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英雄の娘:現在休止中  作者: かおもじ


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『そして、全ては此処から』

第一章、これにて完結!


 『八神陽希』にとって『大切』は、とても儚いものだ。


 『大切』はある日突然に失われ、何も出来ないまま零れ落ち、瞬く間に消えていくものだと気付いたから。


 そんな『大切』を失うことに耐えられなくて、辛いことから逃げて、悲しいことから目を逸らして──ゲームの世界に閉じこもった。そこに『大切』は無いから、傷付くことは無いはずだと。


 でも、逃げ場所でしかなかったはずの世界が、いつしか自分の『大切』になっていて……また『大切』を失うことを恐れて、それに縋りついて、やり続けることに拘って。


 そうしていれば、いつまでも自分の『大切』を守れる気がして。


 本当はそんなことを続けても、何にもならないって、分かっていたのに。



 ◇ ◇ ◇



「私が……マリーの保護者に……?」



 カッツェの発した言葉の意味を上手く咀嚼できず、上辺だけをなぞる様に繰り返したルナ。

 戸惑いに次の言葉が出てこなかっただけのルナであったが、考え込むようなその姿を思案しているのだと捉えたのか、カッツェは次々に言葉を放つ。



「はい、個人で引き取るという形であれば、マリー嬢の存在は私を含めたごく一部の者だけで秘匿できます。勿論、そうなるとギルド全体としての支援は不可能ですが……微力ながら、私個人としての支援くらいは出来るかと思います」



 確かに現状では、私とカッツェしかマリーの存在を認識しておらず、二人の間で秘密を留めておければマリーの安全確保という意味では一番確実だろう。何せ誰も知らないのだから、狙われることも無い。


 それに、ギルド全体の協力を得られずとも、カッツェの協力を取り付けられるのは大きい。何せギルドにおけるヒエラルキーのほぼ最上位、副ギルドマスターという立場なのだから。とはいえ……。



「ええと、マリーのことを大っぴらにしないでおけるのは有り難いですし、カッツェさんのお心遣いは凄くありがたいんですけど……」



 その選択肢には、根本的な問題が存在する。その事についてルナが言葉を発する前に、カッツェは矢継ぎ早にその仕組みについての話を始めてしまった。



「ああ、条件面で言えば、保護者になることは難しい話ではありません。15年前のあの日、記憶喪失になった使徒の皆様の中には、15歳に達していないと思われる方も多くおりまして……。幾ら使徒の皆様であろうと幼い子供には保護者が必要であろうと考えた冒険者ギルドと各国が法を整備し、かなり緩めの条件で保護者登録が出来るようにしたのです。そして、この国では15歳で成人の扱いですから、ルナ様がマリー嬢の保護者になることは法律上問題ありません」



 言い淀んだ私の反応を見て、条件面を気にしていると思ったのか、大まかな内容を説明するカッツェ。



「保護者って、随分簡単になれるんですね……って、あの、条件もそうなんですけど、そうじゃなくて……」



 そう言いかけたルナの言葉を再び遮り、カッツェが手を上げる形で制止する。こちらの言いたい事は分かっていると、そう言わんばかりの態度の後、カッツェはさらに言葉を続ける。



「──ルナ様の申し上げたいことは分かります。今日会ったばかりの子供を……それも特別な子供を安易に引き取れなどと言うつもりは、勿論ございません。……年若いルナ様であれば尚更、ご負担も大きいでしょう。ですので最初に申し上げた通り、これはあくまで選択肢の一つ、という話です」



「……あぁ、いや、そうですよね。私なんかに何が出来るという訳でも無いですし……やっぱり、ギルドの方で預かって頂くのがマリーの為ですよね」



 そうだ、そもそも普通に考えて、私なんかにエルフの子供を任せるはずが無い。一応、話だけはしておいた……そんな所だろう。


 とすれば、先程の話を聞くに、ギルドにお願いするのが良い落とし所な気がするが……。そう結論を出し掛けたルナの不意を打つように、カッツェから「ですが……」と呟く声が聞こえる。


