目指す場所は
『ドミネス高原』
その名の通り高所に位置する平原であり、高地故か一年を通して天候が変わりやすく雨がよく降る地域である。
山間に面している事もあり切り立った崖や小さな渓谷が散見し、雨量が多い影響でその崖際からは小さな滝の様に水が流れ出す箇所が点在していた。
此処もそんな場所の一つであり、山肌から勢い良く流れ出た水はそれなりの幅と深さを持った小川を作り、更にその流れ着く先には池を生み出していた。
少女はそんな小さな川の中で、先程の汚れを洗い落とす為ほぼ生まれたままの姿で川の中にその身を沈めていた。
さて、汚れを落とすまで些かの時間がありそうなので此処で少女の…否、『彼』の身の上と、彼の愛したゲームの話でもしよう。少し長くなるのでご容赦願いたい。
『彼』の現実世界での名前は、八神葉月。
年齢は32歳、端的に言えば所轄引き籠もりのヘビーゲーマーである。
…とはいえそれで終わってしまっては身も蓋もない。もう少しだけ詳しく話をしていこう。
其れなりに裕福な家庭の一人っ子として生を受けた『彼』は、両親の深い愛情を一身に受けスクスクと成長して行く。
容姿は人並、身長も中肉中背、勉学や運動は飛び抜けたものは無いがそれなりで平均以上ではあった。
ゲームや漫画、スポーツ観戦や音楽鑑賞、その他諸々…同年代が好みそうな娯楽的なものは手広く触っており、多趣味が功を奏して同じ趣味を持つ仲の良い友人にも恵まれた。小・中学校とも大きな問題らしい問題もなく卒業。地元の高校に進学し、気のしれた学友と高校生活を謳歌していた。
そんな矢先、一つのゲームがリリースされる。
『アビスゲートオンライン』
世界有数のゲーム企業である、コネクトサークル社から発売されたMMORPGである。
当時の世間の隆盛は携帯端末を利用した気軽に遊べるゲームが主流になっており、コンシューマー機やPCゲームはやや廃れ気味であった。
しかしコネクトサークル社はそんな時勢に敢えて逆らう様に、じっくりと腰を据えてやるMMORPGを大々的に売り出した。
世界有数のゲーム会社から発売されたビッグタイトルという事で世間の注目を集め、リリース直後からそれなりの盛り上がりは見せた。しかし、完全にヘビーユーザー向けなその内容も相まって、売上的にはせいぜいがスマッシュヒット程度のものであった。
やりこみ要素が豊富なゲームを好んでいた『彼』も発売当初からプレイし始めたヘビーユーザーの一人であり、直ぐにゲームにのめり込んでいった。
とはいえ、それで学業を疎かにするような事はなくキチンと学校には通っていたし、成績に影響しない程度に節度を持って楽しんでいた。
そんな折り、とある一人の男が開発したシステムによって彼のプレイしていたゲームに、否、世界に革命が起こる。
コネクトサークル社が世界に誇る鬼才、『閂明司』
その経歴の全が謎に包まれた天才は、未だかつて誰もなし得なかったVR技術の開発に成功する。それは視覚を主とした既存のVR技術とは一線を画す途轍もないシステムであり、脳に直接信号を送る事で視覚だけではなく五感ごと仮想空間に入り込むを可能にするVRマシンであった。
その名も『那落迦』
コネクトサークル社はその世界初の技術を大々的に発表すると共に、その未知とも言える技術を実際に世に放つ舞台として、リリースから半年が経過しサービスが既に始まっているアビスゲートオンラインに組み込むと発表したのだ。
賛否は起こる。当然だ。
既にリリースされ一定数のユーザーがプレイしているゲームなのだ。それを基礎から作り直す様な事をするのかとユーザーは混乱に陥った。
『新規のタイトルでやった方がいい』という至極当然ともいえる批判。
『多額の制作費と宣伝費を掛けたのに元が取れていないから、コネクトサークル社はどうしてもテコ入れしたいんだろう』というさも的を射てるかのような憶測。
その他にも各所で様々な意見が聞かれたが、コネクトサークル社は『那奈迦』導入の意見を曲げること無く、頑として貫き通した。それはまるで予め決められた、変える事の出来ない運命かの如く…
───かくして某日、大型アップデートと題し『那落迦』が組み込まれた、新たな『アビスゲートオンライン』が産声を挙げた。
そしてその日、世界は正しく生まれ変わった。
