愛の重圧
第二章、突入です。
ミアが嫁。異論は認めぬ。
「ほぇ~、マリーちゃんはエルフなんですかぁ……それは凄いですねぇ」
いつもののんびりした口調でそう言いながら、ミアはパクパクと寿司を口に放り込み続けるマリーの頭を撫でている。
家を出てからの出来事を、食事をしながらミアに報告していたのだが……今のリアクションを見るに、どうやらミアにとってはマリーがエルフであるという事実は、ちょっと驚いた程度の話らしい。
凄い凄いと言いながら頭を撫でるその行為を見ていると、何ならマリーがエルフである事を、頭を撫でる口実にしている様にすら感じるのだが……私の気のせいだろうか?
「マリーちゃん、ご飯は美味しいですかぁ? まだ沢山有るので、いっぱい食べてくださいねぇ」
そうニコニコしながら話すミアに、マリーはコクコクと頷きながらも寿司を食べる手を止めない。余程お腹が空いていたのか、或いは初めて食べた寿司がとても口に合ったのか……何にせよそんな二人の姿は、仲の良い姉妹の様に見えた。
そんな二人の仲睦まじい様子を眺めながら、自らも好物に舌鼓を打っていたのだが……突如として話の矛先がコチラに向いて来る。
「……それにしてもご主人様は、冒険者登録しに行っただけなのに何でそんなに色んな事に巻き込まれる事が出来るんですかぁ? 冒険者登録って、基本的に書類に名前を書くだけの筈なんですけどぉ……」
完全に油断しきっていた所に、予期せぬ方向から鋭い一撃を刺しこまれ、思わず「うっ」と声を漏らす。
「どうしてって言われると困っちゃうんだけど……成り行きというか、偶然が重なってというか……。あ、でも、色んな事に巻き込まれたおかげでマリーも助かったし、結果オーライ!……って事には、ならないかな……?」
まるで私が巻き込まれ体質かなにかのような物言いをされたが、現状と照らし合わせるとそれを否定する要素が一つもなく、眉をハの字にして苦しい弁明に終始する。
「ふふ、怒ってる訳じゃないですから、そんな顔しなくても大丈夫ですよぉ。ご主人様の言う通りマリーちゃんもお家に来てくれましたしねぇ。それに……」
どうやら余程情けない顔をしていたらしく、私の様子を見てコロコロと笑うミアだったが、一頻り笑った後にその表情は真剣なものに変わり、言葉の端に含みを持たせてくる。
「それに……?」
「いえ、さっきのご主人様のお話の通りに、もしマリーちゃんが危ない目にあう可能性があるんだとしたら、尚更ご主人様の所に来てくれて良かったなって思っただけです」
「んん?」
ミアの言葉の意味が理解出来ず、思わず首を傾げる。
「そんなに難しい話じゃないですよぉ。ご主人様は使徒の皆さんの中でも特別お強いですから、マリーちゃんを狙う悪い人が居たとしても、安心っていうだけの話ですぅ」
ああ、そうか……ミアは私のレベルが以前のままだと思っているのか。
『アビスゲートオンライン』の時の私はレベル300。世界中に数多居るプレイヤーの中でも、僅か三人しかいないカンスト達成者の一人だ。
今もそのままの状態だと思っているならば、この家を絶対の安全圏だと信じているのも頷ける。しかし、その認識は現状、上方にも下方にも外れていた。
――まぁ、ミアに隠し立てするようなことでもないだろう。そう考えた私は、正直に打ち明けることにした。
「実はね、私のレベルなんだけど……二千まで上がったんだ……」
「…………えっ? に、二千、ですかぁ?」
いつもはのんびりとしたミアが、目を丸くして呆然と動きを止めた。
無理もない。常識的に考えて規格外すぎる数字だ。
しかし、驚きで固まっていたのもほんの数秒のこと。すぐにいつものふんわりとした笑顔に戻ると、ミアはぽんと手を打って深く頷いた。
「まぁでもぉ、ご主人様なら二千という数字も納得ですぅ」
「あ、いや、それで良いんだ……」
なんだその謎の信頼感は。私だって自分のステータスを見た時は本気で目を疑ったというのに。
とはいえ、すんなり受け入れてもらえるなら話は早い。
「でも、急に強くなった力をまだ上手く扱えなくて……装備で制限してる分、今はレベル100の力しか出せないんだ……期待させてごめんね」
「そうなんですねぇ……でも大丈夫ですよぉ」
「え? でも、たったのレベル100だよ?もし何かあっても……」
「ご主人様なら、大丈夫」