 まだ何かあるのだろうか……そう思い耳を傾けるが、カッツェはじっとマリーの顔を見つめたまま、何も言い出す様子が無い。私も釣られてマリーの顔に視線を送ろうとするが……カッツェが再び話し始める。



「ギルドの方で預からせて頂くことは問題ありません。ただ、マリー嬢の気持ちは……どうなのでしょう?」



 その、どちらに問い掛けているのか判別の付かないカッツェの一言により、今度こそマリーの表情を覗き込んだ時……漸く自分の過ちに気が付く。



「マリー……?」



 ◇ ◇ ◇



 『葉月』にとっての『大切』は、とても恐ろしいものだ。


 見ないように、触れないように、聞こえないようにしているのに、気付けばそこに生まれているから。


 さりとて、生まれた『大切』を手放すことは出来ない。


 失くした時の、あの耐え難い苦痛を知っているから。


 だから必死に、無様に、取り憑かれたように縋り付いた。


 藻掻くように、溺れるように、零さぬように。


 それはまるで……『大切』に呪われているかのように。




 ◇ ◇ ◇



「マリー……?」



 俯くマリーの顔、その目元に薄っすらと光るものが見える。だが、その宝石のような瞳から、涙は零れ落ちて来ない。それはまるで、最後の一線だけは守り抜こうとしているかの様だった。


 ──そうだ、他の誰でもないマリーの問題なのだから、先ずはマリーと話をすべきだったのではないだろうか。


 子供だから、記憶が無いからと、そんな理由で私が全て決めてしまおう等と……なんと烏滸がましい。


 ……そもそも、マリーを助けたのは誰に頼まれた訳でも無く、自分の意思だ。


 それなのに、街まで連れて来さえすれば何とかなる、ギルドに後は任せてしまえば良い、自分がどうにかする必要は無い。なんて……なんと無責任な考えだろうか。


 そんな無責任で考え無しに動いた結果が、このザマだ。自分本位に話を進め、マリーに辛い思いをさせ、こんな顔をさせている。



「……そう……だよね。マリーのことなんだから、マリーがどうしたいのかを一番最初に聞かなきゃいけなかったよね。──ごめん。……ねぇ、マリーはどうしたい?」



 そう言ってマリーの方に向き直るルナ。そんなルナに対し、ここまで押し黙っていたマリーがポツリ、ポツリと言葉を発し始める。



「私ね……本当はずっと怖かったんだ。自分のことも何も分からないし、いきなり知らない人達に連れて行かれて……」



 ──出逢った時は落ち着いている様に見えたマリーだが、本当はその小さな胸の内に不安を押し殺していただけだったのだ。



「でもね、ルナが助けてくれた時は凄く嬉しくて……。お日様みたいなルナの傍にいるとポカポカした気持ちになって、一緒に居られたら良いなって」



 出会った時にも聞いた、あの言葉。

 中身なんて何もない、空っぽな自分のどこに、そんな温かい光を見たというのだろう。

 向けられた純粋な慕情にルナが言葉を失っていると、マリーはさらに思いの丈をぶつけるように言葉を続けた。



「……だけど、私が居るときっとルナは迷惑だろうから、黙って言う通りにしようって思ってたの。──だけど、だけどね……やっぱり私、ルナと一緒が良い。ルナと一緒に居たい……!」



