スタートライン
玄関先でミアに見送られ、私はマリーと手を繋いで再び冒険者の街へと足を踏み出す。
大通りを歩きながら、私は繋いだ小さな手の温もりを確かめるように、時折隣を見下ろした。
「……? どうしたの、ルナ?」
イヤーカフの効果により、マリーの髪はエルフの象徴である金髪から、エルフィンの様な美しい銀髪へと変化している。その効果を示すように、周囲から奇異な視線は感じられない。
「ううん、何でもないよ」
これなら大丈夫だろう。そう内心で安堵の息を吐きながら、私たちは目的の場所──冒険者ギルドへと到着した。
巨大なモンスターの口を模した、極彩色の虹色ガラス扉。
相変わらず目が痛くなるほどド派手な外観と、それとは対照的な高級ホテルのような内装を持つギルド。
連日訪れているこの場所だが、何度通っても外と中のギャップには一向に慣れる事が出来ない。
「昨日も見たと思うけど、やっぱり外と中で全然違うよね」
私がそう苦笑混じりに話しかけると、マリーは繋いだ手を少しだけ引きながら、キョロキョロと小綺麗なギルド内を見回して「うんっ」と頷いた。昨日は緊張もあり、余り中まで見る余裕が無かったのかもしれない。
そのまま彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩みを進め、カウンターに立つ見知った受付嬢──黒髪のセミロングと泣き黒子が特徴的な、レニィの元へと向かう。
「いらっしゃいませ、ルナ様。昨日は大山羊の討伐、本当にお疲れ様でした。改めて、ギルドとしてお礼申し上げます」
カウンターの向こうで丁寧にお辞儀をしたレニィが、ふと私の後ろに居たマリーの存在に気付いて目を丸くする。
「……あら? そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「あ、この子はマリーです。ちょっと訳あって、私の家で引き取る事になりまして」
私が紹介すると、マリーは私の後ろからひょっこりと顔を出し、レニィをしっかりと見つめながら、口を開く。
「こんにちは、黒い髪が綺麗なお姉さん」
「まぁ、どうもありがとう。宜しくお願いしますね、マリーちゃん」
真っ直ぐなマリーの言葉に喜色を浮かべ、ニコニコとしているレニィに、私は横から声を掛ける。
「えっと、昨日の諸々の手続きの続きと、マリーの冒険者登録をしたいんですけど。保護者は私で」
「ルナ様が保護者、ですか……?」
無理もない反応だろう。15歳で成人扱いとはいえ、年端もゆかない少女が突然、更に幼い子供の保護者になるというのだから。
レニィが困惑したように瞬きをした、その時だった。
「レニィ嬢、その件は私が預かります」
静かでよく通る声と共に、カウンターの奥から薄い灰色の髪と左目のモノクルが特徴的な男性──副ギルドマスターのカッツェが現れた。
「副ギルドマスター……。はい、承知いたしました」
レニィが一歩下がるのを見届けると、カッツェはこちらへと視線を移し、昨日と変わらぬ丁寧な物腰で微笑みかけてきた。
「ルナ様、お待ちしておりました。昨日お話ししていた手続き諸々の件は、私が直接対応させて頂きます。執務室へよろしいでしょうか」
特例登録の件もあり、受付で簡単にとは行かないのだろう。特段拒否する理由も無いため、私は素直に頷いた。
「あ、はい。大丈夫です」
そのままカッツェに案内され、昨日と同じようにギルドの奥にある執務室へと通される。ソファーに腰を下ろした所で、レニィがお茶と、マリーの為のココアを運んできてくれた。
「すみません、ありがとうございます」
「ありがとう、おねえさん」
私が礼を述べるのに合わせて、マリーも嬉しそうにココアのカップを見つめながらお礼を口にする。
「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」
レニィはニコニコと微笑みながらそう返し、一礼して執務室を退室していった。あの様子を見るに、どうやら彼女はすっかりマリーの事が気に入ったようだ。