静かに、けれど芯の通った力強い銀鈴の響き。そして、今日何度も見せて貰った強い眼差し。……そこには掛け値無しの信頼と、私を鼓舞するような熱い想いが感じられた気がした。
「うん……!」
その言葉に背中を押されるように力強く頷くと、ミアは満足そうにふわりと微笑んだ。
その後も和やかな雰囲気で夕食の時間は進んでいき、やがて卓上から全ての寿司桶が空になった。
「ふぅ……ごちそうさまでした。美味しかったよ」
「お粗末様でしたぁ。マリーちゃんも、いっぱい食べて偉いですねぇ」
ミアが満足げに頷き、マリーが傍目から分かるほどお腹をぽっこり膨らませ、幸せそうにしているのを見届けた後、私は立ち上がりながら二人に声を掛けた。
「ちょっと工房に用事があるんだ。先に済ませて来ちゃうから、二人はお風呂に入っててくれるかな」
私がそう提案すると、ミアは「分かりましたぁ」とふんわり微笑んで立ち上がった。
「それではマリーちゃん、一緒にお風呂に行きましょうねぇ。綺麗に洗ってあげますからねぇ」
「おふろ?……うんっ」
お風呂という言葉の意味が分からず小首を傾げたマリーだったが、優しく微笑みかけるミアの顔を見上げると、繋がれた手にきゅっと力を込めて握り返した。
共に食卓を囲んだのは僅かな時間だったが、ミアから溢れる温かな優しさは、独りぼっちで不安の中にいたマリーの心を確かに解きほぐしていたらしい。すっかり懐いて安心しきった様子で、ミアの横を歩く小さな背中。
そんな二人の微笑ましい姿を最後まで見送ってから、私は廊下を歩き、一人で工房へと向かった。
工房として使っている部屋の前で立ち止まり、重厚な造りの木扉に手を掛けて押し開ける。
ひんやりとした静謐な空気を感じながら中へと足を踏み入れると、そこには見慣れた生産用の設備が静かに鎮座していた。
装置を起動し、求める性能から必要な素材を逆算するため、データを入力する。すると正面の液晶には、必要な素材が表示されていた。
「必要素材は低位の魔晶石と銀だけ……か。手持ちに素材はあるし、製作難易度も低い。大丈夫そうだね」
そうして素材をセットして、そのまま装置を作動させる。
簡易なアクセサリー一つだけだ。直ぐに完成することだろう。
静かに作動する設備の前で少しだけ待っていると、程なくして素材は形を変え、小さな銀の細工となって完成した。
「よしっ、完成!」
出来上がったそれを回収し、工房を出ると、丁度お風呂から上がってきたミアとマリーの二人とすれ違った。
「あ、ご主人様ぁ、お風呂空きましたよぉ。マリーちゃんもピカピカですぅ」
「おふろ、きもちよかった……!」
湯上がりで少し頬を紅潮させたマリーが、嬉しそうに報告してくれる。
ミアに綺麗に洗ってもらったのだろう。昨日出会った時には土埃などで汚れていた金色の髪が、今は本来の美しさを取り戻し、艶やかに輝いて見えた。
「うん、凄く綺麗になったね。髪もサラサラだ」
私がそう言って頭を撫でてやると、マリーは心地よさそうに目を細め、えへへ、と小さく笑った。
そんな無邪気な反応に自然と口元が緩むのを感じながら、私は二人に声を掛ける。
「じゃあ、私も入ってくるね」
二人に手を振り、私は浴室へと向かった。
脱衣所に足を踏み入れ、今日一日着ていた衣服を順番に脱いでいくが……そこにはうっすらと汗や土の匂いが染み付いている気がした。
「森と高原を走り回って、大山羊と戦ってから今度は亜人を殲滅して……一日動きっぱなしだったもんね」
そんなことを呟きながら衣類を全て脱衣籠へと放り込み、浴室に入ろうとした瞬間……脱衣所の鏡に自身の姿が映り込み、動きを止める。
気を引いたのは自身の身体ではない。その首元にある、小さな宇宙を内包したかの様な、首飾り。
膨大な力を制限する、『八芒星のペンダント』だ。
「お風呂に入るのにペンダントはマナー違反だろうけど……これだけは外せないからね」
これを外して力が解放されれば、それこそ大惨事になりかねない。
……因みにこのペンダント、完全防水である。
気を取り直し、私は浴室の扉を開ける。
洗い場の椅子に腰を下ろし、シャワーから温かいお湯を出して、まずは頭から全身をしっかりと洗い流していく。
石鹸の泡で今日一日の汚れと汗を丁寧に落とし、再びお湯で綺麗に流し切ってから、私はようやく広い湯船へと足を運んだ。