 あるいはそれは、自身を危機から救ってくれた相手に対する刷り込みのようなものなのかも知れない。


 それでも、先程から掴んでいる私の服の裾をさらに強く、強く──その雪のように白い指先がさらに白くなる程に握り締めながら、そう言い放つマリー。


 目元に浮かんだ光るものが涙となって零れ落ちる。しかして、その宝石のような瞳には、確かな意思が宿っていた。


 そんなマリーの手を、両手で包み込むように優しく握る。そして一拍の間をおいてカッツェの方に向き直ると……



「──私がマリーの保護者になります」



 私の口は、はっきりと、そう告げていた。



 ◇ ◇ ◇



 『ルナ』にとっての『大切』とは何だろうか。


 とても良く知る世界で、だけど知らない世界で。


 とても良く知る『自分』で、だけど知らない『自分』で。


 きっと『自分』すら不明瞭で不確かな、今の『自分』に答えなど無いのだろう。


 だけど、『なに』が『大切』なのかは分かる気がする。


 それはきっと、『自分』を迎え入れてくれた『銀』


 今この手の中で、傍に居たいと願ってくれる『金』


 ──良いのだろうか。


 『大切』を、『大切』にしても良いのだろうか。


 分からない。


 だけど。


 自分が『大切』だと思うものではなく、自分を『大切』だと思ってくれる存在が居るのならば……応えたいと、そう思った。


 そう、思ったのだ。



 ◇ ◇ ◇



「私がマリーの保護者になります」



 驚いた表情で顔を上げたマリーと、何故か満足げに頷くカッツェ。



「……分かりました。マリー嬢がそれを望み、ルナ様がそうお決めになられたのであれば、私も出来る限りのことはさせて頂きたいと思います。手続きに関してですが、15年前のこともあり身寄りの無い方でも冒険者登録をすれば、それがそのまま戸籍となります。マリー嬢に冒険者登録をして頂いて、ルナ様を保護者として登録して頂ければ……おや、そういえばルナ様の冒険者登録自体がまだでしたね」



 これはうっかり、と笑いながら話をするカッツェ。恐らく、張り詰めていた場の空気を和ませようというカッツェなりの配慮だろう。



「ともあれ、それも含めてまた明日、という所でしょうかね。今回の依頼を踏まえたルナ様の特例登録の申請も行わなければなりませんし、大山羊カプラ・モルティスの解体も残っているので。──あぁそうだ、少々お待ちいただけますか?」



 そう言いながらカッツェが立ち上がり、返事も聞かぬまま部屋を出ていく。何だろうかとマリーと二人、首を傾げていると、そう時間を置かずに部屋の扉が開く。カッツェの手には、上着のような物が握られていた。



「これは持ち主不明のままこちらで預からせて頂いている物の一つなのですが、マリー嬢の髪を隠すのに丁度良いかと思いまして。保管期限を過ぎた物ですし、特別な効果があるという訳でもないので、そのまま持ち帰って頂いて構いませんよ」



 そう言って手にした物を手渡してくるカッツェだが、それはどうやらフード付きの上着のようだった。しかもサイズも子供用で、見た目も綺麗である。特に傷んでいる様子もなく、本当に預かり物なのかは不明だが……今はカッツェの好意に甘えることにした。



「じゃあありがたく……。良かったね、マリー。これで隠れないでも外を歩けるよ」



 そう言いながらマリーに上着を着せてあげると、「本当? ルナと一緒に歩ける?」と嬉しそうにしながら、フードを脱いだり被ったりしていた。



「よくお似合いですよ。さて、それではお見送りを……」



「いえ、カッツェさんもまだお仕事が残ってるでしょうし、入り口までの道は覚えましたから大丈夫です」



 そうルナがカッツェに告げると、特に食い下がることもなく「分かりました」との返事が返ってきた。そうして部屋から退室する間際、ルナは先程のやり取りでどうしても気になっていたことをカッツェに尋ねる。



「今更マリーを引き取ると言う意見を変えるつもりは無いですし、マリーの安全のことを考えると私としてはありがたいんですけど……本当にギルドとして、エルフの存在を秘匿しておいて良かったんですか?」



 エルフの情報を持ち、さらにはその身柄も確保するということは、このギルドにとって重大な利益を挙げることになると思うのだが……。カッツェからはそういった意思が余りに感じられなかった。



「そうですね、確かに副ギルドマスターとして正しい判断だったかといえば、最良とは言えないかもしれません……。ただ、私個人としては、本人が望むようにしてあげられたらと思っていまして」