ゲームは最早コントローラーやマウスを握る時代では無くなり、剣を持ち、魔法を放ち、実際に敵を打ち払う。そういうものに変化したのだ。
その新しい感覚はあれだけ否定的な意見を述べていた既存のユーザーを黙らせ、プレイユーザーを爆発的に増加させた。正しく世界は熱狂に包まれたのだ。
『彼』もまたそんな変革を遂げた『アビスゲートオンライン』に今まで以上に熱中していく事となる。とはいえ成績を落とせば両親に心配をかけると考え、なんとか成績を落とさないように最低限勉強の時間は確保しつつ、それ以外の時間はほぼ全てゲームに費やしていた。
そんな日々が日常になり始め居ていた高校2年の夏休み、悲劇は突然襲い掛かる。
交通事故による両親の突然の死。
運転中に対向車線からトラックがはみ出してきたことによる正面衝突。両親は即死だった。
両親共に兄弟はおらず、父方の祖父母は既に没し、母方の親類はそもそも疎遠であった。
遠縁の親戚の家に引き取られる話も出たが、それも『彼』は強く拒否。
結果後見人を着けることを条件に一人での生活を選択した。
元々それなりに裕福な家庭であり、祖父母から引き継いだ不動産での不労取得、更には両親の保険金等もあり、無駄遣いしなければ一生食うに困らない程度のお金が彼の元には既にあった。
結果、愛する両親を失った現実から逃げる様に家から出る事なくゲームに没頭。不登校になり高校も中退。
その後はもう引き籠もり一直線であった。
光熱費の支払いから食事のデリバリー、生活必需品の購入等の全てがオンラインで出来る社会が構築されている事は彼にとって本当に幸せだったのか、ともあれ『彼』が完全に家から出る事はなくなっていた。
そうしてゲームの中が『彼』にとっての現実となり、サービス開始から実に15年の時が経過していた。
コネクトサークル社は節目節目に大規模なアップデートを実地。ユーザー離れをさせないサービスを提供し続け『アビスゲートオンライン』は15年経過してもなお他の追随を許さぬトップに君臨していた。
何より大きかったのは、『閂明司』の存在である。
他社も『那落迦』の後発を狙いVR開発に着手し研究を続けていた。だがどれほど労を費やしても完成するものは『那落迦』の劣化版。模造品の粋を出ず、その間も本家の『那落迦』はかの天才により更なる改良を加えられ、隔絶の差をつけ続けた。
業界のシェアはコネクトサークル社の独占状態。ユーザーの数は全世界で既に1億人に達していた。
そんな多数のユーザーがいる中で、15年という時間全てをゲームに費やした『彼』は、『アビスゲートオンライン』というゲームにおいてトップ層に───否、まごう事なき全プレイヤーのトップに位置していた。
ここで『アビスゲートオンライン』の特徴を一つ紹介しよう。
フルダイブシステムを存分に生かした『アビスゲートオンライン』内では、現実における実際の運動能力が反映される仕様となっている。故に運動神経が良い人がゲーム内での有利となるのだ。
とはいえ実際に生身の身体を動かす訳ではないので感覚…つまり身体能力ではなく運動神経を司る脳の運動中枢の働きをゲーム内でトレースし、それがゲーム内で身体を動かす能力にも反映される。故に現実世界での運動神経の高さが重要となるのだ。
それでは運動が得意なプレイヤーとそうではないプレイヤーとで大きな差が出来てしまうのではないかという事になる。故に運動が得意ではないユーザーに対しても救済策が用意されている。
一つは後衛職を極める。
このゲームには魔法が存在し、それらを使えるのは主に後衛と呼ばれるジョブである。魔法は思考の演算能力やイメージ力が重要となる。なので運動が得意ではないプレイヤーでも後衛職なら十分に活躍することが可能である。実際に運動が得意ではないからと後衛ジョブを選ぶプレイヤーもかなりの数に上った。
しかし、それでは運動が得意ではないが前衛をしたい、ゲームで位バリバリのアクションをしたいというプレイヤーに対しての真の救済とはならない。その為に用意されたもう一つの救済策がある。
それは…レベル上げだ。
当たり前と馬鹿にする事なかれ。
ゲーム内でレベルが上がれば当然ステータスも上がる。ステータスが上がればパワーやスピードは勿論の事、反射神経や運動中枢等もシステムによって補正が掛かり上昇するのである。