「では改めて、冒険者登録に関するお話を……。レニィ嬢から冒険者ランクのお話は聞き及んでいるかと思いますが……」
「あ、いえ、聞いてないです……昨日レベル測定でバタバタしてそのままカッツェさんに呼ばれたので、詳細は何も……」
その私の一言に、カッツェの動きがピシっと音を立てるように止まる。
「……これは失礼致しました」
決して表情に出ている訳では無い。だが、沈黙の中に何か言いしれぬ圧を感じる。今この場にレニィが居合わせなかったのは、彼女にとって幸なのか不幸なのか……私に知る由はないだろう。
そんな事を思っていると、気を取り直すようにカッツェが小さく咳払いをし、柔和な顔つきになって説明を始める。
「では、改めまして。冒険者ランクには等級がございます。Aランクが最上位で、そこからB、C、D、E、F、Gと設定されております。本来は一律Gランクからスタートになりますが、昨日の説明通り、今回の討伐成功も加味した上で、ルナ様のランクを特例として決めさせて頂きたいと考えております」
「……分かりました」
一通りの等級の説明を受け、私は小さく頷いた。
ただ、そのカッツェの言葉にほんの微かな違和感を覚える。
「……ただ、何せ久方ぶりの特例登録でして、書類の手続きなどに少し時間が掛かっておりまして……。今日中にはお伝え出来ると思いますが、もう少々お待ち頂きたいのです」
私のランク確定が遅れるのは別に構わない。だが、そうなると少し困った問題が出てくる。
それは、マリーの身元が宙に浮いた状態になってしまうことだ。それはどうにも、気持ちが悪い。
「構いませんが……ただ、そうなるとマリーに対する保護者登録はどうなりますか?」
「そちらに関しては、ルナ様の冒険者としての登録自体は既に済んだこととして処理しておきますので、問題なくマリー嬢の冒険者登録と合わせて進められます」
「あぁ、良かった。それが気になったので。……あ、ちなみになんですけど、一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう。お答え出来る範囲であればなんなりと」
「先程、Aランクが最上位と仰ってましたが……昨日の説明では、Aランク『以上』と説明してくれましたよね?」
私がそう指摘すると、カッツェはわずかに目を見開き、そして愉快そうに口角を上げた。
「流石ルナ様、よくお気づきに。Aランクは通常の冒険者における最上位です。……ですが、中には『規格外』の冒険者が存在します。そういった方々にはSランクの称号と、それに合わせたSランクの依頼を設定しております」
敢えて規格外の者たちを隔離し、特別な依頼だけを回す理由。それが意味するところに思い至り、私は一つの納得を得る。
「……貴重な人材であるAランクやBランクの冒険者が、血気に逸って格上に挑んで死なないように、ですか?」
「ええ、ご明察の通りです。『祝福』が失われた今、優秀な人材は何ものにも代え難いですから。……因みに、外界調査は原則Sランク全員が参加の予定です」
「……Sランクが全員。――分かりました、ありがとうございます。それともう一つだけ」
Sランク冒険者がどれほどの実力者かは分からないが、今の私に他人を気にしている余裕はない。問題はそれよりも……。
「なんでしょう?」
「来年の外界調査までにランクをAまで上げるには、どうすれば? コツコツ依頼をこなしていれば、間に合うものなのでしょうか?」
私がそう尋ねると、カッツェはモノクルの位置を直しながら、僅かに首を横に振った。
「結論から申し上げますと、通常の依頼をこなすだけでは一年でAランクに到達するのは極めて困難です。冒険者ランクは単純な討伐数だけでなく、ギルドへの貢献度や、高難易度依頼の達成実績が大きく影響しますので」
「であれば、どのように……?」
「そうですね……。まずは今回のように『指名依頼』や、ギルドが直接発行する『緊急討伐依頼』などの高難易度クエストを優先的に受ける事です。そしてもう一つ……未踏破の『ダンジョン』の攻略や、深層の調査。これが最もギルドへの貢献度が高く、ランク昇格の近道となります」
