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英雄の娘:現在休止中  作者: かおもじ


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一緒に

 極彩色のギルドを一歩出ると、目の前の大通りには立ち並ぶ露店から様々な匂いが漂い、人々の賑やかな声が響き渡っている。


 時間はまだお昼前。急いで帰る理由もない私は、マリーに一つの提案をする。



「お昼ご飯までまだ時間があるし、少しその辺りをみて歩こうか。街の中見たいって言ってたもんね」



「うんっ、見てみたい!」



 マリーはまるで初めての冒険に繰り出すかのような顔で、キラキラと瞳を輝かせながら力強く頷いた。


(……とはいえ、私も15年経った今の街並みはよく知らないんだけど)


 そんな事を思いながらも、街の作り自体は変わってないだろうと開き直り、そのまま散策に向かう。



「逸れないように、しっかり手を繋いでね」



「分かった、ルナの手、ちゃんと握ってるね!」



 満面の笑みで私の手をぎゅっと握り返すマリーの姿に、自然と柔らかな気持ちになる。私はその愛らしい笑顔にふっと頬を緩ませ、そのまま大通りを抜けて広場の方へと歩き出した。


 街の賑わいに目を丸くして歩いていたマリーは、見るものすべてが新鮮なようで、足取りも自然と弾んでいる。



「ねぇルナ、あれは何? あそこから水が出てるよ!」



 広場の中央にある大きな噴水を指さして、マリーが声を弾ませる。



「あれは噴水って言って、お水を上から出して……。はて、 何のために上から水を出すんだろう? 景観のためか、はたまた散水して周囲を涼しくするため……?」



 よくよく考えると、噴水がどういう経緯で作られたのか、何のための物なのか、考えた事もなかった。



「ルナも分からないの?」



「ゴメンね、お水が出るってことは知ってるけど、何のためのものかは分からないや」



 言葉にして、改めて実感する。AGOの世界に没頭して来た自分には、普通の人が生きていく上で身に付けるであろう知識や経験が、すっぽりと抜け落ちているのだと。


 それは不要なものだと、過去の自分が自らに言い聞かせるように削ぎ落としてきたものだ。



「ふぅん、そっかぁ。……でも、綺麗だって事はわかるから大丈夫!」



 そう口にしたマリーが、水飛沫に陽光が合わさって小さな虹が生まれている事に気が付く。それを見た彼女は「わぁっ!」と目を輝かせて駆け寄り、しばらくその虹の欠片を追いかけていた。


 その光景をぼんやりと見つめていると、私はふと肩の力が抜けるのを感じた。


 あぁ、なんだ――それで良いじゃないか、と。


 記憶を失ったマリーは、未知を喜び、世界を在るがままで受け入れている。知らぬなら知らぬままそれを見聞きし、既知に変えていく。


 私がAGOに没頭した過去は変わらない。それを否定も肯定もしなくて良いのだ。知らないという事実を受け入れ、この子と一緒にこれから学んでいけばいい。

 それはきっと、『八神陽希』でも『葉月』でも無く、『ルナ』だからこそ出来ることだろうから。


 そんな事を考えていると、いつの間にかマリーが私の顔を覗き込んでいた。



「ルナ、どうしたの? 具合わるいの?」



「ううん、大丈夫だよ。少し考え事してただけ。そろそろ行こっか」



「うん!」



 満足するまで虹を追いかけたマリーと再び手を繋ぎ、私たちは歩き出す。

 街の活気を存分に楽しみながら歩いていると、ふと甘い香りが漂う露店の前でマリーが足を止めた。

 そこはクレープ屋で、マリーはじっと店主が生地を焼く手元を見つめている。



「……食べてみる?」



 私が覗き込むようにして尋ねると、マリーはパァッと顔を輝かせて「うんっ!」と大きく頷いた。

 メニューを指さしてチョコバナナを選んだマリーを見て、私は店主に一つ注文し、硬貨を渡して出来立てのクレープを受け取る。



「はい、出来立てで柔らかいから、落とさないように気を付けてね」



 そう言って手渡すと、マリーは両手で大切そうにそれを受け取り、恐る恐る口を付けた。その直後、宝石のような瞳がパチクリと見開かれる。



「甘くて、やわらかい……! ルナ、これおいしいね! ルナも、食べる?」



 マリーはそう言って、自分の食べかけのクレープを私の方へと差し出してきた。



「ふふ、ありがとう。じゃあ一口だけ貰おうかな」



 差し出されたクレープを少しだけ齧ると、優しい甘さが口いっぱいに広がる。それを見て嬉しそうに笑うマリーの頭を撫でながら、私は再び財布を取り出した。



「ミアにも一つ、お土産を買っていこうか。きっと喜ぶよ」



「うんっ、 こんなに美味しいんだから、ミアもよろこぶよね! ……ミアはどれが好きなの?」



「多分、これかな」



 そう言いながら、メニューにある苺のクレープを指差してみせる。ミアは昔から苺が好きだったはずだ。


 私が追加で苺のクレープを一つ注文し、金属製の硬貨を店主に手渡すと、マリーが不思議そうにそれを覗き込んだ。



「……ねぇ、ルナ。それ、なぁに?」


 先程は自分のクレープに集中していて気が付かなかったのだろう。手渡した硬貨を不思議そうに見つけるマリー。


「ああ、そうか。分からないよね。これはお金だよ。これを使ってご飯を買ったり、こうやっておやつを買ったりできるんだよ」



「へぇ~、なんでも買えるの? ……あれも買える?」



 そう言いながら、マリーが先ほどまでいた冒険者ギルドの方を指差した。大通りに面したあの極彩色の異様な建物を見つめながら、純粋な疑問をぶつけてくる。



「うぅん、なんでもはどうだろう……少なくとも、アレはもし買えても、いらないかなぁ」



 苦笑しながらそう答えると、マリーもまた「そっかぁ。持って帰れないもんね」と納得したように頷く。そんな何気ないやり取りが、なんだかとても心地よかった。


 そんなやり取りをしているうちに、お土産のクレープが出来上がる。包装されたそれを受け取ると、私たちは再び歩き出した。


 気が付けば徐々に太陽が高く昇り始めて、陽射しも強くなっていく。それを避けるように建物の影に入ると、春の涼しい風が通り抜けた。



「……ルナの手、あったかいね」



 その肌を撫でる涼しい風に促されたのか、不意にマリーが、繋いでいる手をぎゅっと握り直して、見上げるように私に笑いかけた。



「マリーの手も、凄くあったかいよ」



 そう言葉にして返した直後、私の内で、なんとも形容出来ない気持ちが湧き上がる。


 あの日以降、誰とも触れ合う事なく生きてきた空っぽの手には、この小さな温もりが確かに握られている。その掌から伝わる熱が、温度が、私の中でより強固な『大切』となって、固められていく。


 ……守り抜こう。私の中の新しい『大切』を。


 何に変えても、決して失わぬと、そう改めて誓う。――誰にでもない。ただ、私の心に。



「どうしたのルナ、また変な顔してるよ?」



「あ、ごめんごめん。……そろそろ帰ろっか。ミアが美味しいご飯を作って待ってるから」



「うん! ミアのごはん、たのしみ!」



 そうして満面の笑みで頷くマリーの手を引き、私たちは帰路に就く。

 ミアが待つ、温かな、大切な、『私たちの家』へと。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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