運動はそれなりに出来た『彼』だが、あくまでもそれなりの範囲である。一億に及ぶユーザーの中には運動能力に長けた…それこそ化け物の様なプレイヤーが多数居た。
そんな中で彼がトップに立てたのは、ひたすらに、ただただひたすらにレベルを上げ続けた事で誰よりもレベルアップ補正の恩恵を受けていたからである。
なら運動神経が良い奴がレベルも上げれば勝てないじゃん…と思われるかもしれないが、そうはいかないのがこのゲームのもう一つの大きな特徴である。
それは、このゲームにおいてレベル上げに必要な経験値は異常に…正気とは思えぬ程、本当に、異常に多いという事である。
ゲーム内には現在20個のジョブがあり、その中から一つのメインジョブを選ぶ。その他にもサポートジョブを付ける事で、メインジョブの能力を底上げをするというシステムだ。
しかし、このサポートジョブがとんでもない仕様である。
メインジョブはレベルを100まで上げる事が出来、100になるとサポートジョブとしても設定する事が出来るようになる。その際付与される能力は1割だ。
例えば、戦士をレベル100まで上げたあとに格闘家をレベル100まで上げれば、レベル100の戦士にレベル100になった格闘家の能力を一割付与出来ると言う事である。或いは格闘家に戦士の能力を付与する事も可能だ。
ただしこのゲーム…全てのジョブレベルが連動しており、何かしらのジョブLVを100にすると、次のジョブをレベル1から上げようとした際に必要な経験値が跳ね上がる。
2つめ、3つめのジョブはまだいい。必要経験値結構増えたな…位の感覚だ。だがレベル100のジョブが増えれば増える程それは顕著になり、最終的には天文学的な数値にまで膨れ上がる。
故に高LVまで到達出来るユーザーはプレイ人口に対して圧倒的に少なく、トータルレベルが200を超えているユーザーですら全体の0.01%、レベル250オーバーに至っては0.0001%と公式から発表されていた。つまり1億人のプレイヤーに対してレベル250以上は10000人しかいないという事だ。
そんな中、『彼』は文字通り人生の全てを費やし世界に3人しかいない、全ジョブレベル100を最初に達成する。
15年という月日を時間で表現すると、約13万時間強。食事と睡眠の時間も最低限で済まし、ほぼ全ての時間を費やす事で漸く到達した極地。狂気の沙汰である。
そんな『彼』に対し、一部のプレイヤーは純粋な称賛を込め、また一部のプレイヤーはゲームに人生の全てを費やした愚か者と嘲りを込めてこう呼んだ。
───『英雄』と。
とはいえ本人とって周囲の評価など然したる問題ではなく、来たる大型アップデートに胸を踊らせながら今日という日を迎えた…はずだった。
『なのに、なんでこんな…』
つぶやきながら自分の体にそっと視線を落とす。
現実の自分とは違うスタイルの良い半裸の女体がそこにはあり、水面に移るその顔はまさしくアバターとして15年使い続けた自分の姿そのものである。
ログオフしている時間よりもログインしている時間のほうが圧倒的に長い生活を15年も続けてきたお陰とというべきか、弊害というべきか…なんにせよアバターが生身になって事に自分でも驚く程に違和感を覚えることはなかった。
ちなみに、何故女性のアバターを選んだかと言えば…特に大きな理由はない。
リリース当初に一緒にプレイをする約束をした学友が、「なんで現実でもムサイ男なのに、ゲーム内でもムサイ男の姿を見なきゃならんのだ。女にしろ女に」と言い放った事に対して、まぁ別にゲームなんだし女のアバターでも良いか、そう思った程度の話である。
とまぁ、今はそんな事はどうでも良く、もっと大きな問題が2つある。
まず第一に、シンプルに『この世界は何なのか』という事である。
いくつか考えられるケースと…懸念すべき点がある。
まず最初に思いつくのはここはやっぱりゲームの中でドッキリイベントか何かでしたというものであるが、しかしてそれは先程までの出来事から在り得ないと断定される。リアリティの問題もあるが、何よりあの敵と戦った時の事である。『アビスゲートオンライン』において倒した敵は時間の経過とともに消滅するが、あの敵はいつまでもそのままであった。それに内蔵がピクピクするような仕様もない………思い出すのはやめよう……。