たっぷりと張られた温かいお湯に、ゆっくりと身体を沈めていく。
「あぁ〜……極楽、極楽……」
思わず気の抜けた声が漏れるが、心身の凝りを解きほぐすこの至福の感覚に、その声を抑えることなど不可能だった。
しっかりと温まった後、お風呂から上がってリビングへ向かうと、すっかり寛いだ様子のミアとマリーがいた。
「良いお風呂だったよ。ありがとう、ミア」
「いえいえ、お粗末様ですぅ。ぶどうジュースを冷やしてありますよぉ」
「じゃあ、貰おうかな」
ミアからグラスを受け取り、注がれたジュースに口をつける。
ひんやりと冷えた液体が、お風呂上がりで火照った身体に心地よく染み渡っていく。完熟したぶどうの芳醇な香りと、濃厚でありながらもスッキリとした程よい酸味。それが乾いた喉を優しく潤し、極上の清涼感をもたらしてくれた。
「ふぅ……そうだ、マリーのお部屋準備しないとね。空き部屋はあったと思うけど、流石に今日来たばかりで一人っていうのも不安だよね」
私がそう切り出すと、マリーは少し不安そうに私の服の裾を握り、ミアが優しく微笑みながら答えてくれた。
「ええ、マリーちゃんは一人だと怖いでしょうから、今日は私のお部屋で一緒に寝ますねぇ」
「……うん。ミアと一緒なら、だいじょうぶ」
マリーもこくりと頷き、ミアに寄り添うようにしている。お風呂でのスキンシップもあってか、二人の距離はすっかり縮まっているようだった。
「そっか。それじゃあ安心だね。今日は色々あったし、もう休もうか」
私がそう声を掛けると、ミアは優しくマリーの頭を撫でながら微笑む。
「そうですねぇ、マリーちゃんもお疲れでしょうし」
「ちょっと、眠い……」
マリーは小さな手でこしこしと目を擦りながら、こくりと頷いて小さくあくびをした。限界が近いらしく、とろんとした目でミアの服の裾をぎゅっと握りしめている。
「じゃあ、また明日だね。お休み、二人とも」
「お休みなさいませご主人様ぁ」
「ルナ、おやすみ……」
そういって部屋に戻ろうとする私に、ミアが振り返って一言だけ告げてくる。
「ご主人様、ジュース飲んだんだから、歯磨きですよぉ」
昨日も全く同じタイミングで同じ注意を受けたなと思い出し、そのまるでお母さんのような言葉に、私は思わず苦笑しながら頷いた。
「わかってるよ。昨日も言われたしね。それじゃあ、お休み」
見送ってくれる二人に手を振り、私は洗面所でしっかりと歯を磨き終えてから、ようやく自室のベッドへと潜り込んだ。
コチラの世界に来てからわずか二日間で様々な出来事に見舞われた。
かなりハードなスケジュールをこなしたのだが、地球規格の肉体とは根本的な作りが違うのであろう今の身体は、全くと言っていいほど疲労を感じていない。
とはいえそれはあくまで肉体の話。一人になって自室のベッドに横たわった途端、精神的なドッとくる疲れが誤魔化しきれなくなってきた。
「あー……疲れたぁ〜……」
誰に聞かせるわけでもない気の抜けた声をこぼしながら、私は吸い込まれるように眠りへと落ちていった。
◇
「ん……」
心地よい眠りの底で、口元を塞ぐような息苦しさを覚え、思わず寝言が漏れる。
ゆっくりと意識を浮上させると、昨日も味わった気がする妙な圧迫感があるのだが、それとは別の違和感も感じる。
生来の寝起きの悪さが瞼を重く閉ざしてはいるが、これだけ口元を塞がれては、流石に意識を覚醒させざるを得ない。
何とか開いたその眼が映し出したのは、吐息が掛かるほどの距離にある、見慣れた美しい顔立ちだった。
「……またかぁ」
その囁きに導かれたかのように、眼前のミアも次いで目を覚ます。
「ふあぁ〜……あ、ご主人様おはようございますぅ」
満面の笑みを向けてくるミア。昨日と全く同じ状況か……と、半分諦め交じりに息を吐いた、その時だった。
こてん、と。
背中側に、小さくも確かな温もりが触れる感覚があった。
てっきり昨日と全く同じ状況かと思いきや、小さく身じろぎをした瞬間、背中にひしと身を寄せているマリーの存在にも気が付く。
「……そう来たかぁ……」
前にはミア、後ろにはマリー。
見事に挟み撃ちにされたこの甘やかな包囲網に、私は天井を見つめながら、そう小さく呟く他ないのだった。
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