 そう言ったカッツェの言葉がどこまで本心かは分からないが、その心の内を覗く術を持たないルナは「ありがとうございます」とだけ告げ、一礼の後に部屋を後にした。


 部屋から出ていく二人を見送ると、カッツェは窓側に移動し外を眺め始める。ギルドの入口から帰路に着くであろうルナの後ろ姿が見える。その隣には、寄り添うように歩くマリーの姿も一緒だ。



「……なにより、イレギュラーは二つ揃った状態でいてくれた方が、こちらとしても見守りやすいですからね……」



 そうして誰に聞かせるでもなく一人呟いたその言葉の不穏な色に、しかして気が付く者は存在しないのであった……。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼



「ここがルナのお家……?」



 冒険者ギルドから歩いて10分ほど。



「そうだよ。そして今日からはマリーのお家。さ、中に入ろっか」



 マリーの手を引きながら扉を開けると、直ぐにキッチンからパタパタと足音が近づいてくるのが分かった。



「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ……あら? 可愛らしい子ですねぇ。お客様ですかぁ?」



 出迎えたミアが幼い来訪者に声を掛けると、マリーは無言で頭をペコリと下げる。



「この子の名前はマリー。えぇと、その、色々あって今日から家で引き取ることになったんだけど……相談も無しに勝手に決めてゴメンね……?」



 今更ながら、ミアに何も相談せず引き取ることを決めてしまったと気が付き、バツが悪そうなルナ。しかし、そんなルナの思いとは裏腹に、ミアは意に介していないといった様子で話を続ける。



「あらあら、まぁまぁ。そうなんですねぇ。こんなに可愛い子なら大歓迎ですよぉ。──大丈夫ですよ、ご主人様。そんな顔なさらなくても、ご主人様が決めたことなら……私は否とは言いません」



 いつもの間延びした喋り方が鳴りを潜め、真剣な表情でそう話すミア。その姿はとても大人びて見え、まるで自分の心を見透かされているようで、何も言えなくなってしまう。



「──さぁ、積もる話はご飯を食べながらにしましょうかぁ。お腹も空きましたしねぇ」



「マリーもお腹空いた……」



 場の空気を変えるように話すミア。それにマリーが同調したことで、ミアもいつもの柔和な笑みを取り戻していた。



「それじゃあ二人とも、手を洗ってきてくださいなぁ。マリーちゃんはお洋服が汚れちゃってるので、手洗いが終わったら私と一緒にお着替えしましょうねぇ」



 その言葉でマリーの白いワンピースのような衣服に視線を向けると、確かに所々が泥やら何やらで汚れているのが見て取れる。食事の前に着替えた方が良さそうなのはそうなのだが……10歳前後の女の子が着る服など、この家にあっただろうか……?


 いくらルナの背が高くないとはいっても、流石にマリーには大きいだろうし、かといってミアの服では大きい上に色んな箇所のサイズが合わない。まあ、ミアが着替えが有るというならば、あるのだろう。



「じゃあ、まずは手を洗ってこようか、マリー。付いて来てね」



「うん」



 何はともあれ先ずは手洗いだと考え、マリーを連れて洗面所に向かい手を洗っていると、大量の衣装を両手に抱えたミアが戻ってきた。いったいどこに仕舞ってあったのか……いや、そもそも何故そのサイズの服を持っていたのか──藪蛇になりそうだから突っ込むのはやめておこう。


 洗面所と脱衣所は同じ場所であり、三人が入るには少々手狭だ。マリーが着替えるのに邪魔になるだろうと外に出たルナが、扉を締め切るその瞬間。大切なことを思い出し、ピタっと動きを止める。そうして中を覗き込むようにしながら、ミアに向けて話しかける。



「あ、そうだ……」



「どうしましたぁ、何か忘れ物ですかぁ?」



「あー、まあ、そんな感じかな。さっき言いそびれちゃったから……。ミア、さっきはありがとう。それと……ただいま!」



 一瞬キョトンとした顔をしたミアだが、直ぐにその言葉の意味を飲み込んだのか、「おかえりなさい」の言葉と共に、満面の笑みをこちらに返すのだった。


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