それともう一つ、『アビスゲートオンライン』内に排泄の仕様はない。こちらも余り良い思い出ではないが、あの時の出来事は現実以外では在り得ない現象なのだ。故に絶対にゲーム足り得ないのである。
では次に考えられるのが、何かしらの理由でゲームの中に入り込んでしまった、或いはゲームによく似た世界に転移…或いは転生してきた…というケースである。
フィクションとしては使い古された手法過ぎてどうかと思うが、いざ自分の置かれた状況を考慮するとそれが一番可能性としてはありそうではあった。
その他にもいくつかのケースが考えらるが…今ある情報では所詮可能性の域を出ない。であれば、先程の転移・転生説で過程して考えて置くのが建設的だろう。
では何が問題かというと…ずばり、現実の自分の身体である。
体ごとこの世界に転移してきたならば、まぁ良い。いや、良くもないけど。
ただ今の自分の体はゲーム内アバターにそっくりな…というかアバターそのものとしか思えないソレである。
であるならば、意識だけがゲームの中に入り込んでいた可能性があり、そうなると。現実…いや、地球と表現すべきか。
いま自分が居る世界と地球の時間の流れがどういう関係になっているのかは分からないが、もし同様の時間の流れであるならば、地球には抜け殻状態で今も体が放置されている可能がある。
基本的に引き籠もりの自分が誰かに発見される可能性はかなり低い。ある程度長期になれば、何かしらの理由で発見される可能性もあるが、直近でデリバリーの依頼やオンラインショッピングもしておらず、郵送物が届く予定は無い。
となると、飲み食いもせず放置されたままになる自分の体は数日後には死を迎えることになるだろう。
逆に死ななければ、意識と肉体がリンクしていない状態か、或いは肉体ごとコチラの世界に移行している状態と言う事になるが…となると何故地球における自分の体ではなくキャラクターの状態なのかという疑問が生まれる。
とはいえあくまで仮定の話だ。疑問も不安もあるが生きるか死ぬかの答え合わせは数日後、それ以外の疑問に関しては答えがあるかも分からない。
故にそちらの問題は一度棚に置き、もう一つの問題に思考を移す。
それは、このステータスだ…
キャラクターネーム:葉月
メインジョブ:■●▼★
ジョブレベル:1
(サブレベル合計2000)
合計レベル:2001
HP 20100
MP 20100
STR 2187
DEX 2179
VIT 2054
AGI 2150
INT 2102
MND 2089
本来1割で制限されるサポートジョブの上限が外れている。しかもメインジョブが文字化けしていて何も分からない。
この時点でツッコミどころしかない。
アップデート前のゲームにおける最大レベル合計値は290が上限で、次のアップデートで新ジョブが追加されて夢のLV300だと騒がれていた。
ところが、この画面に表示されているLVは1901である。
STRやINTも多少の差はあれど軒並み2000前後の数値である。
元のゲームの基準と比べるとどの数値も異次元の領域であり何の冗談だと笑い飛ばしたくなる。しかし、記憶違いでなければあの大羊はレベル70相当のモンスターであったはずである。それが拳一つで爆ぜる等本来起こり得ない事であり、あの惨憺たる結果がその数値に間違いがない事の何よりの証左であった。
それと同時に一つの可能性に思い至る。今回は相手がモンスターだったからよかったが、自身の力を認識しないまま万が一人間相手にこの力を揮っていたと思うと…自身の拳を開閉しながら、その過ぎたる力に背筋が寒くなる。
そのゾッとしない想像を頭を振って切り替え、次に確認すべき事に思考を切り替える。
とりあえずはアイテム欄だ、もしもアイテムバッグ内の物も『アビスゲートオンライン』と同様なら、食事や装備の心配はしなくて済むのだが…
──空っぽだ。装備や他のアイテムも一切合切何も無い。更にはお金も無くなっている。
レア装備や貴重品が…お金に至っては所持上限MAXのカンスト額だったのだが…。
いや、まぁ、このステータスなら装備は無くても全く平気そうではあるのだが。
アイテムの次は…魔法か。
魔法も使えるのだろうか?