「未踏破のダンジョン……ですか? この大陸にあるダンジョンは、過去に全て踏破されているはずでは……?」
『AGO』において、アルゼシア大陸に存在するダンジョンは、全て私を含めた当時のクランメンバーで攻略し、踏破フラグを立てていたはずだ。未踏破のダンジョンなど残っているわけがない。
思わず口を突いて出た私の言葉に、カッツェはモノクルの奥の目を細めた。
「……ふむ。前にも思いましたが、ルナ様はお若いのに、よく過去の歴史をご存知ですね」
――しまった。知識として知っている分には不自然ではないが、断定するような言い方は少し迂闊だったか。
「ええ、仰る通りです。15年前の『落日』より以前は、この大陸のダンジョンは全て踏破されていたと記録に残っています。ですが……昨日お話しした『四海封呪』の消失。結界が無くなった事により、状況は代わりました」
「また、15年前に繋がるんですね……」
「はい。結界の消失により遮るものがなくなった影響でしょう。この大陸に外界から異質な魔脈が流れ込んで来るようになったのです」
「……それで、新しいダンジョンが?」
「恐らく……としか言えませんが。ただ、事実としてこれまでの記録にはない新しいダンジョンが毎年いくつも生まれていますので。ギルドとしても早急に内部の調査を進めたいのですが、高ランクの冒険者が外界調査の準備に駆り出されている影響で、手が回っていないのが現状でして」
「なるほど……そういう事ですか」
「ええ。もしルナ様が本気で一年でのAランク到達を望むのであれば、ギルドとしても相応の『紹介』をさせて頂く用意はございますよ」
「……分かりました。色々と教えて頂きありがとうございます」
冒険者登録に関する一通りの手続きと説明を聞き、現状ここで出来る事に関しては一区切りついた。
カッツェもそう判断したのか、室内の電話らしきものに手を掛けると、受付へと連絡を始める。そうして短い通話を終えると、私へ向き直った。
「特例登録の結果については、書類が整い次第お伝えいたします。本日はお疲れ様でした。受付のレニィ嬢に報酬の準備をさせておりますので、帰りがけにお受け取りください」
「はい、お忙しいところお時間を作って頂き、ありがとうございました。……マリー、ご挨拶して行こっか」
私が促すと、マリーはカッツェの方を向いてペコリと頭を下げた。
「おじさん、ばいばい」
マリーの言葉に笑顔で手を振るカッツェ。一切の感情を読み取らせない、それでいて完璧に柔和なカッツェの微笑みに見送られ、私たちは執務室を後にした。
◇ ◇ ◇
「レニィさん、お待たせしました」
執務室を出てカウンターへと向かうと、レニィがニコニコと微笑みながら二つの革袋と、一枚の紙を差し出してきた。
「お待ちしておりました。こちらが昨日の討伐報酬と、買い取らせていただいた素材の明細書になります。金額とお中身に相違がないか、ご確認ください」
差し出された革袋を受け取ると、ずっしりとした金貨の重みが掌に伝わってくる。紐を解いて中を覗き込むと、ピジョンブラッドを売却した時にも感じたことだが、これまでデータ上の数字でしかなかったものが、こうして『手元にある』という事実に、改めて少しだけ実感が湧いてくる。
「……はい、明細と中身、問題ありません。ありがとうございます」
「では、本日はお疲れ様でした。マリーちゃんも、またね」
「うんっ! またね、おねえさん!」
入口に向かう私達に、何も知らないまま無邪気に手を振るレニィの後ろ……其処にゆらりと幽鬼のように漂う影を見る。――カッツェだ。
察するに、冒険者登録における等級の説明を怠っていた件だろう。……この後彼女にどんな未来が訪れるのかは分からないが、私に出来る事はなにも無い。故に、私は心の中でレニィに合掌する。
(……あ、気が付いた)
ニコニコとしていたレニィが、石像のように固まるのが一瞬だけ見えたが、触らぬ神に祟りなし。
私はマリーの手を引いて足早にギルドから退散するのだった。
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