変わらないと考えて良いだろう。であればこの世界においても性別など些末な事だろう。
世間とは大分ズレた感性により自らの中で答えを出すと、改めて城門に視線を送る。周囲に生える木々のお陰で全体像は見えないが、城門までの距離は確実に近づいていた。
そうして城門まで100メートル程の距離まで来た所でランニングを止め通常の歩行に切り替える。
城下に入る際の手続き等は無かったが、それはゲームでの事である。小走りで城門に向かえば衛兵に何を急いでいるのかと声を掛けられるかもしれないと思い走るのを止めたのだ。
呼び止められて何ということも無いのだが、少しでも早く城下に入りたいという思いがあり無駄に時間を浪費するような事は避けたかった。あとは万が一にも変に絡まれて揉め事になった時に、相手を肉片にしない自信がなかった。寧ろ理由としてはそちらが殆どだ。
フーッと息を吐きなるべく自然に衛兵の前を通過する。そうして門の中に入ろうとした瞬間、不意に呼び止められる。
「お嬢さん、ちょっといいかな」
四十代程の人の良さそうな男の衛兵が声を掛けてきた。ドキッとしながらも別段疚しい事も無いため、鷹揚に「なんでしょうか?」と返事をする。
「いやぁ、見たところ服がボロボロみたいだから、怪我でもしてないかと思って声を掛けたんだが…」
言われて改めて自身の衣服に視線を向けると、大羊にやられてボロになっていた所に音の壁を超えた影響で更にボロに、文字通りボロボロになっていた。
「服はちょっとモンスターと戦った時に…でも、怪我とかは無いので大丈夫ですよ」
「そうか、それなら良かった、呼び止めてしまって済まなかったね」
「いえ、心配して頂いてありがとうございます。お仕事頑張って下さい」
そう衛兵に述べ改めて城門の中に入る。人間では無くモンスターを想定して作られた城門は3メートル程の厚さを誇り、その分厚い城門を抜けると同時に自分の視界に入った光景に思わず声が漏れだした。
『うわぁ…!』
ドミネス高原からここに至るまでの道程で見た風景も『アビスゲートオンライン』と瓜二つであり、そんな世界に生身の体で居られる事に感動していたのは事実だ。
しかし今自分の前に広がる光景はそれとはまた一線を画したものである。『アビスゲートオンライン』が現実になったとしか思えない世界の中で人々が行き交い生活を営んでいる。その事実に思わず涙が零れそうになる程だった。
『アビスゲートオンライン』内のNPCは自己学習型AIでプログラミングされており一見本物の人間の様に見える程だ。それでもやはりAIはAI、どこまで行っても本物の人間とは違う部分が見受けられた。だが先程の衛兵然り、今目の前に居る人々の動きや表情は確かに血の通った人間のそれだ。
(やっぱり、異世界的なナニカなのかな…)
数時間前に思い浮かんだ空想の類としか思えない仮説がいよいよ現実味を帯びてきたが、ここで立ちながら考えていても仕方ないと考えその歩を進める。
向かう先は住宅街。『アビスゲートオンライン』においてプレイヤー用の拠点が集合する場所、つまり自分の家である。
ここが何処まで『アビスゲートオンライン』と類似した世界なのかはわからないが、ゲームの時に存在していて且つ自分専用の物がこの世界にあれば、ここがどういった場所なのかを考えるヒントになると考えたからだ。
それ以外にももう2つ自宅へ向かう理由はあるが…考え事をしながら歩いて歩行者を吹き飛ばしては不味いと思い歩く事に集中する。
ボロボロの服を着ているからか時折すれ違った人からの視線を感じるが、こちらはそれどころではない。神経を擦り減らしながら大通りを暫く歩き、途中で住宅街へ抜ける裏道に入る。
一気に人通りが減り、ほっと息を付きながらも歩みは止めず進み続ける。
10分程歩いた先に、小さな噴水のある広場が見えてきた。この広場を抜けた先が、冒険者用の住宅街だ。
冒険者…ゲーム的言えばプレイヤーには一人ひとり家が分け与えられている。
とはいえ、最初に与えられる家は立派な一軒家的なものではなく、ワンルームの貧乏アパートみたいな部屋である。そこからいくつかの条件を満たすことによって、自分の家のグレードを上げる事が可能になるのである。
さて自分の家はどうだったかというと、勿論ゲーム内で実装されている最大級の家に住んで…はいなかった。いや、グレードは上げてあるのだがグレードを上げた後でも住む家のサイズは自分で決められるので小さめの家にしていた。
理由は一つ、あんまり家が大きくても落ち着かない。それだけである。
とはいえ、自宅の内に工房を併設していたので、そちらの方は十分な広さは確保していたが。
そうして広場を抜け、更に数分歩いた先に一軒の家屋が見えてきた。
「あ、あれ…間違いない!」
はやる気持ちを抑えきれず、小走りに建物に近づいていく。
「私の家だ…」
そこにあったのは、見紛うことなく自身が活動の拠点としていた、ゲーム時代の家と全く同じ建物であった。
玄関の前に立ち、どうすべきか少し逡巡しながらも意を決し扉をノックしてみる。
1回、2回、とノックするも返事はなく、3回目のノックをした所で屋内から返事が聞かれた。
「はぁい!今開けますよぉ!」
少し間延びしたような、幼さを感じさせながらも元気な声が響いてきた。
ひどく懐かしいような、それでいてよく聞き覚えのある声。
自身の胸がドクドクと響くのを感じながら、扉が開かれるのを待つ。
「お待たせしましたぁ、どちら様ですかぁー」
そう言いながら、勢いよく扉が開かれる。
「ご、ご主人様…うそ、本当に?!」
大きく目を見開いた少女に向かって、なんと言おうか迷うが何はともあれと思い一言を絞り出す。
「えっと…ただいま?」
そう一言返すと、目の前の少女は目に涙を浮かべながら私の胸に飛び込んできた。
「どこに行ってたんですかぁ…ずっと、ずっと心配してたんですよぉ…15年も留守番させるなんてヒドイですぅ」
「ご、ごめんね、って…じゅ、15年!?」
こうして再開と共に目の前の少女から発せられた発言に、葉月は今日何度目か分からぬ大きな衝撃を受ける事となるのであった。
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