ここが何処なのかわからない以上、何が出来て何が出来ないのか試して置くことは重要だろう。
先程の様に自分の力が過剰で意図せぬ結果になる事は十分にありえる。
そう思い、何の魔法を使用するか考え、風魔法に決めた。
どの魔法も危険度は高そうだが、空中に撃つなら一番影響が少そうであると考えたからだ。息を整え、その小さな腕を天にかざし最下級魔法を唱える。
『ウィンド!』
意を決しその口から言の葉を放った瞬間、世界は劇的に異変を生じた。
手のひらの可視化された刃が次々放たれ、それが空中で結合したかと思った瞬間、大きな竜巻を生み出す。下級魔法が生み出したとは思えぬ程のその巨大な竜巻はそのまま天を衝く勢いで上昇し、正しく荒れ狂う竜の如き暴れっぷりで周囲の雲を霧散させるとフッとその姿を消した。
『………』
暫しの沈黙。
余りの威力に思わず眩暈を感じながらしゃがみ込み、顎先まで川中に沈めながら一人頭を抱える。そして思わず一言つぶやいた。
『駄目だこりゃ…』
その虚しいつぶやきは、高原に吹く風にさらわれながら彼方へ消え去っていったのであった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
『よし、街に行こう!』
暫くの間頭を抱えていたが、何時までもここで現実逃避していても仕方無いと思い立ち、一つの行動方針を決める。
現在自分がいるドミネス高原はシュテルツ王国の領地内であり、高原の先には小高い山間に囲まれた王都がある。
偶然かは分からないが、自身がゲームをしていた時に拠点としていたのがシュテルツ王国である。ゲーム内での自宅もそこにあり、この世界にももし自分の家が有ればゲームとの直接的な繋がりがあるという手掛かりになるだろう。また、王都であればその他の情報収集も可能だろうとの思いもあった。
『転移魔法は…駄目だ、使えない』
魔法のスクロール画面から転移魔法を選択してみたが、その文字は黒く塗りつぶされており、使用は不可能であった。
『歩いて行くしかないか…』
ドミネス高原と王都はそこまで離れておらず、ここから普通に走っていけば半日と掛からない程度の距離である。むしろこのステータスで走ればあっという間に到着しそうではある。なんなら周囲の山すらジャンプで飛び越え行けそうですらある。
とはいえ、力の制御が全く出来ていないこの状態で下手にダッシュやジャンプなどしようものなら、何にぶつかるかわかったものでは無い。
魔物ならばまだ良いが、最悪人を生身で撥ね殺した等という事になりかねない。
諸々考えた結果、歩きでも1日程で到着するだろうと考え、無難に徒歩で行くことにした。
幸いここドミネス高原には自生している果物類が幾つか存在するはずである。行きがけに幾つか収穫出来れば食料になるだろう。食中毒が心配ではあったが背に腹は代えられぬと小川で水を飲み喉を潤す。これで1日程度は何とかなるだろう。果物類でもある程度水分は補給出来そうではある。
川から上がりながら干していた服が乾いたのを確かめる。そういえば、この服は何なのだろうか。ゲームで装備していたのとは明らかに違う、村娘の様な衣装である。
一瞬考えたが、まぁこの訳の分からない状況で考えるだけ無駄かと思い、気にするのをやめる。そうして衣服の一部にあったスカーフをタオル代わりにして体を拭き、服を着始める。
着衣を終え出発しようと一歩目を踏み出そうとした所で、徐にその動きをピタッと止める。そうしてそのまま瞑目し、その胸に手を当てながら自身の心中を改めて確かめてみた。
正直…イキナリな展開が続きすぎて混乱している。不安もある。
それと同時に自分が人生を捧げた、文字通り全てを捧げたゲームと同じ世界を冒険出来るのかもしれない。そういった期待や好奇心がその胸に確かに存在している事を感じていた。
その気持ちを明瞭に自覚した瞬間、『少女』はその大きな目をパッと見開き、思わず大きな声で叫んでいた。
『行くぞー!』
ここから、彼の…いや、『彼女』の真の冒険は始まるのであった。
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